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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第二部 『名もない花畑より。』
78/141

ep.31 追跡

 

 102番地内、南方区画。


 ひたすら南へと向かって、ブクタスと兵士三名を乗せた馬車は走り続ける。彼らが向かう先は、番地の玄関先でもある駐車場だ。


「このまま行けば、もうすぐ出られそうだな…。予定より大幅に遅れているが……」


 当初の計画では、運び屋との取引を滞りなく進め、護衛役の兵士たちを隷属(れいぞく)させた上で穏便にこの地を去ることだった。この隷属呪術は、万が一、異変に勘付いた国が派遣した追っ手から、自身の身を守る為のものだ。

 それが、まさか最初から出鼻をくじかれるとは、思いもしなかった。ブクタスは、ここまで計画を崩したブロンド髪の運び屋の女を思い出し、悔しげに奥歯を噛み締める。


 ふと、何か視界の端でちらつく何かの気配に気づいた。


「ん…?」


 急流のように流れていく景色の中、ブクタスは建屋の屋根に目を向けた。逆光で、よくは見えないが確かに小さな影のようなものが、馬車と並走する速度で走っている。


「なんだ…?あれは」


 よく目を()らして見ると、それは小さな白いウサギだ。しかも、一匹だけではなく群れを形成するように数匹で走っている。


 ブクタスが見間違いかと目を擦る中、


「ァ…?」


 ブクタスの(かたわ)らに座っていた兵士が、馬車の後方に目を向ける。


 ブクタスは、小さなウサギから、兵士の視線の先を追いかけるように身を乗り出して後ろを見た。

 そして、思わず目を見開ける。


「クソッたれ!もう追いついてきやがったのか!」


 馬車から後方に数十m。


 白ウサギの生首を被った奇妙な運び屋と、その後ろに黒髪の女の運び屋が馬を走らせていた。


「見つけた…」


「待てってのぉおおお!」


 黒髪の女―ハインは、ブクタスの馬車に向かって声高らかに叫ぶ。


 大人しく制止するなど、元より考えていない。ブクタスは、乗り出した身を引っ込めて、


「速度を上げろ!」


 馬を操作する兵士に命令を下すも、相変わらず隷属された兵士は運転に集中しているせいか、ふすふすと鼻息を荒くするだけだ。


 その様子を見かねたブクタスは、


「貸せ!お前たちは運び屋を攻撃しろ!」


 手綱(たづな)を奪い取り、自ら舵を取る。


 彼の両脇に控えていた兵士や馬車の中にいた兵士は、一様に身を乗り出す。不安定な体勢で、馬車の後ろを追いかけてくるクラウンとハインに銃口を向けた。


「ちょちょちょっと!あいつらこっちに銃向けて…!」


 ハインは慌てふためくが、クラウンは先手を打つ。

 ゴォンッ!と時鐘のような銃声と共に、『兎足の弾(フット・ダム)』が撃ち出された。地面を跳ね返る弾は、そのままイェロヴェルリ一行の馬車の右後部の車輪に命中。


 バギッ!と車輪が砕けると、馬車は大きく揺れた。その拍子に兵士たちは馬車から落ちそうになり、車体にしがみつく。


「な、なんだ!?急に遅くなって…!止まるな止まるな!」


 後部の車輪の一つが機能しなくなったことで、馬車は減速し始めた。だが、ブクタスは手綱を鞭のように振るって、無理やり馬を走らせ続ける。


 その間にも、クラウンらとの距離は徐々に縮まっていく。クラウンは、完全に停車させようと今度は左後部の車輪に狙いを定めた。


 トリガーに指を食い込んだ瞬間。


「!」


 クラウンの白ウサギのヘルメットに、異変が起きた。白く長い耳から、風に流されていく綿毛のように、黄金色の淡い光を放ちながら、(ほつ)れていく。


 それに気づいたハインは、驚いた。


「クラウン!ヘルメットが!」


(魔力が、一気に消費されてる…?!)


 まるで予測していなかった事態に、クラウンも動揺を隠せない。


「クソこんな時に…ッ!」


 解れを遅らせようとヘルメットに手を宛てがうが、所詮は魔術だ。強制的に解除されつつあるものを、自力で止めることはできない。


 だが、この距離と乗馬している為に揺れる視界では、正確な狙いがつけられない。一瞬の躊躇いが、またブクタスとの距離を開かせる。馬車は依然として、左右に振られながらも走行していた。


 クラウンは何かに気づいて、はっと我に返って前方を見る。


 ブクタスを乗せた馬車の逃げる先には、まだ避難勧告もされていない人々がいたのだ。


「どけどけ!道を開けろぉおお!」


 ブクタスが叫ぶ間もなく、人々は暴走した馬車の姿に目を剥いて悲鳴を上げた。


 住人たちと、ブクタスの馬車が衝突する間近。


「クラウン!」


 ハインの力強い呼び声と共に、解れたヘルメットから素顔が顕わになったクラウンは、目測でアルトンを撃つ。


 『兎足の弾』を跳弾させることなく、そのまま後部車輪に命中させた。


「うわぁああああああ!」


 ブクタスは情けない悲鳴を上げる。


 ガガガガ!と地面を(こす)る車体は、人々のいる通りから、流れるように道端へと乗り上げた。路肩の花壇を次々に薙ぎ払い、凄まじい音と共に街灯と衝突。


 追っていたクラウンとハインが乗った馬は、その音に驚いて嘶くと、前脚を空へと投げた。


「きゃあっ!」


「ぐッ…!」


 仰け反った馬の背中から、二人は固いレンガ畳の上に叩きつけられるように落馬する。


 ブクタスを乗せた馬車から放り投げられた兵士たちは、何とか動き出した。足や腕から血肉を破り骨が飛び出ていても、彼らは痛みを感じていなかった。


「お、おい…あんた達、大丈夫か?」


 すると一人の男が事故現場から恐る恐る近づいて、声をかける。大怪我を負っているにも関わらず、立ち上がる姿に心配した。状況を知らないその無垢な親切心に、牙を剥く。


 兵士はキッと血相を変えて、男を睨みつけると躊躇なく男を撃ち殺した。その事態を目の当たりにした人々は、一斉に悲鳴を上げて逃げ出す。


 その声に気づいたハインは、気が遠くなっていた意識を奮い立たせて起き上がる。


「…こっちよ!バカ共!」


 痛む体を庇いながら、兵士に向かって挑発する。その声に兵士たちは、同時に反応した。


 身構えるハインの姿を見て、呪術による強烈な抹殺衝動に駆られた。銃口を一斉に彼女一人に向ける。


 その引き金が引かれる瞬間、


「どっちがバカですか!」


 遅れて起き上がったクラウンが、すかさずハインの横から強烈なタックルを食らわせる。


 ハインと共に路肩の花壇の脇に、倒れ込んだ。


 直後、銃撃が飛んできた。間一髪、被弾は免れたが、クラウンの抗議はそれだけには留まらない。


「体中穴だらけになりたいんですか!?」


「ああするしかないでしょ!無関係な人が撃たれるなら、まだ私の方が…―!」


 言っている途中で花壇に銃弾が跳ね、クラウンは半ば強引にハインの頭を地面に押さえつける。


 ここで身を隠していても、いずれ蜂の巣にされる。何か打開策はないかと見回すと、目の前に商店があった。


「タイミング作るんで、そこの店の中に飛び込んでください!」


 クラウンがその店を指さして、ハインはそこに目を向けた。


 急ぎ、クラウンは右腕だけを上げて、花壇からなるべく体を出すことなくアルトンを発砲。どこにも跳弾する場所がないが、飛来してきた黄金色の陽炎を纏った不可思議な弾丸に、兵士たちは一瞬(ひる)んだ。


「走れ!」


 見逃さなかったクラウンが掛け声を上げると、ハインは一気に身を起こして店のディスプレイガラスに飛び込む。派手に割れたが、何とか店の中に逃げることができた。


 しかし、クラウンが後続した気配はない。彼は、今だ花壇の脇に身を潜めていた。


「あんたも早く!」


 ハインが呼びかけるもクラウンは、アルトンを撃ち続けていた。よく見てみると、彼の左肩は糸の切れたマリオネットのように脱力している。


(あいつ!肩が脱臼して…!)


 察したが、今ここで飛び出せば、自身も銃撃に巻き込まれてしまう。


 クラウンは、匍匐(ほふく)しながら店先へと少しずつ向かう。ハインは、すぐにクラウンが入ってこれるように店の扉を開いた。


 クラウンは花壇の端まで到達すると、何とか体を四つん這いの状態にまで起こす。兵士たちの銃撃の隙を伺い、一気に走り出した。


 だが、反射的に兵士の銃弾の気配に気づき、咄嗟に体ごと回避する。銃弾はクラウンの頬を掠めたが、回避した反動で体が倒れた。


 格好の的となったクラウンに、銃口が向けられる。


 だが、引き金が引かれる前に、店先から少し体を出したハインが、クラウンのジャケットのフードを掴み、


「どりゃあああああああ!!」


「おわぁあっ!?」


 砲丸投げのように、勢い良くクラウンを店内に放り投げ入れた。


 またしても間一髪のところで、銃撃を免れた。止まない銃声に肝が冷えたが、今は動揺している場合ではない。


 ハインは、店内のレジカウンターに激突したクラウンの元に駆け寄る。


「クラウン、大丈夫!?」


「と、トドメ、刺されたかと思いましたよ……」


 ぐるぐると目を回しながら体を起こすクラウンは、そのままレジカウンターに(もた)れた。


 脱臼した肩を庇うように手を添えている様子を見て、ハインは聞く。


「肩、外れたんでしょ?」


「そのようで…。幸いにも出血はしてないようです」


「なら、戻すわよ」


「……マジですか」


 応急処置を施そうとするハインに、クラウンは半ば驚いたように呟いた。


「ごちゃごちゃ言ってる場合じゃないでしょ」


 早く、と有無を言わせず急かされたクラウンは渋々ハインに背を向ける。


 ハインは、クラウンの外れた左腕を関節部に合う位置まで持ち上げると、そのまま斜め後ろに軽く勢いをつけて腕を引いた。


「っつ…!」


 ぽき、という音と共に一瞬鋭い痛みが走った。思わず顔を(しか)めたが、関節は上手く(はま)ったようだ。


 そのままクラウンは、肩を軽く回して痛みがないかを確認する。心配そうに顔を覗かせるハインを見て、


「大丈夫です。行きましょう」


 処置が成功したことを告げると、出発する為に立ち上がった。


 二人は、隷属兵士のいる通りを目指して店の裏口から外へと戻る。




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