ep.21 侵攻
乱暴に開かれた宿屋の扉から、ハインら運び屋は足早に出てきた。
開け放たれた扉の向こうでは、不気味に鈍く光る赤い眼光が、薄暗い中で鬼火のように幾つも見える。
ゆらゆらと蝋燭の火のように、イェロヴェルリの兵士たちは体を揺らしながら立ち上がる。
「クラウン、何か分かる?」
クリスティーナが、そこに目を向けながらクラウンに見識を求める。
クラウンは、白ウサギの顎に手を宛てがうと考えた。
「詳しくは……。見た限りだと、あれは呪術の類に似てます」
「呪術?」
聞き慣れない言葉に、ハインが繰り返した。
クラウンは、続け様に内容を細かく伝える。
「魔術は、人の禍福に影響を及ぼすことはできません。要は、人を不幸にしたり、願って誰かを殺すことはできない。ですが、呪術は魔術の発動現象もその仕組みも全く逆で、人の念を蓄積させた物質が起こす現象です。そして、人の因果や運命に干渉できる」
「じゃあ、あれは……」
「僕の予想では、術者との関係性が強いほど強制的に隷属できる呪術かと」
「クラウン=ラウスの見立ては、まちがってない」
ヘルの小脇で抱えられた状態でヨハネスは、クラウンの分析を肯定した。
思わしくない結論が出たことで、クリスティーナは、普段より目つきを鋭くさせて呟く。
「蒼馬からのお墨付きなら、相当厄介そうね……」
緊迫した状況で、ハインは背中に帯刀した仕込み刀風の大太刀を見た。それから、何かを思いついて、ヨハネスに聞く。
「…ねぇ、ヨハネス。私の刀じゃあ、それは斬れないの?」
魔術すら斬り伏せる、ハインの魔剣。
得体の知れないものだが、呪術も斬ることができる対象ではないかと彼女は考えた。
だが、反してヨハネスははっきりと答える。
「むり。あれは、魔術で対象に付与されたものじゃない。ものを経由して、遠隔的に付与操作してる」
「それって…、」
「気絶させるか、呪術の発動源である物を壊す。または、隷属された者を殺す」
ヨハネスは、淡々と対策法を並べる。
彼女が言い終えると、ハインは眉間に皺を寄らせて苦しげな顔を浮かべた。
「クラウン、」
咄嗟にハインは、彼を呼んだ。
クラウンは、首だけを振り返らせてハインを見ると、
「…あなたは、あなたがやりたいようにやれば良い。僕も、そうします」
そう言って、彼はまた木苺のような赤い眼差しを『敵』に向ける。
返ってきた言葉に、ハインは何も言えずに顔を伏せた。
命のやり取りが始まる。スイッチが切り替わるように、クラウンの態度は冷めていた。
どこかで、期待してしまったのだろうか。たった数日程度で、簡単に人は変わらないというのに……。僅かながら、共に過ごしていく中で、ハインはいつの間にか彼を誤解していた。
クラウン=ラウスという人物は、人を殺すことに何の躊躇もない男だ。自身とは、正反対の人間。
ああ、そうだった――。なぜ、今の今まで、そんな大事なことを忘れていたのだろう。
ハインは、考えを改め直して、再び決意を固くする。己の、信念(己)を曲げない為に。
「…分かった。あんたより先に、私が、その呪術の物をぶっ壊す」
「十五m以上離れられないのに、威勢だけは良いですね」
冷淡と挑発しながら、クラウンは真鍮のような色褪せたリボルバー『アルトン』を引き抜く。
それと同時に、ハインは大刀を鞘から抜いて構えた。
「やってやるわよ!私に二言はないんだから!あんたこそ、私に遅れるんじゃないわよ!」
その啖呵を合図に、宿屋の奥でふらふらと立ち尽くしていた兵士たちが動き出した。
だらりと肩を垂らしながら、ゆっくりとした歩調でぞろぞろと宿屋から出てくる。
周囲にいる人々は、まだ事態を把握し切れていない。どこか、おどろおどろしい兵士達を見るだけで、その場から逃げ出すようなことはしなかった。
「出てきたわね!」
クリスティーナが、そう言った瞬間。兵士たちは、途端に素早く手に持っていた銃を構える。
「なっ!?」
ハインが驚いて、声を上げた。
銃口が見えたと思いきや、何の予備動作もなく引き金を引く。
「きゃあああああ!」
「うがぁあ!?」
点滅する火花と、鼓膜を劈く銃声。乱射された銃弾は、往来する人々に容赦なく牙を剥く。悲鳴と共に、衝撃で次々に人が倒れていった。銃撃に巻き込まれずとも、突然の出来事に整理が追いつかない。大勢の人々が、その身を凍らせて立ち尽くす。
綺麗な直線を描く一つの銃弾が、悲鳴も上げず直立不動になった子供目掛けて、飛んでいった。
その前に、ハインは現れた。間一髪、驚異的な動体視力で銃弾の軌道を見切り、大刀で弾く。
立ち止まらず、腰を抜かした人達の前に次々に飛び込んでは同じように弾丸を弾いた。そうしている内に、心の中に積もる怒りが爆発する。
「あんたら!狙いは、私たちだけでしょうがッ!他の人を巻き込んでんじゃないわよ!」
そう怒鳴れば、混乱に乗じて物陰に潜んでいた兵士が、ハインに真っ直ぐ銃口を差し向ける。
「!」
引き金が引かれる瞬間、その兵士の眉間に赤黒い穴が空いた。首を大きく仰け反らせながら、血飛沫を上げて後ろへと倒れる。
「無駄ですよ。彼らは、ハインさんの声どころか、撃たれた人達の悲鳴すら耳に入ってない」
「クラウン…ッ!」
ハインは、彼を睨みつける。
クラウンは、攻撃的な彼女を意に返さず、冷静な態度を崩さない。
「そんな怖い顔しないでください。一応、助けたつもりなんですが」
「頼んだつもりはないわよッ!」
「頼まれてなくてもフォローしないと、でしょう。ここであなたが負傷したら、怪我をしていない僕まで動けなくなる。そうなったら、本末転倒です」
「分かってるってば!」
状況を把握した上で、どちらが正しいのか、ハインは身に染みて答えが出ていた。クラウンの用いる手段が、最適だと。頭の中では理解している。だが、心は簡単に納得しないし、許すはずがない。
クラウンは、銃を向けたまま獣のように睨む兵士たちを見た。
「とにかく、聞くだけ聞いてください。今、彼らに残ってるのは経験則からなる戦闘能力だけ。それ以外は、屍みたいなものです」
「ああそうッ!だからって、」
「殺していい理由にはならないですか。無差別に人を撃つ相手にも情けをかけろと」
彼の喩えが、怒り立った心をより逆撫でする。
クラウンの質問にすら、ハインはまともな反論が浮かばない。
殺人が最たるものではない、という単純なものならいくらでも言える。だが、彼はそんな答えを望んでいないし、聞き入れない。疑いの余地すらない納得できるだけの説得力のある言葉が、出てこない。
それもこれも、外界という無秩序の世界で『命のやり取り』と今だ成立して、漠然と正当化されているせいだ。そんな考えに逃げてしまう自身が、一番悔しかった。
ぐっと歯を食い縛って、見たくないように強く目を瞑る。
ハインは、余計な考えをかなぐり捨てて、
「あんたは、あんたがしたいようにしてるだけでしょ!」
吐き捨てたと同時に、ピシュンッ、と二人の間を空虚な音を上げながら、銃弾が通過していく。
再び始まった銃撃。バララッ!と銃口が火を噴き、無数の銃弾が彼らに襲いかかる。
ハインは、被弾する銃弾だけを大刀で弾き、クラウンは兵士たちに目もくれず、兵士の眉間を的確に撃ち抜いた。
クラウンは、まるで見せつけるようにハインから目を逸らさない。その行動が、『殺しこそ最適手段である』という確固たる意思表示のように思えて、ハインは苦しそうな顔でクラウンを睨む。
「ちょっとちょっとー!二人とも!こんなところで、なに喧嘩してるのよー!」
人々が逃げ惑う中、いつの間にか建物屋上にいたクリスティーナが、下の二人に声をかける。クリスティーナの脇には、スナイパーライフルが抱えられていた。
呼び掛けに答えたのは、クラウンだ。ふっとクリスティーナのいる屋上を見上げて、
「クリスティーナさん、ヨハネスさんとヘルさんは?」
「二人には、今住人の避難を頼んでいるわー!ヨハネスちゃんは、特殊な魔術が使えるみたいで、全方位に避難勧告を出せてるみたい!」
クリスティーナは答えながら、スナイパーライフルのバイポットを立てると、屋上の縁に置く。
伏せた体制になって、スコープを覗き込んだ。人の波の中に立っていては見えないものも、ここからだとよく視認できる。
「ハインちゃんとクラウンも!お互い、やることがあるでしょ!今は意見の違いは受け入れて!とにかく呪術の発動元になってる物を壊さないと、ここがもっと悲惨なことになるわ!ここは、私が敵の視線を集めるから!」
人々の声に飲まれないように大声で言うと、倍率スコープ越しに拡大された兵士の頭に狙いをつけた。
ドォンッ!と大砲のような銃声が空に轟くと、スイカ割りのように標的だった兵士の頭が弾け飛ぶ。
「さぁ、早く!行って!」
立て続けに引き金を引くクリスティーナは、ハインとクラウンを急かす。
クラウンは、クリスティーナのいる建物の屋上からハインを見る。
「ということです。ハインさん、今は協力しましょう」
「だからッ…!そんなこと、最初から分かってるわよ!」
ヤケになればなるほど、返答は単調になる。
ハインが何に憤慨しているのか、理解しているつもりだ。だが、今のクラウンには、些末なことでしかない。冷淡とした声で、彼はハインを咎める。
「だったら、そんなにピリピリしないでください。怒ってるハインさんとは、連携が取りにくい」
返す言葉が、なかった。いや、それよりも会話すればするほど互いの価値観の違いに嫌気が差してしまうのかもしれない。
ハインは聞こえなかったかのように振る舞って、真っ向から走り出す。同時にクラウンも彼女と並んで、走った。
「向こうさん方には、悪いですが。道、開けてもらいます」
クラウンは、腰のポシェットのボタンを指で弾くように開けると、そこに入っていたカラフルな柄の卵を取り出す。
それを兵士たちが固まっている一ヶ所へと投げ込んだ。パァンッ!と直後に凄まじい炸裂音と共に一気に閃光が放たれた。
強烈な光に、兵士たちは思わず腕で目を覆い隠す。
銃声は鳴り止み、束の間の静寂が訪れる。そこには、強い刺激を受けて痛む目を抑える、兵士たちの呻き声だけがあった。
「あれは…?」
「うちのメカニックに頼んで作ってもらったものです。着弾するまでどんな種類の手榴弾か、僕にも分かりません。…さっきのは閃光弾のようですね」
『イースター・エッグ』。そう名付けられた手榴弾は、今朝ミミから手渡されたものだ。着弾まで手榴弾の内容は不明。実戦向きではないが、遊び心はあると彼は思った。
とにかく、今は成すべきことがある。
「さて、探しに行きましょうか」
言った途端、彼の背後に黄金色に輝く円陣が現れた。特有の言語が円と円の間で廻り、その真ん中には彼の名を示すような王冠の紋章――。
「皆さん、お願いします」
そこから、手の平に収まってしまう小さな白ウサギ――手乗りウサギ達が、一斉に飛び出した。






