不思議なお客様
続きで御座います!
「……あら、綺麗じゃないの? 上手に注いでくれてビールも美味しくなるわよね」
その特徴的な髪型(マッシュルームカット!)のお客様は私が手渡したビールジョッキを眺めながら、泡の比率や細やかさを気に入ってくれたようで満足げに傾けてから、一拍置いてジョッキは三分の一を残すのみ……あらまぁ、お強いようで。
「それにしても、違う世界のお店には見えないわよ? 新宿辺りに有っても違和感なんて感じないわね」
……あ、なにげに現世の地名が出てくるってことは……私と同じ【転移】してきたヒトなのかな?と思ったけれども、服装といい、化粧や髪型といい……明らかに《向こう側》の住人にしか見えないな……。
そんな風に知らぬ内に観察していたのが判ったのか、ウフフ……と笑いながら私の顔を無言で眺めつつ、その女性はジョッキを空にして、
「……さて、せっかくこちらにお邪魔したんだから、何かしていかないと申し訳ないわよねぇ?」
な、何をするつもりなんですか!? ……私は只の雇われ調理人ですからね!
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そのお客様は、さっきまでのバカ騒ぎを知ってか知らずか、静かに飲みながら私と話をしたいようで、ビールのお代わりを頼みながらアテのミックスナッツを口へと運び、
「……うん、悪くないわよ? たまーに湿気ったナッツを平気で出す店もあるからね。そこいくとキチンとやってるみたいね。……気に入ったわ」
「有り難う御座います……ミックスナッツをピーナッツとクラッカーで水増しするのは私、嫌いなんで」
「あー、あるある! セサミクラッカーばっかの奴とかね!」
二人で他愛の無い話に興じつつ、カウンター越しに向かい合いながら時間を過ごす中、それまで肘をついて話していたその女性が思い出したかのように姿勢を正しつつ、
「ねぇ……所であなた、この店で働いて何かメリットあるの?」
うわぁ……いきなりの核心発言……
「そうですね……たぶん、有りますよ?……楽しいし、ノジャは妹みたいな感じだし」
「そう? ……ならいいんだけど……まぁ知っているとは思うけど、アイツは妖怪みたいな奴だからね? 深入りし過ぎると、元に戻れなくなるから」
言いながらまたジョッキを飲み干してから、お代わりを受け取って、
「……ありがと。そう言えば聞いてなかったけど、貴女、お名前は?」
「えっ? ……ハルカって言います。遥か彼方のハルカ、です」
私の名前を告げるとそのヒトは、口の中で……ハルカ、ハルカね……、何回か反芻するみたいに言葉にしてから、不意に上着の胸ポケットに手を入れて、
「……あ、有った。ハルカちゃん、あなた……【忘れてしまって思い出したいこと】なんて無い?」
「はい? ……思い出したいこと……ですか?」
一瞬、そんな言われ方をされて、痛くもない腹を探られるような違和感を持ったけれど、頭の片隅にずーっと有ったあの事が過ってハッとさせられる。
(……私はノジャに招かれてこの異世界に一度は来ている筈なのに、その事も含めて忘れてしまって居たのは……何故なんだろう?)
「……どうやら何か掘り当てたみたいね? それじゃ、コレをあなたにあげるわ」
そう言いながら私に向かって手を出して、握り締めた何かを手渡してくれた。……何これ……御守り?
「それは【夢見の護符】って呼んでるの。それを握り締めて、思い出したい事を考えながら眠ると、それを夢で見ることが出来るの。ただし、一度きりだから良く考えて使ってね?」
……その御守りにはハッキリと《成田神宮》って書いてあるけど、中身だけ入れ換えたのかなぁ……そーゆーのってバチが当たるって聞いたことあるけど……平気なの?
「若いのに細かい事を気にする娘ね~? 平気よ平気!! どーせアッチは高々ン百年位の奉られ方でしょ?それにバチって【当てる】モノで第三者が当たるかどうかを気にするモノじゃないのよ!」
そう言いながら手をヒラヒラとさせながらそのヒトは、私に向かって念押しするように、
「クドいようだけど、あなたは現世の住人で、ここの店主は異世界の異形なんだからね? ……見た目や接し方だけで軽く判断しちゃダメよ?」
有り難いような、そうでもないようなご忠告頂きながら、その女性はスッ、と三千円を指に挟んで私へと差し出して、
「今日は呼んでくれたから参上したけれど、次はそーゆー堅苦しいの抜きで来させて貰うわよ? それと、ここの主が帰ってきたら、言付けしといてね? 《お仲間が近いうちに会いに来る》ってね! ……それじゃ、ハルカちゃんまたね!」
言いながら手を振って扉を開けると、扉の先の暗闇へと滑るように溶け込んで見えなくなっちゃいました。
「……何だろ、あのお客さん……初めて会ったのに知り合いみたい……」
私の呟きは誰もいない店内に消えていき、当然ながら答えは返ってこなかった。でも……手の中には【夢見の護符】は残っていた。
「……ただいまなのじゃ!! ……どーしたのじゃ?ハルカ!」
先程のお客さんが帰って暫くすると、バーンッ! と扉を勢い良く開けてノジャがバタバタと騒がしく戻って来たのだけど、さっきのお客さんとのやり取りを思い出しながらジョッキを洗っていた私に向かって、見上げるようにノジャが訊ねて来る。
「……ん? 別に何でもないわ……ってヒャハハハハハハ!!」
「嘘を吐くな!! 妾の目は誤魔化されないぞ? ぬぅ~!!」
言葉を濁した私に飛び付いて、ノジャが他人に言えないような場所をまさぐるんで、私は不意を突かれて爆笑してしまう……おのれ、ノジャめぇ……。
「全く……どうせ此処に【キノコ】がやって来たんじゃろ?」
「はぁ? キノコ? ……キノコ……うん、たぶん来た……」
私が白状すると、何故かウンウンと頷きながら、ノジャは然り顔で納得していた。一体何なの?
「まぁ、ハルカは気にせんでよい。ところで奴は何か言ったり残したりはせんかったか?」
問われた私はポケットに仕舞った御守りを何故か握り締めながら、
「……そう言えば、ノジャのお仲間みたいのが近いうちに来るって、言ってたかな……?」
「うぬぅ!! それは《時を跨ぐ者》共の事じゃな! ほうほう……それは実に興味深いことじゃ!」
ノジャはそう言いながら厨房へと消えていき、暫くしてから泡の無いビールを手に持ってカウンター奥へと陣取ると、せっせとビール摂取を始めながら、
「……良いか? 妾のお仲間なのじゃが……説明すると、《千年の年月を過ごし強壮なる者共》って連中じゃ。だから、供物を欠かすとロクな事にならんぞ?」
ノジャは楽しげにそう言うと、明日は仕入れに行こう! と軽く言い放つ。じゃあ誰が仕入れの資金を出すのよ! と思ったけど、まぁ何とかなるかな? と軽く考える自分も居る訳で……あははは……はぁ。
それから暫く、ノジャのお仲間って人達の話を聞いてから閉店して、やっとこ自由時間になるんだけど、果たして人並みの自由時間になるのやら?
そんな訳で次回もお楽しみに!




