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プロローグ




 夜の闇の中。一際目立つ少女がそこに居た。


 濡羽根色の長い髪は艶やかに流れ、肩から背中まで包み込む。線の細い身体をぴったりと張り付くようなビロードのワンピースは髪の色と同じように漆黒。足元まで隠れる長さの丈で僅かに足首を見せるに留まり、肌色が露出しているのは手首と足首、そして顔だけ。


 その顔は陶器の白を思わせる透明さを帯び、耳元から柔らかくカールした毛先が柔らかな頬を優しく包み、肌の色との対比で整った顔立ちをより引き立てていた。


 指先で細くなぞらえたようなくっきりとした眉と、繊細な鼻先を結ぶ中心に配された眼は、黒曜石を思わせる透き通った瞳。その眼は深い湖の深淵のように透き通り、一度でも覗けば心を惹き付けて止まないだろう。


 だが、何よりも不可思議なのは、それだけの美しさを備えた姿の少女が見慣れぬ格好で堂々と闊歩しているにも関わらず……誰もその姿に注視すらしていない事だった。




 と、彼女は道行く人々の間から静かに消え失せて、狭い路地を抜けて一軒のアパートの前に到着する。


 ……音もなくその身を浮かび上がらせて、三階の窓の前までフワリと宙に舞い、そして手にした杖を握り直した。





✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳





          稲村皮革道具店本館 謹製


             異世界スナック

           「ま・ほ・ろ・ば・♪」

          (飲み放題二時間銅貨30枚)




  挿絵(By みてみん)




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 気がつけば夏も終わりを迎え、陽射しも随分と低くなった。


 仕事が休みだったので、部屋の窓を開けて、外の格子に掛けておいたバスタオルを取り込んで部屋に入れると、昼間に干して居間に置いておいた布団を、寝室として使っている部屋に運び込んだ。


 ……コンコン、コンコン……


 それから暫くして、閉めた窓を外から叩く音が聞こえてくる。




 ……誰か来たのかな? って、この部屋……三階だよ?




 「……あ、はい事件です。アパートの三階の窓の外に人が……いや、だから誰かなんて知りませんから!」


 思わずスマホを取り出して慌ててタップしながら、先走って叫んでいると窓の外からガラス越しにくぐもった声が聞こえてきた!


 《うっさいわボケッ!! ハルカ~ッ!! とっととココを開けんかいっ!!》


 不審者らしきそいつは、窓の外からギャーギャー叫びながらゴンゴゴゴンと乱暴に窓を叩き続けて……って、え? ハルカ……?



 ……不意に自分の名前を呼ばれて硬直してしまう。



 と、言うか名前の呼び方、いやイントネーションに何となく聞き覚えがあり、つまり……不審者は……私の知り合い?




 意を決して窓を開ける為に近付くと、窓の外に一人の幼女が宙に浮きながら激昂していた訳で……全く訳が判りません。


 「くぉるぅあああぁ~ッ!! ハルカのばかちーんっ!! お主ときたら、あれから待てど暮らせど何一つ返事も便りも寄越さんでぇ~っ!!」


 ……うん残念、二度見してもやっぱり知らないヒトだった。


 ガラガラピシャンと窓を閉め、鍵を掛けたらその幼女、ガシガシと窓ガラスを叩き始めた為、仕方がないから窓を開けて中に入ってもらうことにした。


 ……嫌だったけど、窓を割られたら弁償代が高くつきそうだったし。





 「キーッ!!このばかハルカは(わらわ)を……妾を……おいこら、なんじゃその面は……まるで知らん奴を見るような顔をしよって……えっ?」

 「……えっ?って言われても……あの……」


 幼女の言葉は私の頭の周りをグルグル回り、やがて私は一つの結果を導き出した。……うん、やっぱり知らない幼女だ!


「……ごめんなさい、その……あなた……どちら様?」








 キョトンとする幼女、勿論私もだけれども。


 「……はっはっはぁ~!! ハルカったら冗談が過ぎるのじゃ!! 妾と言ったら妾しか居らぬではないか!?」


 「はっはっはぁ……って、全然存じませんけれど……」


 私は向かい合って立つ幼女の姿をまじまじと見つめてみるが、残念ながらハロウィンの仮装をした季節外れな幼女の知り合いは居なかったと思うけど。


 首から膝までの真っ黒なローブに、先の曲がった木の杖、そして茶色で先がとんがった革靴……これで黒いとんがり帽子を被れば立派な魔法使いファッションにしか見えない。いや、そのまんまな魔法使いにしか見えないよ……。


 「……さては、転移の影響で記憶を失ったか……そいじゃ、ほりゃっ!!」


 幼女は振り上げた杖でコチンと私の頭を小突くと何やら口の中で唱え始めた。すると……




 ……ハルカ!! 絶対にお土産は忘れぬようにじゃ!!

 ……ハルカ!! お土産はマイセーンのカツサンドなんじゃ!!

 ……ハルカ!! 出来たらその場で食べる用、帰りの道すがらで食べる用、寝る前のお楽しみ用に三セット欲しいのじゃ!!




 ……何故かは理解出来ないけれど、自分の頭の中に泉が湧き出すように……目の前の幼女の声が浮かび上がって来る!! ……何これ? 何のイリュージョン!?


 「……お土産……何の話? マイセーンはお値段高いから……」

 「うおっ!? 間違ったのじゃ!! こっちじゃこっち!!」


 再度振りかぶった杖が私の額を狙って……って! ちょっと待ってよッ!!



           ……ガゴキッ!!



 勢い良く振り下ろされた杖が直撃し、クラッとして意識が朦朧とした瞬間……私の意識は沈下していき、やがて静かに浮上するかのように覚醒していく……。


 ……あ、あれ? ここは……何だろう、目の前の幼女の姿は変わらないけれど、私の部屋の中じゃなくて、見慣れない洞窟というか……薄暗い建物の中に居る?




 ……ハルカ……妾は……お主が帰るのを待っておるからな?……必ず……必ず帰ってくるのじゃぞ!?


 ……いや、まぁ……少し位は向こうでのんびりしても構わないんじゃが……ちょっとは早めに帰ってくるのじゃぞ?




 私の手を掴んでせがむように繰り返す幼女……いや、手を持っては居るけれど……私、何だか身体が不自由な感じが……あれ?身体が動かないわ……それに……何で寒さを感じるんだろ?


 ……いやっ!? 待て待て待て……ちょっと待って!! 暗い部屋の片隅に姿見の鏡が鎮座してるのはいいけど……映ってる私、何で下着姿で縛られて吊るされてるのっ!? しかもうっすらとイイ笑顔しているわぁ……何でなのよぉっ!!





 ……数瞬後、横たわりながら意識を取り戻した私の前に、先刻の幼女が杖を片手に持ち、膝をついて寄り添いながら話し始めた。


 「……思い出してくれたかの? ……妾とハルカは、こことは異なる世界を共に旅をし、立ちはだかる様々な困難を二人で乗り越えてきたのじゃ!!」

 「……それじゃ何で私が吊るされてたの!? 何!? あの妙な記憶はっ!!」





 「……時には……ちょびっと、変わった趣向の困難にも遭遇したのじゃ!!」

 「何なのその間は!! ……吊るされるような困難って何だったの!? しかも傍に居るあなたも薄ら笑い浮かべてたよ!?」





 「……そして二人は涙の別れを経て、再び会いまみえることが出来たのじゃ!!」

 「説明無しなのっ!? ……無しなのね? ……まぁ、いいわ……」



 それから彼女、自称【超級魔導士】(何だそりゃ)のノジャが語る二人の出会いと旅路、そして別れまでの経緯は要約するとこうだ。




 生きる希望を無くして居た私と出会い、つい手を差し伸べてしまったノジャと私は、現世から異世界へと足を踏み入れた。


 暫くして思うところが有り、私は期限付きで次元の門を潜り抜けて現世へと帰ったが、二年待っても戻らなかったので迎えに来た……のだそうだ。




 「……二年も待たせちゃってたの? ……それは悪かったわ……」

 「うむ! 素直に謝ることは大切なのじゃ!!」


 ……そんなやり取りをしていると、彼女のぺったんこな胸の下辺りから、きゅるぐるるぅ……と渦巻くような轟音が響く……いや、どんなお腹してんだ?


 「むうぅ!? お腹が空いたのじゃ!! ハルカの料理は実に美味かったからまた食べたいのじゃ!」

 「……そうだったの? そうなんだ……でも、そういえば……いや、もしかしたら……」


 眼を爛々と輝かせつつ私にしがみつき、おねだりしてくるノジャ。私は女だし相手は幼女だから嬉しくはないけれど、密着する各所のムニュ? ともフニョ? ともつかない柔かな感触がこそばゆくてムズムズする……けれど、それよりも……!


 ノジャを足に纏い付かせたまま、よったよったと冷蔵庫の前に立ち、ガシャ! と勢い良く開けてはみたけれど……


 「……ごめん、空っぽだわ……」

 「……うむぅ……空っぽじゃのう……」


 冷蔵庫の中は僅かな調味料と缶ビール二本しかなくて、落胆するノジャと私……カップラーメンなんて出す気は更々無いけれど、今夜は料理をするだけの余裕は無いし……と言っても繁華街から離れた住宅街のこの辺には、そこまで気の利いた食べ物屋さんは皆無だし……


 「ハ~ル~カ~!! 何とかするのじゃ~、お腹が空いて死にそうなのじゃ!!」

 「うぅ……しかしこの時間じゃ、開いてる飲食店なんて……近場には【スナック】位しかないし……」


 「……なんじゃ? ……その、すなっく……と言うのは……?」



 ……私は何となくスナックについて説明したけれど、それがキッカケになるとは……その時は気付きもしなかった。




 

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