ep.7 《蒼馬》
魔術は、確かに存在しているものだが、それとはまた別。この世界において、得体の知れないものは多い。
その存在理由や目的は判明せず、実在しているのかも怪しい。だが、まことしやかに人々に語られる『組織』が、外界にはある。
龍騎兵団『暗殺者』――。
『流浪う者』――。
ロストチルドレンを番地に残して、旅を続ける者たち――。
その一つに、『蒼馬』と呼ばれる組織がある。
構成員や目的は謎に包まれ、判明していることは、そのトップに立つ者が『オリヴァー=リズ』と呼ばれていることのみ。
そして、接触する際は、必ず『何かが起きる』時だ。
執務室の真ん中にある応接用のソファーで、ジョージは、『蒼馬』からの使者である白銀の髪の少女と向かい合う。
互いに言葉を交わすことなく、まるで睨み合いのような時間が過ぎていく。
相手の出方を警戒していたジョージは、「…で、要件は、何だ?」と痺れを切らして口を開いた。
「オリヴァー=リズが、話をしたい、と。だから、来た」
白銀の髪の少女は、機械的な口調と覚えたてのような言葉の拙さで答える。
それから、ソファーの脇に立つ燕尾服の人物に目を向け、気づいた燕尾服の長身は、いそいそと背負っていた棺桶を模したリュックから、可愛らしいクマの縫いぐるみを取り出す。
受け取った彼女は、膝の上に縫いぐるみを座らせると、
「ん…?ああ…、ようやく到着したんだね」
クマの縫いぐるみは、独りでに動き始めた。布地でできた両手を見ながら、同時に少年の声が聞こえる。
(『思念糸』か…。相変わらず、高度な芸当だ。形状すら見えねぇ)
ジョージは感心するが、動じることはない。続けて、
「で、話ってのはなんだ?オリヴァー=リズ。こちとら、テメェらに合わせるほど暇じゃねぇぞ」
「忙しいところに、お邪魔してごめんよ。…それから、ヨハネスとヘルもご苦労さま」
白銀の髪の少女ヨハネスと、ヘルと呼ばれた燕尾服の人物は、それぞれ縫いぐるみに会釈した。
クマの縫いぐるみ――改め『蒼馬の長子』、オリヴァー=リズは、再びジョージを見る。
「だいぶ大きくなったね、ジョージ。前に見た時は、まだ若かったかな?随分と貫禄が出たじゃないか」
「俺は、テメェの姿すら拝んだことがねぇんだ。どっからか勝手に視ておいて、気色悪ぃこと言ってんじゃねぇよ」
幼げな声とは裏腹に大人びた物言いをするオリヴァーに、ジョージは苛立って悪態をつく。
まるで、悪童を前にして可愛く思うように、くすくすと笑う声がした。
「ごめんよ、君も視ておかないといけない存在だからね。それは、君が、よく理解していると思うんだけれど」
知っている上で、あざとい言い方だ。
心当たりはあるが、今はそれより進めたい話がある。
「…さっさと要件を言えよ。俺としては、早々にお帰り願いたいところだ」
「まぁまぁ、そんなに邪険にしないで。帰るかどうかは、これからの話で決まるけれど…とりあえず、聞いてもいいかな?」
「なんだ」
「ジョージ、最近このキュルヴィ協会で何か変わったことはない?」
「………、」
無垢な声で、どこか腹の中を探ってくるような圧を感じる。
オリヴァーからの質問に、ジョージは眉一つも動かさなかったが、かと言って答えようとは思わない。
すると、オリヴァーから、次々に質問を投げかけられた。
「答えたくないのかな?公に姿を表せないから、色んなところに糸を張り巡らせているんだけれど。
ここ数日前くらいかな?外界で、大きな異変を感じたんだ。懐かしいような悍ましいような感覚的なものをね。それが魔術によるものなのか、定かじゃない。でも、その異変を追っていたら、ここに辿り着いた…。ジョージ、君は、一体何を隠しているのかな?」
「隠していたとして、話す義理はねぇな」
ジョージは、毅然とした態度で両断する。
どっちつかずな答えを出せば、オリヴァーから視線のようなものを感じた。
「…それもそうだね。でも、そのことで良くないことが起きるかもしれない」
「だったら、なんだ。『蒼馬』にとって、何の不都合がある?」
「ぼくら、ではなく、この世界にとってだよ」
返ってきた言葉に、ジョージは、すぐさま軽く笑い飛ばす。一体なんだと思えば、やけに規模の大きい話じゃないか。
「おいおい、仰々しい言い方だな。ガキじゃあるまいし、そんな脅し文句で俺から何か聞き出そうってか?…何度も言わせんなよ、老いぼれ。『話すことはねぇ』、それが俺の答えだ」
明確に意思表示すれば、目の前の縫いぐるみは押し黙ってしまった。
どういう出方をするのか見物ではあったが、これ以上の詮索を許すつもりはない。
その意図が十分伝わったのか、オリヴァーが溜息と一緒に、綿で突っ張った布地の肩を落とす。
「分かった…。残念だけど、その異変を探るのは、諦めるよ。とは言っても、本題はこれじゃないんだ」
「まだあんのか……」
「実は、このヨハネスとヘルを『今度の仕事』に同行させて欲しいんだ」
どこか退屈していたジョージは、その言葉で一気に険しくなった。
すぐに、「…おい、その話、どこから嗅ぎつけた」と縫いぐるみを睨みつける。
「そんなに警戒しないで。言ったでしょ?ぼくは、色んなところに『糸』を張り巡らせることが出来るんだ。ここに踏み入れた時点で、それは完了したと言ってもいいかな」
「テメェ…、なに蜘蛛みてぇに勝手に巣作ってんだ」
どうにも抗えない不快感に、声が低くなる。しかし、責めたところで、オリヴァーはおどけたように肩を竦めるだけだ。
「君の口から聞くことを『諦めた』だけだよ。忙しいところにお邪魔しちゃったし、ぼくの方で真相を明らかにしようと決めたんだ。でも、安心して。一旦その事は保留にする。どの道、この距離からじゃ『異変』は感知できないし、すぐに糸は取り払うさ。でも代わりにね、君が今抱えている『仕事』の情報に少し興味を引かれた」
厳戒態勢を取れば、周囲のありとあらゆる影が、まるで蝋燭のように揺らめき始める。特にジョージの足元の影は、目に見えて形を変えていく。
ジョージは、高まっていく魔力を必死に抑えながら、オリヴァーの話に耳を傾けた。
「あの『イェロヴェルリ』が届け先かぁ……。102番地で配達があるんだね。なるほど、国の中には行かないんだ。国からの使者が外界にやってくる、と……」
彼は、何かを見ながら話すような口調だ。その独り言の内容には、見覚えがある。
大方、ジョージの机にある書類を『思念糸』を通して、見ているのだろう。探りを入れられているようで、良い心地はしない。
それでも、ジョージは無理に行動を起こそうとはせず、ひたすら相手の意図を探っていた。
「これは大きな歴史的事案だ。国と外界が、公に交流するという点でね。そこで、ぼくら『蒼馬』の本来の目的である歴史的観測をしたいと思うんだ」
「観測だと?」
「うん…。これは、『蒼馬』からのお願いさ。勿論、利点はあるよ!互いの腹の探り合いは一旦中断できるし、お願いを聞いてくれたら君に一つ借りができる。君達の仕事に一切手出しはしない、約束するよ。…ぜひ、この出来事を見守りたいな」
縫いぐるみは、愛嬌のある動きで挙手をする。誓いを立てているつもりなのだろう。
確かに、『蒼馬』に貸しを作るのは悪い話ではない。
何より、クラウンのことを考慮して人員を減らしたが、本音を言えば多い方がいい。それだけ今回の配達は、危険な事態になってもおかしくない。なし崩し的に人員が増えたとなれば、クラウンは飲み込む他なく押し通せる。
となれば、ジョージの答えは決まっていた。
「……邪魔しねぇなら、好きにしろ。勝手に立てた誓いを、忘れんじゃねぇぞ」
了承すると、「やったー!ありがとう!」とオリヴァーからようやく子供らしい声が聞けた。
彼は続けて、ヨハネスを見上げる。
「ヨハネス、ヘル。しっかり任務をこなして、存分に楽しんでおいで。102番地は、とても良いところだから」
「わかった」
ヨハネスは機械的に返事をし、ヘルは軽く会釈をして了解する素振りを見せる。
ジョージは、その三人のやり取りを注意深く眺めながら、煙草を燻らせた。
こうしてイェロヴェルリ城下番地からの『献上品』配達は、同協会の運び屋、ハイン、クラウン、クリスティーナのみならず、謎の組織『蒼馬』からの使者、ヨハネス、ヘルという特殊な編成で組まれ、波乱の幕開けとなるのだった――。






