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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第一部 相容れない運び屋
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ep.3 《ベンジャミン・ラビットソン》



 ここは、一面、黄土色の砂が広がる砂漠だ。


 一般的な砂漠とは違い、快適な気温と湿度が保たれている為、身を焦がすような暑さは感じない。


 晴晴(はればれ)とした空には、薄い雲が棚引いていた。


 血塗れたように赤々しい両目が空を見つめ、そよ風に撫でられた丸い桜色の鼻がひくつく。


 着ぐるみ、というには、あまりに生々しい白ウサギの頭だ。


 白いファーがフードの(ふち)に装飾された黒いジャケットと、少しサイズ感には余裕のある黒のズボンは、脛下(すねした)までの編上げブーツに裾を入れていた。腕組みをした手には、革製の白いグローブをしている。


 ベルトに付属した銃器ホルダーは、左側の腰と後ろ腰にそれぞれ銃を収めていた。


 左腰のホルダーには所々メッキが剥がれ細かい傷が目立つ、褪せた黄金(こがね)色のリボルバー『アルトン』。腰の後ろのホルダーには、グリップを上に向けて収めている漆黒の大口径自動拳銃『ビルベリー』。


 二丁の銃器のグリップの底には―『アルトン』は金色の、『ビルベリー』は銀色の―ウサギを模したチャームが取り付けられている。


「お待たせして申し訳ない」


 黄昏ていたところへ、声がかかった。すぐに軽く腰掛けた魔輪から離れて、組んでいた腕を()く。


「いえいえ、どうでしたか?」


「ええ、納品書通りだ。欠品はありませんでしたよ。ありがとうございます、ベンジャミン」


 言葉とは裏腹に、男の表情は硬く変化がない。


 貫禄とも言うべきか、精悍な顔つきだ。だが、その瞳の奥は、酷く濁っているように見えた。


 ウサギ人間――改め、ベンジャミン・ラビットソンは、「いえいえ、」と首を振ると、続けて、


「それでは、僕はこれでお(いとま)させていただきます」


「お待ちを、」


 魔輪に(またが)ったベンジャミンを、男が引き止める。


 そのウサギの生首を傾げて、ベンジャミンは「なんでしょう?」と聞き返す。


「次の配達先は、どちらへ?」


「195番地ですけど……。次の配達依頼ですか?」


 何の脈絡もない質問であったが、気を利かせて(たず)ねる。


 男は眉を動かすどころか、(まばた)き一つもせずに、


「いえ。ただ195番地なら、今は砂嵐も落ち着いていると聞いたものですから。快適に業務をこなせるのでは、と」


「はあ…、そうです、ね。お気遣いいただいて、ありがとうございます…?」


 微妙に会話が噛み合わないように感じて、たどたどしくなってしまった。


 本来、運び屋と依頼人の関係性は、配達品を届けてしまえば、そこまでだ。


 しかし、非正規の依頼に限ってはそうとは言えない。


 特に業績トップを誇るベンジャミンへの非正規の依頼は、依頼人の多くが彼をお抱えの運び屋として契約していることもあって、日常会話程度の交流はある。


 今回、男が所属する組織からは、初めての依頼だったが、男の会話は自分との交流を深める為では、と考えた。


 妙に歯切れの悪い話の終わり方だが、続く話もない。


「……それじゃあ、僕はこの辺りで。またキュルヴィ協会を、ごひいきに」


 別れの挨拶を口にして、魔輪のハンドルを握るとスロットルを全開にし、爆音と共に砂煙を巻き上げて走り去る。


「ええ、近い内に必ず」


 男は、そう呟いて口角をあげた。


 聞こえていないつもりで言ったのだろう。だが、離れた男の声を、その白く長い耳は拾っていた。


 何かを布告されているような物言いだが、気にしない。


 ただ、


「変わった人だなー」


 ベンジャミンは独りごちて、魔輪のマフラーから上がる爆音を(とどろ)かせながら、砂漠を駆けた。





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