行間 顔合わせ
時刻は、昼。
イェロヴェルリ献上品配達に任命された運び屋たちは、アリアンから呼び出しを受けて、執務室へと向かっていた。
呼び出されたのは、ハイン、クラウン、そしてクリスティーナの三名。しかし、昨夜、酷い酔い方をしたクリスティーナは、まだクラウンの部屋から出られないらしい。
彼女とは、現地合流という形で落ち着いたのだが。
「だから、何度も言ってるけど!私は、別に気にしてないわよ!」
「変に誤解されたままだと、僕が納得できないんですよ。クリスティーナさんは、僕の師匠のような人でハインさんが思ってるような人じゃないです」
執務室へと続く長廊下で、言い争う声が響く。
どうにも今朝の出来事が、引っかかってるらしい。くどくどと顔を合わせた時から始まったクラウンの弁解に、ハインは辟易していた。
「というか、なんで誤解されたままが嫌なのよ。あんたに恋人がいようが、私には関係のないことでしょ」
「スケベウサギ呼ばわりされて、誰が引き下がると思いますか?ハインさんに詰られるのは、なんだか、こう…言葉にできない屈辱を感じます」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるわよ!私は毎日詰られて嫌な気持ちなんだけど!?」
まるで普段の行いを省みない男は、いけしゃあしゃあと被害者じみた理由を口にする。そんな白ウサギの生首に、ハインは青筋を立てずにはいられなかった。
「大体!隣の部屋でイチャつかれると、そうも呼びたくなるわよ!恋人同士なんだし別にいいとは思うけど。時と場所くらいは考えなさいよ!節操のない奴…!」
「だー…ッ、かーらーッ!あの人とは、本当に何もないですよ!あと何回言えば、その岩みたいに固い頭に伝わります?鼓膜と脳みその間に何か詰まってるでしょう?アルトンでブチ抜いてみますか?そしたら、すっきり伝わると思うなぁ〜!ねぇッ、ハインさん」
珍しく苛立っているのか、怒気を滲ませた声色で、いつもより多く言葉が返ってきた。何なら、まるで扉を叩くように頭をノックしてきて挑発してくる。
これは、日頃の恨みを返せる数少ないチャンスだ。しかし、言葉だけならまだしも、頭をノックされるという接触に更に青筋が浮く。
ハインは、彼の手を引っ叩くと牙を剥く犬のように歯を食いしばって、クラウンと睨み合う。心なしか、彼のウサギの生首の赤い眼も、吊り上がっているように見えた。
いつの間にか執務室に到着して、そのまま扉を蹴り飛ばすように開けて中へと入る。
「お前ら!廊下で喧嘩すんじゃねぇ!うるせぇぞ!」
扉を開けた途端、ジョージの怒号交じりの注意が飛んできたが、 二人の目線はまだお互いから外れない。
こちらも、解決を望んでる。だが、そのためには、協会長であるこの男にも、一枚噛んでもらわなければ。
「ジョージ。居住区の部屋の壁、厚くできないの?」
「は?」
「協会長が、しっかり手網を握っておかないからこうなったんですよ」
「あ?」
入室早々、恨み節を語る度に、一音で疑問を表すジョージの声が聞こえた。
経緯を知らないのは当然だ。すると、隣のクラウンが、盛大に溜息をつく。
「クリスティーナさんが、昨日僕の部屋に押しかけてきたんです。そしたら、ハインさんが彼女を『僕の恋人』だと誤解してるんですよ」
「ああ、そういうことか」
「ちゃんと弁明してください。このままだと僕の虫の居所が悪い。とてもじゃないですが、仕事なんてやってられないですよ」
なぜかジョージに弁明を求めながら、赤い目玉の中の瞳孔をこちらに向けてくる。ハインは侮蔑を込めた細い眼差しで応戦した。ともすれば、ジョージが「ガキか、テメェらは」と呆れた小言を漏らす。
かと言って、クラウンに催促された弁明とやらは今すぐにする気はないらしい。
「お前らの仕事に、新しく同行者ができた」
「「……は?」」
急変した話に、思わず同時に声が出る。ジョージを見れば、彼の向かいにある応接用のソファーに誰かが座っていることに気づいた。クラウンと一緒に、白銀の髪の少女とソファーの後ろに立つ燕尾服の長身の人物をよく見る。
「紹介する。ヨハネスとそれの使い魔・ヘルだ」
「ごきげんよう」
ヨハネスと紹介された少女は、すっと立ち上がって、抑揚の少ない声色で挨拶をする。
真隣にいたヘルは話しはしないが、主とは違って友好的らしい。ハインとクラウンの前にやって来ると、それぞれに手を差し出してきた。
どうやら握手を求めているらしいが、包帯で覆われているせいで表情は見えないこともあって得体の知れなさに物怖じしてしまう。 先にクラウンが「どうも、」と握手を交わしたところを見て、ハインも「こんにちはー…、」と少し警戒しながら続いた。
満足した様子のヘルは、踵を返すと、再びヨハネスの傍に帰っていく。
「…………、」
背を向けたヘルの後頭部には、結び目から垂れた包帯がある。そよ風に靡く髪のようなそれが独りでに動いて、ハートマークを作った。
(尻尾…?みたいな?)
たまたま目撃したハインは、得体の知れない生物に勝手に動物のような共通点を見出して小首を傾げる。
今だ興味を引かれたままのハインを他所に、話は進んでいく。
「それと、これは支給品だ」
「これは……」
ジョージが、クラウンに手渡したのは、二枚の丸められた羊皮紙だ。クラウンが徐ろに広げると、そこには魔術陣が書かれている。
恐らく、魔具形式の移動魔術『扉渡り』だろう。
「長距離の扉渡りも厳しいらしいな。今回は、特別に用意した。それから、お前とハインの魔輪は、しばらく協会側で預かる」
「整備ですか?」
「それも含めてだ。…とにかく、往復分の扉渡りだ。紛失するなよ」
説明を受けたクラウンは、「助かります」と羊皮紙を丸め直す。
ジョージが応接用のソファーに腰掛けると、煙草の灰を灰皿へ落とした。
「再度言うが、ヨハネスとヘルは、協会の仕事とは関係ねぇが同行することになった。戦闘になっても、コイツらは守らなくていい。こっちの護衛でもねぇから、好きにさせとけ」
「は、はぁ…。にしても、だいぶ大人数ですね。今回は、少数で動くつもりだったんじゃ…」
クラウンが戸惑った様子で言うと、痛いところを突かれたのか、ジョージがあからさまに居心地悪そうな顔をする。
「しょうがねぇだろ。急に来たかと思えば、観測だのなんだの言い始めやがったんだ。ともかく、こっちの邪魔はしねぇらしい。……口答えせず、さっさと仕事して来い」
腕を大きく広げてふてぶてしく背凭れに凭れるジョージから、尻を蹴っ飛ばすような手荒い送り出しを受けた。
この男が不機嫌になったと察したのは、ハインだけではないようだ。クラウンも、「そういうことなら…」と大人しく引き下がって渋々納得する。
「それじゃあ、行きましょうか。ヨハネスさん、ヘルさん」
気を取り直したクラウンが、ヨハネスとヘルに話しかけると、二人は軽く会釈する。
その一方で、ハインは、まだヘルに対して興味を持っていた。
観察するように凝視していると、気づいたヘルが小首を傾げた。その動作に合わせて、後ろの結び目から垂れた包帯が、今度はハテナのような形になる。
(なるほど…、尻尾ね)
ハインの中の疑念は、そうして確信に変わった。






