風呂……
更新遅れました……仕事よりも何よりも家庭ファーストで!と言われる辛い立場……。
個人で風呂を所有する、と言うことの煩雑さと効果対費用の面で考えると、水の確保、湯槽の温度管理、清掃等と様々な面倒が絡むのだけど、それらを一発で解決出来る方法がある。
……所謂【貰い湯】である。あらかたの家族がお風呂を使い終わった頃合いに「すいませんが……お願いできますかね?」等と言いながらチョチョイと使わせてもらって、最後に洗い場を綺麗に掃除して辞すれば……次も使い易くなる。
そんな感じの光景が昔は時折見受けられたものである。
……だからこそ、ゴルダレオス王の個人専用湯殿を借りようと出向いたノジャの行動には、何も問題はない。
でも、間違いなく……【先客が居る時に借りに行くもの】ではない。
「……せめて、出るまで待っててくれませんかねぇ……?」
片足立ちでピョンピョンと跳び跳ねながら靴下を履いていたゴルおサンだったけど、流石に背後で恥ずかしそうにシミーズを脱ごうとしている明子を追い出せるだけの冷酷さは持ち合わせていなかった。
「あ~っ!!判りましたよ判りましたよ!……ただ、くれぐれもウチの雀共に見つからないように……それだけはお願いしますよ?」
それだけ言い終わると、一同に背を向けながらゴルダレオスはさっさと寝間着に袖を通し、振り返る事もなく立ち去った。
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「いっひょ~~ッ!!広いのぅ、温くいのぅ……」
いの一番でサッサと浴室に飛び込んだノジャが、先に身体を洗って湯船に浸かる姿を見て、みねも直ぐに飛び込もうとしたのだが、
「もぉ~ッ!!みねったらキチンと身体を洗いなさい!」
姉の明子に捕まり、大人しく従って身体を洗われていた……
「ねぇ~いいでしょ~?みね、はやくおふろにはいりたいよぅ!!」
みねは後ろから背中をゴシゴシと擦られつつ、振り向きながら明子に懇願し唇を尖らせていたものの、それでも【貰い湯】だと知っているからか、大人しく委ねていた。
そんな幼い姉妹の姿を脇目で眺めながら、ハルカは少し複雑な気持ちになる。分別も判らないのが当然な年頃のみねと、たったの四才上だと言うのに健気に母親代わりになって妹と接している明子。
いじましい……と思うよりも、そうして気を使うような肩身の狭い暮らし方が身に付いている二人の生活に思いを馳せると……単に躾の正しさ以上の何かを感じてしまい、素直に喜べなかったのである。
「……よし!みね、泡を流したら入っていいよ!」
「わぁ~い♪のじゃちゃんはいるよぉ!!」
「ふぁっ!?わ、妾をちゃん付け呼ばわりするでないっ!!」
はしゃぐみねと慌てるノジャ、そんな二人を眺めながら自らの身体を洗おうとし始めた明子の後ろへとハルカが座り、
「ねぇ、明子ちゃん?……背中流してあげよっか?」
「は、はいっ!?そ、そんなことしなくていいですょう!!……んぅ!?」
……頑張ってる明子をただ、純粋に労ってやろう、余計な気遣いは必要ないと思わせたくて、ハルカは泡立てた手拭いを彼女の首筋に当てると、優しく洗い始めた。
短く切り揃えた後ろ髪を掻き上げるようにしながらうなじを洗い、続けて背中を優しく撫でるように洗い続ける。
強く擦るのではなく、円を描きながら力を抜いてマッサージのように泡を回していく。そうしていくと、次第に白い肌が柔らかい桃色へと変化していき、ハルカは嬉しくなってしまったのだ。
余計な言葉を発することも少なくなり、湯船で戯れるみねとノジャの方を気にしている素振りの明子を、もう少し綺麗にしてやりたくなり……
「は、ハルカさん!……そ、そこは自分で洗いますッ!!」
「まぁまぁ……お互いに女同士なんだから……そんなに恥ずかしがらなくていいわよ?」
ハルカの泡付きの手拭いは、次第に大胆でいて繊細な動きを維持しつつ、体を背中に押し付けながら脇へ、そして抱え込むようにしながら前へと進んでいく。
(……恥ずかしいよぅ……お母さん以外の女の人に洗ってもらうなんて……あうっ!?……せ、背中に胸が当たってるよぅ!!)
明子は変に抵抗すると、ハルカをおかしな事をする人だと思っている訳になるし、かといって……
(……や、やああぁ……だ、ダメぇ……っ!?)
「……何をしとるんじゃ?……まったく!」
「……あっ!?イタッ!(*ま*)☆」
いつの間にか背後に立っていたノジャが黄色い湯桶で頭を叩いて、ハルカから明子を解放した。
「そんなことしとる場合じゃなかろうが……お主、気は確かか?」
「し、失礼ねぇ!……ただ明子ちゃんを洗ってただけよ!……じゃあ、ノジャを洗うわよ?他意はないんだからさ!ほりゃほりゃ~♪」
「わっ!?わわっ!!……捕まえるでない!!洗うでないっ!!ひぃいいいぇ~!?」
ガシコラとノジャを隈無く洗う巧みな手際が冴え渡り……やがてノジャがハルカから解放された時……何故か彼女は息も絶え絶えだった……
「……汚された……いや、洗われたんじゃが……何故か物凄く汚された気がするんじゃ……」
「バーカな事を言ってるんじゃありません!!全く……」
……しかし何故かハルカは、妙に晴れやかな顔で湯船に浸かっていたのだが……
「ところでさ、明子ちゃんとみねちゃんって、みんなで何処に住んでたの?」
「みねとおねーちゃんはね、ひろしましってとこにいたんだよ!おかーさんもまだ、ひろしましにいるんだよ!」
「……っ!?……ひろしまし……広島……大戦末期……!?」
明子の代わりにみねが得意気に胸を反らしながら答えたのだが、それを聞いたハルカは一瞬で表情を曇らせた。
「……ハルカ、何故そんな顔をしとるのじゃ?」
お湯を掛け合いながらはしゃぐ二人に背を向けて沈黙したハルカに、不穏な空気を察したノジャが問い掛けると、
「……二人とも、いつの広島市から疎開してきたの?」
「どうしたんですか?……何時って……昭和二十年ですよ?」
事の真意を知らぬまま、素直に答えた明子の言葉を聞いて、ハルカは表情を凍り付かせながら、
「……そうなんだ、広島市ね……」
……と、答えるのがやっとだった。
言い訳は置いておいて、次回は姉妹編クライマックスの予定です。




