ep.22 逃亡
ガンガン、と何かを叩く音が路地裏に反響する。音の出処は、木製の扉だ。内側から何者かが戸を叩き、その度に扉は押し出されそうになって振動している。
やがて、内側の鍵が壊れたのか、荒々しく蹴り開かれた。
そこから真っ先に出てきたのは、ブクタスだ。
宿屋の裏口から脱出を図った彼の周囲には、隷属呪術にかかった四人の兵士がいる。
行動を起こしたせいか、妙な高揚感と緊張感が入れ交じる。汗を一筋流しながら、急ぎ足で路地を進んだ。
「とにかく、この区画から抜け出して足を見つけなくては……」
ぼそりと呟いて、『献上品』が収納されている木製の六面体の魔具を抱え直す。
通りに出ると、騒ぎで慌てふためく人の波が出来上がっていた。一見避難しているようにも見えるが、とにかくここから離れたくて走り回っているようだ。
「さすがに騒ぎになってるようだな……。当然と言えば、当然か」
人々の反応を冷静に眺めながら、ブクタスが率いる一分隊は、その人波に逆らうように紛れ込む。
軍服の姿は、その内、嫌でも悪目立ちしてしまうだろう。それを見越した上で、ブクタスは一刻も早く102番地から去りたいと考えていた。
すると、そんな彼らの下に、一台の馬車が対向からやってきた。人波に揉まれて、なかなか前に進めないようだ。
ブクタスは足を止めると、軽く顎先を持ち上げる。それに反応した兵士たちは、ブクタスが顎先で示した馬車に向かって走り出す。
「な、なんだ!?あんたら!?」
馬車を取り囲み、鹵獲に成功するが、反対に馬車の運転手は混乱した。一人の兵士が呻きながら、運転手の男を引きずり下ろすと、
「うわぁああ!?」
男の絶叫が谺した瞬間、無抵抗の運転手を撃ち殺した。
それを皮切りに、更に混乱は極まる。周囲にいた人々は目を見開いて、叫び散らしながら逃げ惑った。
予想と違った行動を取る兵士にブクタスは、舌打ちを打つ。銃声と人の悲鳴で馬車に繋がれた馬は暴れるものの、幸いにも弾は当たっていないようだ。
「お前ら!もう少し穏便に出来ないのか!?」
だが、それも不幸中の幸いというもの。慎重に事を運びたいブクタスだが、反して隷属された兵士たちは理解できてないようで首を傾げる。
まるで、赤子のような姿だ。親鳥について回るだけの雛のような――そんな姿に、ブクタスの苛立ちはますます加速する。
「見るに堪えない醜態だな…!足が無事だっただけ良しとするがッ!」
ブクタスは、怒鳴りながら馬車の運転席に乗り込む。左右に二人の兵士が乗り込み、残りの二人は馬車の中へと乗り込んだ。
「とっとと出せ!」
ガンッと運転役になった兵士の足を蹴った。横暴な振る舞いをされようとも、従順な兵士は手綱を掴み、勢いよく馬の臀に叩きつけた。
普段と勝手が違う手綱使いに、馬は悲鳴のような嘶きを上げて走り出す。
群れる虫のような人々に構うことなく、跳ね飛ばした。人と接触する度に馬車は当然のように大きく揺れて、ブクタスは投げ飛ばされそうになる。
「荒いッ!もっと丁寧に走らせんか!」
そう言うも、運転役を担った兵士は猛牛のように鼻息を荒くするだけだ。
その様子を見かねて、ブクタスは再び舌打ちを打った。
「細かい指示を出せないのは、面倒だな…!部下や配下であれば誰でも強制的に従えるとはあったが……、まさか、呪術がここまで扱いづらいものとはな…ッ!」
路肩に乗り上げ、飾られた花壇の破壊しながら、ようやく道路に戻った馬車。しかし、ブクタスの不満は暴走する馬車と同様、留まるところを知らない。
(これでは本物の犬以下だ!知能まで下がりやがって…!)
今になって、呪術によって隷属された人間の欠点に気づいた。爆発しそうになる怒りを食い縛ると、歯が軋む。
それから、すっと冷静に戻ったブクタスは、吹っ切れたように笑みを浮かべた。
「まぁいい…。生き残っていたら、すぐに解いてやるさ。それまでは、死んでも壁の役割を忘れるなよッ!」






