終章 ep.5 名もない花畑 _ 前編
「ねぇ、どこに行くのよ」
林道を進むハインは、痺れを切らして億劫そうに聞いた。
対して先頭を歩いて案内するクラウンは、普段と変わらず柔和だ。
「言ったらつまらないでしょう。ちょっとした冒険ですよ」
「なにそれ…、子供じゃあるまいし」
「ハインさんが、それ言いますか?」
「どういう意味よー」
相変わらず、嫌味な聞き方だ。ハインはむっとして聞き返すも、彼は軽く笑うだけでまともに答えない。
不機嫌は、溜息となって零れる。気を取り直して、ハインは見上げた。
林道を覆うように、木が生い茂る。木漏れ日が地面にまだらな模様を作った。
自然が生み出す景色は、確かに癒される。しかし、どこへ続いているのかはまだ分からない。
案内人は、ちょっとした冒険、だと言っていたが強引に連れ出されたハインはあまり乗り気ではなかった。
ふいに、林道の奥から風が吹いた。ハインは、ふと足を止めて揺れる葉音に耳を澄ます。
「どうしました?」
「いや…、なんとなく…」
クラウンは立ち止まって聞くが、ハインは返す言葉が上手く見つからなかった。
風に遊ばれて、木漏れ日が落とす影も揺れる。心地良い葉音の中に、雑音が交じり始めた。ジ…ジジ…、と砂嵐の中を行くような耳障りな音がどこからともなく聞こえた。
太陽が、時折葉っぱ越しに見え隠れする。
目を通して映る景色が、色褪せた。不明瞭な脳裏の映像に、ハインは違和感を覚える。
「前にも来たような…気がしただけ」
「そうですか」
クラウンが、短く返すのも無理はない。
ハイン自身でさえも、ようやく見つけた返し方は随分と拙く曖昧だと感じていた。
「着きましたよ」
「ん?」
ハインは、擡げた頭と一緒に目線も水平に戻す。そこで見た景色に、思わず言葉を失った。
林道を抜けた先には、無駄なものは何一つなかった。
雑多な建物も、空を遮る生い茂った木もない。
「102番地の観光名所『名もない花畑』です」
そこには、青い草原に満開の花畑がただ広がっていた。
※
名もない花畑。いつからそこにあるのか、誰に植えられたのか。それらが、一切不明の花畑だ。
出生も謎に包まれていることから、名のないではなく、名もない花畑と名づけられた。
この花畑は開き具合に差はあっても、花は年中咲いている。季節に左右されることもないから枯れることはないし、花を摘んでもまた新たに種が芽吹く。
花の種類も色も様々で、美しいコントラストが生まれている。
「ほんと絶景ねー!」
「ハインさん、そんなに走らないでください。打撲とか怪我したところが痛いんですよ…」
ハインは感激した様子で、名もない花畑の中を無邪気に走る。
離れることができないクラウンは、強制的に走らされ、不満を口にした。
「体動かさないと鈍るわよー!ほらほらー」
「さっきまで全然乗り気じゃなかったくせに…」
数分前とは、立場が逆転していた。
クラウンは節々が痛い体を労わって歩いて回りたかったが、ハインは上機嫌ではしゃぎ始める。肩で息をしながら彼女の後ろをついていく。
名もない花畑には、二人の他にも人影があった。
空間を取らないように身を寄せ合っているのは、三人組の少女だ。
色違いのワンピースを着て、前掛けエプロンをしている。幼い少女たちは、摘みたての花で何かを作っていた。
気づいたハインは、花畑の至る所に作られた細道を使って近寄る。
「こんにちは、」
挨拶すると、少女たちはハインを見た。
その中の一人が「わ、おきゃくさんだ…!」と小声で言うと、何かを隠す。他の二人もいそいそと、手に持っていたものを隠した。
「こ、こんにちはー」
「何してるの?」
「あ…、えっと、はなわをつくってるの…」
見ず知らずの人に話しかけられた少女たちは、警戒心やら不安やらでよそよそしい態度だ。
ハインは気を使うことなく、強く興味を引かれた。
「へー!花輪か…、良いなぁ。もう出来上がったの?」
「うーん…、できてるけど…。まだひとに見せれるものじゃなくて……」
三人組の少女たちは、どこか悲しそうな顔で遠慮気味に答える。それから、おずおずと膝の上に置いていた小さな手の平を上げた。
そこにあったのは、作りかけらしい花輪だ。随分持っていたのか、茎や花房は萎れ始めている。加えて輪っかとはまでは行かず、癖毛のように所々茎がはみ出していた。
作るのに、少し苦戦していたのだろう。満足の行く出来ではなかったらしく、三人組の少女は見るからに落ち込んでいた。
しかし、ハインはそれを見てきらきらと目を輝かせる。
「わぁ…、すごく綺麗ね!」
「そ、そうかな…?」
ハインは世辞でもなく、純粋に感動していた。褒められた少女たちは、照れくさそうに笑う。
すると、後ろで様子を見ていたクラウンは無遠慮に茶々を入れる。
「ハインさん、気安く子供に声かけるのはやめてください。子供たちも不審者だと思って警戒してますよ」
「なっ…!あんたね、そうやって時々水差すのやめてくれないかしら?これは女の子同士のお話なんだから」
「なに、汐らしいこと言ってるんですか。似合いませ…ぃでててっ!」
無駄口を叩くクラウンの頬を、ハインは容赦なくつまみ上げる。
伸びるだけ伸ばして手を離すと、「ふん!」と鼻を鳴らしてそっぽ向く。
子供よりも子供っぽい二人のやり取りを見ていた少女たちは、呆気に取られて困惑の汗を流す。
不当な暴力にクラウンは、赤くなった頬を摩って「何するんですか…!」と抗議した。
ハインは、聞こえないフリをして何事もなく続ける。
「私も交ざって良い?」
「え?」
「せっかく観光名所に来たから、何か思い出作りしたいの。花輪の作り方も教えて欲しいなぁって思って」
「いいけど…」
「その、わたしたちもまだ作り方がわからなくて…」
「これも手さぐりで作ったものだから…、カンペキなものじゃないんです」
「な、なるほど……」
花輪の作り方を学ぶ良い機会だと思っていたが、ハインの期待には添えないようだ。
すると、話を聞いていたクラウンが周囲にある花を適当に手折り始めた。それから摘んだ花を持って、少女らの前で胡座をかく。
「花輪なんて簡単ですよ」
そう言って、花と花を重ね合わせる。
手早く花を重ね合わせて、茎を器用に編み込み、まとめると最後に輪になるように結んだ。
「ほら、」
「わー!すごーい!」
綺麗に完成した花輪を見せると、少女たちの顔は明るくなった。
クラウンと共に行動することになって、まだ日は浅い。彼のことをまだよく知らず、こんな得意を持っていたことにハインは意表を突かれてしまった。
クラウンは作った花輪を少女たちに手渡し、ぽかんとしているハインを見てほくそ笑む。
「あー、確かハインさんも花輪を作りたいんでしたっけ?教えてあげましょうか?」
「な…、い、嫌なやつ…!」
「でも、どうしようかな。さっき抓られましたし…。ああ、そうだ、謝ってくれたら教えますよ」
先のことを逆手取って、クラウンはここぞとばかりに小憎たらしく突いた。
しかし、彼の思惑とは裏腹にハインは、「ぐ…っ、」と悔しげに言葉を詰まらせる。
(意地張って謝らないかと思ってたけど。そんなに作りたいのか……)
クラウンは、強情っぱりなハインがすぐに拒否しなかったことが意外に思った。
花輪なんて大したものではないと思っても、ハインにとっては、その技術に肖りたいものらしい。
「ご、ゴメン、ナサイ…」
「…………許します」
「なんでそんな嫌そうに言うのよ!ちゃんと謝ったのにー!」
「うわぁ…、とんでもなく誠意のない謝り方ですね。子供の前ですよ、大人気ないなぁ」
渋々謝罪を口にするハインに、クラウンは軽蔑するような眼差しを向ける。
人目がなければ、もっと大人気ない振る舞いをしてやれるが、子供達を前に横暴なことはできない。ハインは「ぐぬぬ…」と唸った。
確かに彼の言う通りで、頑ななまでに素直になれない。普段だったら、渋々でも謝っていただろう。それでも心に引っかかりがあって、彼女は板挟みになっていた。
一人で勝手に引きずってぎくしゃくして、自分らしさを失っている。そんな自身を馬鹿馬鹿しく感じたハインは、疲れたように大きな溜息を吐いた。
「僕に謝るのが嫌なんですか?」
「………、」
だったら、何だと言うんだ。ハインは、何も答えず暗い顔をした。
クラウンは、そのまま彼女の心中を察したように続ける。
「まあ……、なんとなく原因は分かってます。あんな選択をさせましたから。けど、僕にとってはあれが最善の策だった。今でもそのことは間違いだなんて思ってません。だから………、僕も謝りません」
真顔で、そうまで断言されると少しは心が痛むものだ。ちくりと刺さった小さな棘のような見えない痛みを感じて、ハインは心情を振り返った。
彼の言う『あんな選択』とは、 呪術によって我を失った兵士が、この102番地の住民達に襲いかかった時――。
謝って欲しかったわけではない。
元より命を天秤にかける性分ではないハインに、それを知った上で、無理やりクラウンは天秤を用意した。強引に天秤にかけられたのは、命の数だ。
選ぶつもりはなかった。
それでもハインは、102番地の住民ものであろう人の大きな悲鳴を聞いた、あの瞬間。
そこに目を向けたのだ。天秤の皿に乗ったものを見てしまった。
そして、命の数が多い方を選び取った。
思い出すだけで、嫌悪が滲む。
信念を貫き通せなかった事より、何よりも許せなかったのは、一瞬でも『兵士達の命を切り捨てた』。己の判断が、憎い。
だからと言って、クラウンの言う通り、あれ以上の策が思いつかなかったのも事実だ。
沈黙の後、それを切り開いたのは、彼の方からだった。
「僕は、ただ日常に戻りたいです」
そう言われて、身勝手だとハインは思った。
そう言って、身勝手だとクラウンは分かっていた。
ハインは、少女たちに目を向ける。
あの時選んだ命は、こうしてここに繋がっている。彼女たちの存在に、少し救われたような気がした。
酷な事だ、これもそう思いたいハインの身勝手な安心感に変わりないのに……。どんなに清くいようとも、本質は彼と同じだと思い知らされた。
「……そうね、そうしましょう」
ハインは、静かに答える。それから、少し離れてクラウンの隣に座った。
一段落ついても空気が重くなったことには、変わりない。
それに気づかないほど鈍感ではない少女たちは、互いに顔を見合って満場一致でこう思った。
(これが、しゅらば……)






