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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第二部 『名もない花畑より。』
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ep.23 《光芒炉》

 


 102番地。戦場と化した宿屋街の隣区画。住人の憩いの場でもある噴水広場には、多くの人が集まっていた。


 彼らが取り囲むその中心には、ヨハネスとヘルがいる。


「えぇ!?その話…、本当なのかい?」


 一人の男が、驚いたように声を上げた。戸惑いながらも、彼はヨハネスから聞かされた話の真偽を確かめる。


 ヨハネスは静かに頷いた後、続けて、


「ほんとう。ここは、まだ被害が出てない。でも、巻き込まれる可能性は高い」


 機械的な彼女の話に、102番地の住人達は一様に思い悩む。


 だが、心当たりはあった。遠くから聞こえてきた、まるでパチパチというネズミ花火のような音――。何かの催し物の仕掛けかと思っていたが、そうではないらしい。あれが銃声だとしたら、大事(おおごと)だ。


「イェロヴェルリの人間がここに来たってのは、知ってたけど…。まさか、そんなことになってるなんて……」


「観光に来てる人もいるしなぁ…。ここで他番地の住人が巻き込まれたりでもしたら、他所(よそ)の連中も黙ってないだろ……」


 辻褄が合い始めた。大国からの軍人という存在は、それ程、この外界においては良くも悪くも目立つものだ。


 懸念すべきは、それだけではない。国の兵士が暴れ回っているのならば、多くの負傷者が出ていることは間違いない。


 問題は、ここが観光番地である、ということ。他番地からの富裕層の観光客は、その素性も様々だ。薄暗い裏の世界に属する人間が、必ずしもいないとは断言できない。その者達が、もし今回の騒動に巻き込まれ死んだとなれば、報復行為も十分に考えられる。


 そうなれば安寧の地は、前時代の暴虐が行われるだろう――。


 ヨハネスは、暗い顔を浮かべる住人達を見ながら、


「できる限り、このことを多くの人に伝えて、避難してほしい」


「分かった……と言いたいところだけど、人伝だとちと遅くないか?」


 一人の男からの質問に、ヨハネスは虚ろながらも瞳の奥にある光は真摯だった。


「だいじょうぶ。それより、避難できる場所あるる?」


「そのイェロヴェルリの連中が暴れてる区画から、一番遠いのは居住区だ。そこなら、102番地にいる人全員を収容できるな。避難場所にはもってこいだ」


 男からの提案に、ヨハネスは了解したように頷く。

 しかし、それだけでは迅速な避難誘導に欠けるだろう。


 ヨハネスは、質問を続ける。


「それから、人が多く集まる場所、どこ?」


「人が密集してるのは、広場や商店通りかな。……行くのかい?」


 その言葉に、ヨハネスは首を横に振って否定した。それから、両腕を広げると、


「このことを、ほかの人達に伝える」


 小さな手の平に、二重の円陣が現れた。


 ぼんやりと青白い光を放つ円陣から、まるでシャボン玉のような丸い光が浮かび上がった。やがて、丸い光の玉は、もぞもぞと動くと小さな翼を生やす。


 『光芒炉(サテリア)』。光を形にして、その形状を自在に変えることができる高等造形魔術だ。


 翼を持つ小さな光達が、周囲を飛び回る神秘的な光景に、誰しもが目を奪われる。


「わたしの言うこと、聞いてもらえるかわからない。だから、これと一緒についてきて」


 『光芒炉(サテリア)』の小さな翼が(はばた)く度に、ヨハネスの髪が(なび)いた。そんな中で、彼女は少し不安そうに眉を曲げる。


 住人達は、『光芒炉』に心を奪われていたが、我に返って勇気づけるように笑った。


「分かった。おーい!話は聞いただろ?他の区画まで走ってくれるヤツはいるかー!」


「おう!任せろ!」


「とにかく急ごうぜ!」


「私も、なるべく伝えてきます!」


 数名の住人達が、協力を申し出た。それからは、行動が早い。その場から散り散りに各方面へと走り出した。


 ほっとした様子で、ヨハネスが肩を落とす。自身の話し方や態度では、人に近寄りがたい印象を与えると自覚していた。人を説得するなど難しいとさえ思っていたが。何とか、協力を得られたことに安堵した。


 すると、そんなヨハネスの小さな肩を何者かが(つつ)く。


 ヨハネスが振り返ると、そこにはヘルがリュックの肩紐を握り締めて、どこか不安そうしている。


 言葉を発さずともヘルの考えていることは、(あるじ)であるヨハネスに、十分伝わっていた。


「…行っていいよ」


 ヘルの気持ちを汲んで、ヨハネスは送り出す。ヘルは、こくこくと頷くと、そのままどこかへと走り出した。


 その背中を見送った後、また真正面を向いて、ヨハネスは独り言を零した。


「オリヴァー=リズ、少し待って……」





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