業火
遅い時間に更新します。
【貰い湯】から戻り、ノジャの私物の大量の寝間着から明子は水色、そしてみねは黄色の丈の長めのパジャマ(上着がスカート状になっている)を身に付けて、暫くはしゃいでいたのだが、
「……もう寝ちゃったわね……」
「無邪気なものよのぉ。まぁ、だからこそ、子供なのじゃがな……」
二人が寝てもまだ余裕のあるベッドの脇で、ノジャとハルカは姉妹の寝顔を眺めていたのだが、
「……ハルカよ、そろそろ白状しても、よかろう?」
風呂から戻った二人は互いに寝間着ではなく、まるで外出するかのような揃いの黒色のシャツとズボンだった。そんな格好のノジャは髪の毛をクルクルと器用に丸めて簪で纏めつつ、ハルカの眼を見ながら口を開いた。
「……その、明子ちゃんの背中を見ていたら急にムラムラと……なんちゃって……?」
「アホかっ!!そんな事ではないッ!!……と言うかそんな事を思うておったのか……まぁ、それではなくて、《ヒロシマシとか言う場所の話じゃ》」
……あ、そっちか……、と言いながらしかし、表情を曇らせつつ……
「……私達、ニホンジンにとっては、最後の戦争の、最後の大惨事が《ヒロシマシの原子爆弾》だったのよ……」
いつもの調子は鳴りを潜め、深刻な面持ちで語り出したハルカに向き直ると、ノジャは彼女の次の言葉を促した。
「《ヒロシマシのゲンシバクダン》とは何の事なのじゃ?大惨事と言う事は……敵が攻めてきたのか?」
「ううん……ノジャに判るように説明すると、そうね……もし、物凄く強力な魔法で相手の国を攻撃するなら……首都と農村なら……どっちを攻撃する?」
「なんじゃ?……まぁ、形勢逆転を狙うなら首都じゃろうなぁ……」
ノジャの言葉を聞いたハルカは、(……普通の戦争ならそうなんだけどね……)と内心思いつつ、
「……【殲滅戦】って、言ってね……相手が反抗する気力すら無くなるように、農村や首都の区別無く無差別に破壊して叩きのめす目的で……そして、《実験》の為に《原子爆弾》って破壊兵器を……《広島市》って言う町に使ったのよ……その結果……何万人って人が一瞬で【消えた】わ……」
「消えた?……転移の魔導か何かを無差別に使ったのか?」
「違うわ……私も詳しく説明は出来ないけど……その兵器が町の空で爆発した瞬間……」
……ハルカは知っている限りの事を、ノジャに語った。直下の人間は瞬時に蒸発し、やや離れた人間は熱波で全身が燃え上がり炭になり、遠く離れた人間すら、兵器の爆発に面した体表が溶ける程の致命的な火傷を負い……その後に降り注ぐ【放射能】によってジワジワと生きたまま死へと導かれていき、その無差別な死の洗礼は老若男女問わず、全ての人間へと向けられた事を。
「……狂っとるな、そんなモノを作り、使う輩等は……」
「そうね……でも、その兵器が使われた場所が【ヒロシマシ】で、二人の母親はその場所にまだ居るみたいなの!だから……」
「だから、何なのじゃ?」
「……っ!?な、何言ってるのよ!!……た、助けてあげないと!」
いきり立つハルカを制するように手を挙げながら、ノジャはゆっくりと話し出した。
「……ハルカよ、妾の【転移の扉】は、時間を指定する事は出来ぬのじゃ。ただ、同じ場所と時間へ再び繋げる事は可能じゃが、その時間が運命の時と同じだとは限らんのじゃ。それに……」
「な、なら何回でも試してみたら!?」
「同じ事じゃ……無闇に繋げても力の無駄にしかならぬ。まぁ、二人の元居た環境に行ってみて、母親の居場所を探す位は可能かもしれぬが……だが、これだけは言うておくぞ?」
そこまで話したノジャは、ハルカの胸元へ指を向けてから、
「……お主は、その何万人の犠牲者を全て救うつもりなのか?」
「……そ、そんな事は考えてないわよ……でも、せめて二人の母親位は……」
ハルカのそんな感傷的な言葉を聞いたノジャは、す……っ、と身を引いてベッドから離れると、寝室の扉に歩み寄って近付き、手を翳してゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
【……道標は星……舵取りは盲目……流れに身を任せて《異なる扉》を一つに纏めよ……】
翳した手の動きに合わせて扉が光り出し、やがて真っ赤に染まった扉のドアノブを掴み回しながら振り向くノジャは、後ろのハルカへと振り向きつつ、
「……行くのか?行かぬのか?」
「行くわよ!!……でも、ノジャは二人のお母さんが、無事で居られたかは判っているの?」
「知らぬ……生憎と妾は【生死を司る者】ではないのでな……」
呟くノジャの傍らに立ちながら、ハルカはノジャの後ろから扉のノブへと手を伸ばしたのだが、扉の向こう側に吸い込まれるとそこに二人の姿は無かった。
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「……真っ暗だよっ!!ノジャ、真っ暗で何も見えない!!」
ノジャとハルカは、姉妹が元居た世界へとやって来たのだが、突然自らの指先すら見えない暗闇へと放り出されたハルカは慌てふためいてしまう。
「世話の焼ける奴じゃの……ほりゃ、サッサと付いて来ぬと置いて行くぞ?」
呆れながらノジャがハルカの腕を掴むと、引っ張りながら歩き始める。
「ちちちちちょっと!?見えないし何も判らないって!!もぉ~ムッチャ恐いよぅ……」
そんなハルカの様子を見ているノジャは、苦笑いしながら暫く歩いた後、突き当たりに到達したのか立ち止まりながら、
「まぁ……余り気にするでないぞ?暗闇は敵などではないのじゃからな……」
「何の事なの?って……ノジャ!な、何よその光ってるイヌは!!」
ハルカが指差す場所には、彼女が言う通りの青白く光る真っ黒な犬(軽く子牛程の大きさはある)が、ノジャの傍らにさっきから居たように佇んでいた。
「……慌てるでない。今は説明する時間も惜しい故、サッサと参るぞ!!」
ノジャは傍らの黒犬に手を伸ばすと、その背中に飛び乗りながら、
「ハルカ!!早よぅこやつの背中に跨がれ!!」
「う、ウソ!?乗っちゃって平気なの?……平気なんでしょうね……?」
言いつつ恐々跨がると、黒犬は大きく一声吠えると、大きく跳躍して一気に前へと進み、防空壕の入り口を塞いでいた瓦礫を吹き飛ばしながら猛烈な速度で走り始めた!!
「う、うわああああああ~っ!!恐い恐い恐い恐いぃ~!!」
風を切り裂き走り抜ける黒犬の姿は人には見えないのか、町並みを通り抜ける間は誰も二人と黒犬には眼を向ける事はなかった。
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「……死ぬ……もう、勘弁して……」
二人を乗せながら強烈な速さで駆け抜けていた黒犬が、やがて速度を落として立ち止まり、スンスンと鼻を利かせながら周囲の匂いを嗅いでいたが、
「おっ?早速見つけたか!でかしたぞ!!」
ノジャが喜びながら頭を撫でてやると、黒犬は嬉しそうに眼を細めていたが直ぐに再び走り出し、平屋の木造家屋の前に立ち止まり動かなくなる。
「……ここが……二人のお母さんが居る家かしら……っ?」
「どうしたのじゃ?ハルカよ……何じゃ?蜂か何かが飛んでおるのか?」
二人は空を見上げて辺りを見回してみるとその音の正体は……ブウウウウゥ、と、鈍く腹に響くかのような独特の振動音を響かせながら、上空に一機の飛行機がゆっくりと飛来していたのだった。
「あれは!?……銀色ってことは……Bー29っ!!」
ハルカは学生の時に何回も図鑑や記録映像で見たことのある、四基のプロペラ推進機を載せた重爆撃機……【空飛ぶ要塞】の異名を持ったBー29の禍々しい姿を捉えていた。
その機体の真ん中から、肉眼で見て小さな米粒のような【何か】が投下されるのを、ハルカは見逃さなかった。
……その【何か】が、二人の遥か頭上で爆発したかと思った瞬間……、
「ハルカッ!!妾に早く掴まるのじゃ!!」
叫ぶノジャの声に反応し、必死に掴みかかると黒犬が抱き合う二人の身体に纏わり着き、ドロリと溶けて膜のように変化していき……、
その僅か数瞬後、パァッ!と光に包まれながら周囲の全てが真っ白に染まり、ハルカの意識は即座に消し去られていったのだった……。
果たして母親の安否は……?そして二人の運命は?




