ep.31 追跡
102番地内、南方区画。
ひたすら南へと向かって、ブクタスと兵士三名を乗せた馬車は走り続ける。彼らが向かう先は、番地の玄関先でもある駐車場だ。
「このまま行けば、もうすぐ出られそうだな…。予定より大幅に遅れているが……」
当初の計画では、運び屋との取引を滞りなく進め、護衛役の兵士たちを隷属させた上で穏便にこの地を去ることだった。この隷属呪術は、万が一、異変に勘付いた国が派遣した追っ手から、自身の身を守る為のものだ。
それが、まさか最初から出鼻をくじかれるとは、思いもしなかった。ブクタスは、ここまで計画を崩したブロンド髪の運び屋の女を思い出し、悔しげに奥歯を噛み締める。
ふと、何か視界の端でちらつく何かの気配に気づいた。
「ん…?」
急流のように流れていく景色の中、ブクタスは建屋の屋根に目を向けた。逆光で、よくは見えないが確かに小さな影のようなものが、馬車と並走する速度で走っている。
「なんだ…?あれは」
よく目を凝らして見ると、それは小さな白いウサギだ。しかも、一匹だけではなく群れを形成するように数匹で走っている。
ブクタスが見間違いかと目を擦る中、
「ァ…?」
ブクタスの傍らに座っていた兵士が、馬車の後方に目を向ける。
ブクタスは、小さなウサギから、兵士の視線の先を追いかけるように身を乗り出して後ろを見た。
そして、思わず目を見開ける。
「クソッたれ!もう追いついてきやがったのか!」
馬車から後方に数十m。
白ウサギの生首を被った奇妙な運び屋と、その後ろに黒髪の女の運び屋が馬を走らせていた。
「見つけた…」
「待てってのぉおおお!」
黒髪の女―ハインは、ブクタスの馬車に向かって声高らかに叫ぶ。
大人しく制止するなど、元より考えていない。ブクタスは、乗り出した身を引っ込めて、
「速度を上げろ!」
馬を操作する兵士に命令を下すも、相変わらず隷属された兵士は運転に集中しているせいか、ふすふすと鼻息を荒くするだけだ。
その様子を見かねたブクタスは、
「貸せ!お前たちは運び屋を攻撃しろ!」
手綱を奪い取り、自ら舵を取る。
彼の両脇に控えていた兵士や馬車の中にいた兵士は、一様に身を乗り出す。不安定な体勢で、馬車の後ろを追いかけてくるクラウンとハインに銃口を向けた。
「ちょちょちょっと!あいつらこっちに銃向けて…!」
ハインは慌てふためくが、クラウンは先手を打つ。
ゴォンッ!と時鐘のような銃声と共に、『兎足の弾』が撃ち出された。地面を跳ね返る弾は、そのままイェロヴェルリ一行の馬車の右後部の車輪に命中。
バギッ!と車輪が砕けると、馬車は大きく揺れた。その拍子に兵士たちは馬車から落ちそうになり、車体にしがみつく。
「な、なんだ!?急に遅くなって…!止まるな止まるな!」
後部の車輪の一つが機能しなくなったことで、馬車は減速し始めた。だが、ブクタスは手綱を鞭のように振るって、無理やり馬を走らせ続ける。
その間にも、クラウンらとの距離は徐々に縮まっていく。クラウンは、完全に停車させようと今度は左後部の車輪に狙いを定めた。
トリガーに指を食い込んだ瞬間。
「!」
クラウンの白ウサギのヘルメットに、異変が起きた。白く長い耳から、風に流されていく綿毛のように、黄金色の淡い光を放ちながら、解れていく。
それに気づいたハインは、驚いた。
「クラウン!ヘルメットが!」
(魔力が、一気に消費されてる…?!)
まるで予測していなかった事態に、クラウンも動揺を隠せない。
「クソこんな時に…ッ!」
解れを遅らせようとヘルメットに手を宛てがうが、所詮は魔術だ。強制的に解除されつつあるものを、自力で止めることはできない。
だが、この距離と乗馬している為に揺れる視界では、正確な狙いがつけられない。一瞬の躊躇いが、またブクタスとの距離を開かせる。馬車は依然として、左右に振られながらも走行していた。
クラウンは何かに気づいて、はっと我に返って前方を見る。
ブクタスを乗せた馬車の逃げる先には、まだ避難勧告もされていない人々がいたのだ。
「どけどけ!道を開けろぉおお!」
ブクタスが叫ぶ間もなく、人々は暴走した馬車の姿に目を剥いて悲鳴を上げた。
住人たちと、ブクタスの馬車が衝突する間近。
「クラウン!」
ハインの力強い呼び声と共に、解れたヘルメットから素顔が顕わになったクラウンは、目測でアルトンを撃つ。
『兎足の弾』を跳弾させることなく、そのまま後部車輪に命中させた。
「うわぁああああああ!」
ブクタスは情けない悲鳴を上げる。
ガガガガ!と地面を擦る車体は、人々のいる通りから、流れるように道端へと乗り上げた。路肩の花壇を次々に薙ぎ払い、凄まじい音と共に街灯と衝突。
追っていたクラウンとハインが乗った馬は、その音に驚いて嘶くと、前脚を空へと投げた。
「きゃあっ!」
「ぐッ…!」
仰け反った馬の背中から、二人は固いレンガ畳の上に叩きつけられるように落馬する。
ブクタスを乗せた馬車から放り投げられた兵士たちは、何とか動き出した。足や腕から血肉を破り骨が飛び出ていても、彼らは痛みを感じていなかった。
「お、おい…あんた達、大丈夫か?」
すると一人の男が事故現場から恐る恐る近づいて、声をかける。大怪我を負っているにも関わらず、立ち上がる姿に心配した。状況を知らないその無垢な親切心に、牙を剥く。
兵士はキッと血相を変えて、男を睨みつけると躊躇なく男を撃ち殺した。その事態を目の当たりにした人々は、一斉に悲鳴を上げて逃げ出す。
その声に気づいたハインは、気が遠くなっていた意識を奮い立たせて起き上がる。
「…こっちよ!バカ共!」
痛む体を庇いながら、兵士に向かって挑発する。その声に兵士たちは、同時に反応した。
身構えるハインの姿を見て、呪術による強烈な抹殺衝動に駆られた。銃口を一斉に彼女一人に向ける。
その引き金が引かれる瞬間、
「どっちがバカですか!」
遅れて起き上がったクラウンが、すかさずハインの横から強烈なタックルを食らわせる。
ハインと共に路肩の花壇の脇に、倒れ込んだ。
直後、銃撃が飛んできた。間一髪、被弾は免れたが、クラウンの抗議はそれだけには留まらない。
「体中穴だらけになりたいんですか!?」
「ああするしかないでしょ!無関係な人が撃たれるなら、まだ私の方が…―!」
言っている途中で花壇に銃弾が跳ね、クラウンは半ば強引にハインの頭を地面に押さえつける。
ここで身を隠していても、いずれ蜂の巣にされる。何か打開策はないかと見回すと、目の前に商店があった。
「タイミング作るんで、そこの店の中に飛び込んでください!」
クラウンがその店を指さして、ハインはそこに目を向けた。
急ぎ、クラウンは右腕だけを上げて、花壇からなるべく体を出すことなくアルトンを発砲。どこにも跳弾する場所がないが、飛来してきた黄金色の陽炎を纏った不可思議な弾丸に、兵士たちは一瞬怯んだ。
「走れ!」
見逃さなかったクラウンが掛け声を上げると、ハインは一気に身を起こして店のディスプレイガラスに飛び込む。派手に割れたが、何とか店の中に逃げることができた。
しかし、クラウンが後続した気配はない。彼は、今だ花壇の脇に身を潜めていた。
「あんたも早く!」
ハインが呼びかけるもクラウンは、アルトンを撃ち続けていた。よく見てみると、彼の左肩は糸の切れたマリオネットのように脱力している。
(あいつ!肩が脱臼して…!)
察したが、今ここで飛び出せば、自身も銃撃に巻き込まれてしまう。
クラウンは、匍匐しながら店先へと少しずつ向かう。ハインは、すぐにクラウンが入ってこれるように店の扉を開いた。
クラウンは花壇の端まで到達すると、何とか体を四つん這いの状態にまで起こす。兵士たちの銃撃の隙を伺い、一気に走り出した。
だが、反射的に兵士の銃弾の気配に気づき、咄嗟に体ごと回避する。銃弾はクラウンの頬を掠めたが、回避した反動で体が倒れた。
格好の的となったクラウンに、銃口が向けられる。
だが、引き金が引かれる前に、店先から少し体を出したハインが、クラウンのジャケットのフードを掴み、
「どりゃあああああああ!!」
「おわぁあっ!?」
砲丸投げのように、勢い良くクラウンを店内に放り投げ入れた。
またしても間一髪のところで、銃撃を免れた。止まない銃声に肝が冷えたが、今は動揺している場合ではない。
ハインは、店内のレジカウンターに激突したクラウンの元に駆け寄る。
「クラウン、大丈夫!?」
「と、トドメ、刺されたかと思いましたよ……」
ぐるぐると目を回しながら体を起こすクラウンは、そのままレジカウンターに凭れた。
脱臼した肩を庇うように手を添えている様子を見て、ハインは聞く。
「肩、外れたんでしょ?」
「そのようで…。幸いにも出血はしてないようです」
「なら、戻すわよ」
「……マジですか」
応急処置を施そうとするハインに、クラウンは半ば驚いたように呟いた。
「ごちゃごちゃ言ってる場合じゃないでしょ」
早く、と有無を言わせず急かされたクラウンは渋々ハインに背を向ける。
ハインは、クラウンの外れた左腕を関節部に合う位置まで持ち上げると、そのまま斜め後ろに軽く勢いをつけて腕を引いた。
「っつ…!」
ぽき、という音と共に一瞬鋭い痛みが走った。思わず顔を顰めたが、関節は上手く嵌ったようだ。
そのままクラウンは、肩を軽く回して痛みがないかを確認する。心配そうに顔を覗かせるハインを見て、
「大丈夫です。行きましょう」
処置が成功したことを告げると、出発する為に立ち上がった。
二人は、隷属兵士のいる通りを目指して店の裏口から外へと戻る。






