夢の続き
ハルカの記憶はノジャとの不明瞭な出会いへと繋がるようです。
【……お主は死にたいのか?】
……最初、私は幻聴が聞こえたのか、って思ったんだ。
……餓死寸前の人間だから、幻覚位体験するだろうし、栄養欠乏が引き起こす様々な弊害で脳に異常が発声する位、有り得る訳だし……でもその時はそんな事も考えるだけの余裕はなかったけど。
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……これは全部、あの時の追体験なんだ、って判ったのは、こうして考え事しているのに、ノジャが語り掛けてくる言葉に返す言葉を話す前から判っていたから。
今まで全て忘れていた筈なのに、こうしている今も次々と溢れ出てくる記憶の波に……傍観者の私が飲み込まれそう……。
【……お主は死にたいのか?】
(……生きててもしょうがないじゃん、もう……)
自暴自棄になって、生きていても仕方ないって自分の事を責めていたけれど、それって実に自己中心的な考えなんだよな、って今は思える。
【……死んで何がよいのじゃ?】
(……生きていても、惨めで悲しいだけだし……)
管理栄養士の資格を取って、勤務先で経験積んでいつか自分のお店をやりたくて、彼と一緒に店を持ちたくて。
【……どうしても死なねばならぬのか?】
(だって意味無いじゃん!! 将来の為に選んだ資格と職場だったのに……)
それなのに、そこで一緒に働いてる後輩と付き合われたら、私の立場も……夢も……空っぽになった上に、目の前で違う人と付き合う彼の姿が見える環境なんて、耐えられなかったし。
【……勿体無いとは思わぬのか?】
(しつこいよ! もうどうだっていいじゃん!!)
そんな私にその声は、執拗に付き纏いながら、根掘り葉掘り聞いてくる。あんまりしつこくて、私は次第にイライラしてきたっけ……。
【……生きるか死ぬかが其れ程にどうでも良い事か?】
(ほっといてよ! ……死んじゃえばタンパク質が分解されてアミノ酸になって変質して遊離して……そのうちドロドロに溶けて……骨だけになるわよ……どうせ)
うん、すっごい勘違いな受け答えだな。ノジャは生死の選択を適当にはぐらかした私に、答えが知りたくて再度尋ねたのに、自暴自棄になってた私は随分と的外れな答えをしてたんだなぁ……恥ずかしい……。
【……た、たんぱくしつじゃと? それにあめのさん? ……いきなり骨になるなぞ全く意味が通じぬぞ?】
(意味なんて知らないわよ!! 私は死にたいんだから放っておいてよ!!)
あー痛いなぁ……今から思い返しても、子供のワガママみたいな返事して、本当に聞いてて、すっごく痛いんだけど……。
【そうか……しかし、妾はお主のように腕の確かな料理人を探しておったのじゃが、勿体無いのぅ……】
(……な、何よ……急に何を訳の判んない事言ってんのよ……)
そうだったなぁ……ノジャってば、昔も今と変わらず食い意地の張った理由にかこつけてるのよね。ホント、ブレない奴だな……。
【訳判らなくなぞ無いぞ? ……古今東西の料理に精通しとるし、腕も確かじゃ!】
(……誉めたって何も出やしないわよ……もう二日もおトイレ行ってないし……)
……あ、私ったらこんな時に、命を削りながら変な冗談言ってたんだ……余裕あるじゃん! ……けど全然笑えない。
【じゃから……どうせ一度は捨てた命なら、この際、妾に託すのはどうじゃ?】
(……託すって? ……何処かに行って、何かするの?)
……あ、釣れました~釣れました~! どうでも良いって言ってたのに、興味が出たから訊ねるんですよね~興味が無ければ聞かないよ~! つまり釣り針に付いた餌に食いついた瞬間ですね!
【……妾の元で、腕を振るいながら共に暮らして欲しいんじゃ】
(……住み込み? ……賄いみたいなこと? ……まぁ、別にどうでも良いけど)
……そんな簡単に決めるべきだったのか、今でも少しだけ思う。慎重に考えて答えを出すべきだったんじゃないかって。
【……無論、タダとは言わぬ。代わりに今お主を苦しめとる想いや憎しみやらを、妾が全て打ち消してやろうぞ?】
(……そんな事が出来るの? 本当に?……それなら……いっか……)
チョロいなぁ……私ったら。どうせならもっとワガママに色んな事を要求してもよかったか? まぁ、叶うか微妙だけどさ。
【よし! 契約成立じゃ!!】
(はいはい……で、アンタの名前は?どう呼べばいいの?)
……あ、この先は聞いておきたいかも。
【妾の名か? ……℘₷йщ・₪₭₹₴₷なのじゃ!!】
(はぁ!? ……何それ……もう、面倒だからノジャで良いわよね?)
……判んない……何回聞いても判んない! どーすれば発音出来るのか、どころか頭の中に有る音の領域で判断できない!! 脳に直接音階を叩き込まれてるみたいな違和感しかない!! そりゃ面倒だから【ノジャ】になっちゃうわよねッ!? 激しく納得出来たわッ!!
【ノジャか……前にもそう呼ばれた事があったような……ふむ、まぁよいか】
(……私はハルカ。……で、何処で仕事するの? 中近東? ヨーロッパ?)
……まぁ、予備知識なけりゃそんなもんだけど……真夜中に鍵の掛かった密室にやって来る、石油王の部下とか絶対に居ないから……流石は栄養失調の低血糖な脳ミソよね……。
【ハルカよ、お主の新しい職場は……まぁ、行けば直ぐに判るわ】
(……そうなの?……そうなんだ……)
……この後、私は実体化したノジャに抱き締められながら転移したけれど……その時に感じた匂いは嗅いだことのない不思議な良い匂い(※)で……ああ、絶対にコイツ、人間じゃないって思って……何故か涙が止まらなかったな。
きっと、絶望から逃れられる安心感と、人外の化物に丸め込まれた不安がないまぜになって、ぐちゃぐちゃだったからかな……?
……そして私は現世と異なる世界に足を踏み入れて、ノジャと……あれ? ……前回は何してたんだ? う~ん、記憶の補完が全部される訳じゃないのかぁ……まぁ、いいか。
忘れていた事の切れっ端を見つけられたし、いつか手繰ってその先にある記憶も見つけられるかもしれない。そう思うと、ノジャとの取引きって苦痛をただ薄めて先送りにしただけで……アイツは何にもしてなかったのかもしれないぞ?
……まぁ、
……感謝はしてるけど……ね。
………………
…………
……
(※)→一部の水棲昆虫は芳しい香りがするらしい。食用にされるタガメ等は地元では【鮮度の良いもの程、香りが素晴らしい】と評される。そんなイメージです。
さ、戻ったらまた開店準備です。次回もお楽しみに!




