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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第二部 『名もない花畑より。』
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ep.29 駆けろ

 

 イェロヴェルリの兵士とミミが交戦した同刻。


 宿屋の裏口からハインとクラウンは、大通りへと出た。

 大きな爆発音や銃声で騒ぎが広がっているのか、多くの人々が逃げ惑っている。


「さすがに騒ぎになってるわね!」


「この先で向こうさんが待ち構えているんでしょう」


「狙いは私たちじゃないの!?」


「無差別に攻撃しているなら、標的を絞っているわけではないのかもしれません」


 二人の会話の後、人々が逃げてきた道の奥の方から微かに銃声が聞こえる。パチパチ、と花火のような遠くの銃声が聞こえる中、クラウンは冷静さを欠かなかった。


 向かいの店先で停車していた馬車を見つける。クラウンは、人波を横断するようにその場へと向かった。


「ちょっと何する気?」


 後ろをついてきたハインが聞くが、クラウンは構わず手馴れた様子で馬を馬車から外した。


「馬に乗って、呪術者を追いかけます」


 ようやくハインの質問に答えると、そのまま白ウサギの側頭部に手を添える。ヘルメットの中では、十匹の手乗りウサギの視界が同時進行で表示されていた。


 屋根から屋根へと飛び移っている為か、映像は上下に激しく揺れている。だが、二匹の手乗りウサギは、どうやらこの騒ぎを起こした犯人の姿を捉えたようだ。


「南に進んでる…。102番地から出るつもりか」


 ブクタスの乗り込んだ馬車は、荒い運転ながらも必死で前進していた。


 彼らの向かう先を予想したクラウンは、馬の鞍にある(あぶみ)に足をかけ、跨る。


「…何してるんですか?早く乗ってください」


「え!で、でも…私、馬に乗った経験がないのよ」


 ぼーっと彼の馬に乗る様子だけを見ていたハインは、突然の要求に困惑した。


 呆れたようにクラウンは、溜息を零すと、


「今は、そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが……」


 馬から一旦降りて、ハインの腕を掴むと馬の傍に立たせた。


「わっ、わわ!ちょ、ちょっと!」


 クラウンは、ハインの膝下から抱えあげると馬に近づける。強引な乗せ方だが、よじ登るようにハインを乗馬した。

 馬慣れしていない人間を乗せたことで、馬は鼻先を少し震わせて、左右に動き始める。クラウンは、馬を落ち着かせるようにその首筋を撫でて、隙を伺って再び跨った。


「ハインさん、落ちないでくださいね」


「え!え!?ま、まだ心の準備が…!」


 弱気なハインを無視して、クラウンは鐙で馬の腹を叩くと、


「ぅわぁっ!」


 急な走り出しに、後ろへと体が引っ張られそうになった。思わずハインは、クラウンの腰にしがみつく。

 だが、対向から逃げてくる人の大波に、蹄鉄を鳴らしながらも馬は強いストレスに駆られ、鼻息を荒らげた。


「落ち着くんだ。君が人を踏み殺すことはない。(ひる)むな」


 クラウンは、絶えず馬に声をかけ、その肌を撫でる。


 すると、馬の蹄から王冠の魔術陣が現れた。同時に、更に馬の駆け足が加速する。それは同乗者にも、きちんと伝わっていた。


「ちょっとちょっと!めちゃくちゃ速いじゃない!どうなってんのよぉおー!」


「少し、馬の身体を強化しました」


 体が向かい風で押し退けられそうになるが、その速度にクラウンは難なくついていく。対向からやってくる人々を、華麗な手綱さばきで(かわ)し続けた。


 それに、馬はすっかり安心しきったようで心置きなく駆ける。やがて、見えてきたのは、道端のど真ん中で横転している馬車だ。


 それを障害物にして、後ろにはイェロヴェルリの兵士の姿が見えた。


 小脇から目視したハインは、驚いたように目を見開く。


「ま、まさか!あんた!このまま突っ込むつもりじゃ…!」


「そのつもりです」


 淡々とした態度で、クラウンは腰の後ろに手を回した。ポシェットから『イースター・エッグ』を取り出す。


 気にしていないのは、何もクラウンだけではない。彼が乗馬する馬も、同意見のようで立ち止まらなかった。


「ぶ、ぶつかるってばぁああああ!」


 ハインは叫んで、咄嗟に目をつぶった。


 馬車の裏側から、兵士たちは、こちらへ猛攻する馬に乗った運び屋に銃口を向ける。引き金に指をかけた瞬間、見計らったようにクラウンは、イースター・エッグをそこへと放り投げた。


 それと同時に手早くホルスターから、アルトンを引き抜く。


「飛べ!」


 掛け声と共に手綱を思いっきり引っ張れば、馬は馬車を軽々と飛び越えた。


 対空中、濃い煙幕に覆われた馬車の向かい側に潜む兵士たちに向けて、振り向きざまにアルトンを連続で発砲。白ウサギのヘルメットで、既に兵士たちの位置は把握している。『兎足の弾(フット・ダム)』は、当たりさえすれば良い弾だ。建物の外壁から跳弾し、煙幕の中へと吸い込まれていく。


「ぐぁアっ…!」


「が…ッ!?」


 『兎足の弾』が兵士たちに着弾したと同時に、クラウンとハインの乗った馬は地面に着地した。バランスを崩すことなく、走り続ける。


 衝突を免れたことに気づいたハインは、前を向くクラウンと入れ違いに後ろを見た。


 イースター・エッグの煙幕が晴れた頃、そこには兵士たちが倒れていた。ひくひくと体を震わせ、呻き苦しんでいる姿を見て、まだ息があると彼女は安堵する。


 ようやく馬に慣れたハインは、しっかりと前を見据えた。





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