行間 ある依頼 _ 195番地前
運び屋が、多くの配達品を抱えては行けない。
魔輪と言えど、荷台を牽引して配達するのは非効率だ。道なき道を走れば速度は落ち、それに伴い燃費も悪くなる。
協会のトップである協会長が、その資格として膨大な魔術の知識と魔力を有していることが不可欠なのかには、理由がある。
人員もさることながら、協会ではその設備が最も重要だ。大掛かりな『転移魔術』の術式を施した倉庫と、それを結ぶ魔具『荷札』が欠かせない。
倉庫に納めた配達品を『荷札』を通して転送するため、『荷札』には、予め倉庫に納めた配達品の番号と運び屋の名が記入してあり、転送術式が施されている。その為、魔力を持たない運び屋でも配達品を召喚できるのだ。
こういった魔術を施せるのは、魔術師の中でも一握りであり、また先述の施設を整備、建設すること自体、財力も必要である。
その為、この広大な外界に、『協会』は、大小合わせて二十にも満たない――。
※
「よし…!」
かたやハインは、本日十件目の配達先を訪れていた。
五歳くらいの小さな子供が二人、興味津々で見守る中、ハインはダイニングテーブルの上に荷札を貼りつけた。
依頼人は、キュルヴィ協会近辺の番地内で、建築仕事をしている男からだ。
届け物は、医薬品。外界の医療技術は、まだ途上中で、風邪薬一つにしても高価だ。
ぱん、と軽く荷札を叩くと霧のような薄い煙が舞う。
それが晴れる頃には――、
「わああ!おくすりだー!」
子供たちが驚いて、声をあげる。
荷札が消えた代わりに、手の平より少し大きい木箱が現れた。その中には透明な液体の入った小瓶があり、『抗生物質』と記されたラベルが貼られている。
ハインはそれを持って、ついてくる子供たちの足を踏みつけないように、近くのベッドへと向かう。
「お届け物です。どうぞ、お受け取りください」
薬を手渡したのは、少しやつれた三十代くらいの女だった。
風邪をひいてから、数日寝込んでいたのだろう。寝巻き姿で髪もずっと結んだままなのか、後れ毛が目立つ。
咳が辛そうだったが、徐ろに起き上がった。
「ありがとうございます…、運び屋さん」
「いいえ、お気になさらず」
優しい声色で返し、ハインは微笑んだ。
女は木箱の中の小瓶を取り出し、蓋を開ける。
背中を支えていたハインの手の平に、服の上からでも感じ取れるほどの高熱が伝わってきた。
女は勢いをつけて、ぐっ、と薬を飲み干すと一息つく。ハインは介助しながら、女をまたベッドへと寝かせる。
「本当にありがとうございます…。まだお仕事もあるのに、子供たちの面倒まで見てもらって…」
苦しげな息を吐きながら、女は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
『まだお仕事』という言葉にギクリと体が反応して、ハインはぎこちない笑顔を作った。
「い、いやいや!もう仕事終わりなので!ほんとお構いなく!」
「そ、そうなんですか…?それでも、なんだか悪い気がして…。それに運び屋さんのお仕事の範疇を超えているような気がしますし…」
また心が痛くなるほど、言葉が突き刺さる。
それでもハインは、少し寂しげに笑顔を浮かべた。
「いち運び屋の前に、困っている人がいると見過ごせないんです。ほんと、それだけです」
紡れた言葉が、やけに重く真剣に聞こえたのだろうか。
女は、それ以上深く追求はしなかった。
(この辺りの依頼はここだけで暇を持て余してるだけです、なんてさすがに言えない……)
仕事量が極端に少ないハインの悲哀に満ちた思いは、胸の内だけに秘めた。
※
「おっきい!かっこいいけん!」
「こらこら、これはおもちゃじゃないわよー」
配達を済ませ、身支度を整えるハインは、身の丈程の少し紫がかった黒い仕込み刀の大刀を背中に帯刀する。
男児が、目を爛々と輝かせて、鞘の先を触ろうとしていた。
ハインは身を翻して、男児と向き合う。興味を引かないように、早々に焦げ茶のロングコートを羽織った。
具合が良くなった子供たちの母親は、隣にいた娘から手渡された羽織ものを肩にかけ、ゆっくりと立ち上がった。
『べろべろば~』と両頬を引っ張って、ハインはやたらと崩れた変顔で男児を笑わせる。
穏やかに笑う母親に、その変顔を見られて気まずくなり、愛想笑いを浮かべた。
談笑しつつ、アタッシュケースを手にして、玄関扉を開ける。
すると、
「わあ…」
外に出たハインは、思わず感嘆の声を漏らす。
すっかり昼間の明るさは消え、深い夜空が広がっていたが、そこへ宝石箱をひっくり返したような星々が敷き詰められていた。
まるで、絵に書いたような美しい星空だ。
しばらく景色を眺めていると、後ろに控えていた女から尋ねられた。
「これから、どちらへ?」
「あ…、195番地です」
「それはまた…少し遠いですね。宿は?」
「お金がないので、もっぱら野宿です」
自身の話だが、あまりにもさもしい事情に苦笑してしまう。
子供らの母親は「まあ…!」と驚いて、口に手を当てる。続けて、
「なら、今晩はわたくし共の家で…」
「いえ!お気持ちだけで十分です。まずは体を休めてください」
「でも…、ここまでしていただいたのに…。なにか、お礼を」
母親の困惑したような表情を見て、ハインはしばらく「うーん…」と思い悩んだ。
やがて、ふと閃いた。
「そうだ…。195番地の美味しいものって何かご存知ですか?」
「195番地ですか…、こんな土地ですから、すぐには思いつきませんね……」
砂漠地帯に属する番地は気温による影響はないが、気候は年中乾燥しているため、作物の育ちは良くない。
乾季に強い珍しい植物はあるものの、大半は食用に向いていないので、料理に関しても他番地から流通した食材を使用している。他地域との食文化と、大きく違いはないようだ。
耳寄り情報を得られなかったハインは、「そうですか…」と少し残念そうに呟いた。
しかし、母親は「そういえば」と続けて、
「195番地には、市場がありますね。ここらでは、かなり大きい規模の」
「市場、ですか。ふんふん…」
「屋台も出ていて、他にも日用品や装飾品なんかの露店もあるそうです。私は行ったことはありませんが、物珍しい品も出品されているとか」
「なるほど…、屋台か」
ハインは、そこしか耳にしてなかったが、まだ見ぬ新しい料理に恋焦がれて頬が緩む。
すると、思い出したように背負った大刀を見つめた。
(そういえば、コイツのホルダー、まだ買ってなかったのよね……)
現状、頼りない牛革の紐で柄と刃先に近い部分に括りつけ、肩から下げて帯刀している。
それも踏まえて、きちんとしたホルダーの購入を決意した。
「教えていただいて、ありがとうございます。仕事終わりに市場に訪れてみますね」
ハインがそう言うと、少しばかり相手の要求に応えられた母親は安堵したように微笑んだ。
別れの挨拶も済ませ、駐車していた魔輪を押すと、配達先の家から離れた場所で跨る。
十数m離れたそこから、子供たちが「またねー!」と明るく笑って大手を振っていた。
それを見たハインは、満面の笑顔を見せる。
「またキュルヴィ協会を、ごひいきに!」






