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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第二部 『名もない花畑より。』
48/141

ep.1 キュルヴィ協会の長

 


 

 時刻が、真昼に差し掛かる頃。

 

 今日も、快晴のこの日。

 

 至る所で金槌(かなづち)(かんな)といった工具の音が聞こえ、仕事に精を出す人々がいる。

 

 ここ外界77番地は、発展途上中の街だ。

 

 建設途中である居住区の家屋、また商店等の建物。見渡せば、どこもかしこも木枠の足場が剥き出しな景観と、汗水を流しながら忙しなく作業に勤しむ職人達の姿があった。

 

 番地は、その数字の割り振りに構わず、点在場所にはばらつきがある。

 

 例えば、一番地…二番地…、という整頓された並びではなく、更に番地番号が大きくなれば新しい街ということでもない。

 

 適当に割り振られている分、番地番号が被ってしまうことも珍しくない。正確な外界の地図というのはまだ製作されておらず、計測途中なのだとか。

 

 それを踏まえた上で、77番地は数ある番地の中でも比較的新しく立ち上がった番地だ。

 

 そして、ここには番地のシンボルとも言える建物がある。

 

 末広状に広がっている番地の奥に見えるのは、ドーム状の白い屋根。段数は少なく、段差も低い階段を上がり、思わず見上げてしまうほど大きな石柱が四本、並び立っている。

 

 その先には、迎え入れる者を拒むことなく堂々と構えた全開した大扉。

 

 外界一の運搬事業を担う、キュルヴィ協会の本拠地だ。

 

 エントランスでは、キュルヴィ協会所属の運び屋や配達依頼の一般民で人の往来が多く、今日も安定して繁盛している。

 

 窓口や待機用のベンチが並ぶ、だだっ広いエントランスを抜けた先に、二つの大きな扉があった。

 

 一つの大扉には、()(りん)の駐輪場兼運び屋の居住区に繋がっており、もう一つの扉の奥には受付を行う所員の事務室などがある。

 

 事務室の扉の先には、両サイドに高く設置されたランプが頼りない灯りで照らす、薄暗い廊下が続いていた。

 

 物音や話し声もあまり聞こえない為、どこか薄ら寒さを覚えるそこを、二人の運び屋が悠然と歩いていた。

 

 焦げ茶のローブを羽織ってオフホワイトの長袖と足のラインが映えるようなボトムスと膝下まであるブーツを履いた麗人の女、ハイン・リッヒの後に続くのは、金色の髪に、ファーフードの黒いジャケットと同色の余裕あるボトムスに編み上げのブーツを履いた青年、クラウン=ラウスだ。

 

 先程キュルヴィ協会に帰還した二人は、廊下の左右に数mほどの距離で等間隔に並ぶ部屋には目もくれず、廊下の突き当たりでようやく足を止める。

 

 目の前にあるのは、アール・デコの飾り彫りが施された黒檀の両開き扉だ。

 

 この扉の向こうには、ハインやクラウンを含めた運び屋、受付人の所員らのトップに立つ『協会長』の執務室がある。

 

 先頭に立っていたクラウンが、一呼吸置いてから、扉をノックする。

 

 扉の向こうから返事はないが、「失礼します」と断りを入れて、クラウンが扉を開けた。


   室内は、扉から扇状に空間が広がっており、見上げるほど大きな本棚が壁を覆っている。

 

 室内の真ん中には、応接用の高級感ある黒革のソファーが向かい合わせに用意されており、その間にはソファーとローテーブルがある。

 

 そして、鼻腔の奥を突くような…、紫煙(しえん)の匂いが部屋に充満していた。

 

 応接用の家具の奥にある、黒檀のデスクテーブルと背凭れの高い黒革のチェスターフィールドのソファーの前に、その人物はいた。

 

 デスクテーブルの上に軽く腰をかけて手元の書類に目を向けながら、(くわ)え煙草して煙を(くゆ)らせている。

 

 黒髪を上質なワックスで軽くオールバックにセットして、しゃっきりとした白のワイシャツにセンタープレスがしっかりと入った黒のスーツパンツと革靴というシンプルながらも、清潔感のある装い。

 

 その服装とは打って変わって無精髭が目立ち、目の下に薄いクマができたやつれた顔。深い紫の虹彩(こうさい)をした鋭い眼光は、飢えた獣のような威圧感がある。

 

 ハインは、憂鬱な気分を溜息と共に零して、クラウンの後に執務室に入った。二人で揃って、そこへ向かう中、その人物はようやく書類からこちらを見る。

 

「只今帰還しました、協会長」

 

 クラウンが仰々しく言うと、キュルヴィ協会協会長、ジョージ・レイヴィックは、煙草を加えたまま器用に口端から紫煙を吐き出す。

 

 そして、開口一番。

 

「…おい、これはどういうことだ」

 

 手に持っていた書類を見せびらかすようにして持ち上げ、低い声で責める。

 

 ひりつき始めた空気の中でも、「報告書通りです。何か不備でも?」とクラウンが愛想よく返した。

 

 ジョージが持っている書類は、二日前にクラウンがキュルヴィ協会に宛てた事後報告書だ。数日前、195番地で起こった騒動についてだが、思うところがあるのは重々分かっている。

 

 ジョージから睨まれていることも気づいているが、ハインは執務室に入ってからというもの、ずっとこの男とは目を合わせることを拒んでいた。

 

 

「報告書によると、だ。『195番地で業務に当たっていた運び屋、クラウン=ラウスと居合わせていた同協会所属の運び屋、ハイン・リッヒの両名は、計画的に配達品の強奪を目論んだ一団に襲撃され、アタッシュケースを一時盗難、紛失。アタッシュケースの奪還に成功したものの、運び屋ハイン・リッヒが負傷し、その傷が致命傷であった為、報告者及び同協会所属の運び屋・クラウン=ラウスが応急処置として、魔術を行使。一命を取り留めた』」

 


  ジョージが、何度も目を通して記憶したであろう報告書を簡潔にまとめると、「素晴らしい美談ですね」とクラウンがすかさず茶々を入れる。


 どうやら、この態度は普段からそうらしい。ハインは、協会長と一緒になって少しおどけているクラウンを見やる。


 すると、ジョージが続けて、


「問題は、この後だ。『行使した魔術に副作用有り。術者の魔力が著しく低下、大幅な魔術制限。被術者と一定の距離から離れると即死』……。この失態、どう取り返すつもりなんだ?」

 

「それについては、」

 

「お前に聞いてんじゃねぇ。そこで突っ立ってるテメェに聞いてんだよ、ハイン」

 

 クラウンの提案は遮られて、ジョージが名指ししてきた。こういう場面になることは、想定済みだ。

 

 ハインは、恐らくこちらを睨んでいるジョージとは視線を合わせず、(おもむ)ろに口を開く。

 

「……これまで通り、仕事はちゃんとこなすわよ。クラウンの仕事の時は、私も同行する」

 

「お前、事の重大性を、ちゃんと理解してんのか」

 

 わざと言葉を区切って強調するジョージに、「分かってる」と思わず眉間に(しわ)を寄る。

 

「口だけなら何とでも言えるだろうが。分かった気になってるお前に代わって俺が直々に教えてやるよ。ウチの収益の約半分は、テメェの隣に立ってるそこの運び屋が出してる。それに比べて、利益の一%にも満たねぇわ、手前勝手な駄々で正規の配達しか請け負わねぇわ、その上今回の一件でテメェよりも断然稼ぐ運び屋をテメェの失態で駄目にしやがった」

 

 ジョージの手厳しい指摘に、ハインは反論すらできない。

 

 彼の言うことは、覆しようもない事実で決して的外れではないことも、理解している。

 

 打開案はあるのか、という問いかけだが、ハインは一向に提案できずにいた。 取り返したいという思いも本心だが、ひたすら考えても解決と呼べるものが何も浮かばない自身に苛立ちすら覚える。

 

「じゃあ、どうしろってのよ」

 

「お前には当面正規の配達、それに関する全ての業務を完全凍結する」

 

  ジョージが淡々と告げた内容に、とっさに「はぁ!?」とハインは声を荒らげた。

 

 ようやく視線をジョージに向ければ、彼は余裕綽々と咥えた煙草を指に挟んで、薄い煙を吐き出している。

 

「丁度いい。これを機に、テメェが非合法だなんだのとのた回って放置していた『仕事』をやれ」

 

「そ、それって!」

 

「武器の配達だ」

 

 軽く腰掛けていたテーブルから離れたジョージは、灰皿に煙草を押し付け、火種を消す。

 

 仕事の完全凍結など死活問題も甚だしい。頭の中が話に追いつかず、あんぐりと口を開いたままだ。それを他所に、ジョージが続ける。

 

「やり方が分からねぇなら、クラウンにでも聞け。どの道、お前ら離れられねぇんだろ」

 

「僕は、指導係、てところですか」

 

「不服か」


「いえ、特には」

 

 短いやり取りでジョージとクラウンは互いに了承し合っているが、そうではない。とんとん拍子で流れていく話に、「絶対、嫌よ!やりたくないわ!」とハインは待ったをかける。


「協会長命令だ。やれ、と言ったら(いや)(おう)でもやるんだよ。テメェの意志は最初(はな)っから聞いてねぇ」

 

 全てが、言葉通りなのだ。協会にいて、何よりも孤独に感じるのは、全てこの男から放たれる一言一句に他ならない。怒りで握り締めた拳の力が有り余って、肩が震える。


「それとも他に代案でもあんのか。嫌、だけの理由で押し通せる程、甘かねぇぞ。そもそもこんな事態になったのは、テメェが原因だろうが」

 

 確かに、クラウンの禁術の代償は大きい。再三に渡って言われるように、その損失がどれだけ協会に影響を齎すのか、火を見るより明らかな事実だ。


 それでも、協会のことやクラウンのことではなく、長年に渡るジョージに対しての確執とも言える私情が混在しているせいなのかもしれない。

 

 ぶつけどころのない怒りが噴出して、唇が震え出した。そうなってしまえば、もう耐え切れない。


「もうッ…、いいわよ!こんなとこ、辞めてやるから!」


 叩きつけるように怒鳴って、(きびす)を返した。一刻も早く、この忌々しい執務室から出たかった。

 

「おうおう、勝手にしろ。お荷物以下の運び屋なんざ、戦力の内にも数えてねぇわ。人件費削減だ、とっとと出てけ」

 

 売り言葉に買い言葉だ。後ろから、そんな罵倒を耳にしても返す気力すら湧かない。

 

「ハインさーん。あまり遠くに行かないで下さいねー」

 

「分かってるってば!!」

 

 ハインは、そんな暢気な声にも怒りを逆撫でにされたような気分になって、開きっぱなしになっていた執務室の扉を力強く閉めて退出した。


 ※ ※ 

 

 しん、と静まり返った執務室は、まるで嵐が去った後のようだ。

 

 距離の制約に、まだ慣れないせいか、気がかりではあるものの、クラウンは今だハインを追って退出しない。


 こちらに背を向けて書類に目を通すジョージを見て、「追いかけなくて良いんですか」とクラウンはほんの興味で聞いてみた。当然、「あ?」と剣のある声が飛んでくるだけで、振り返りもしない。

 

「ハインさんは十分有能だと思いますよ。確かに、非正規の仕事は請け負いませんが」

 

 非正規という言葉を聞いて、ようやくジョージが体ごとこちらを向いた。しかし、その表情は、嫌悪感を表したような(しか)めっ面だ。

 

「お前…、アイツに毒されてねぇだろうな」

 

「今のは、ハインさんの言葉を借りただけです。深い意味はありません」

 

 しゃんとした佇まいで毅然(きぜん)と答えると、ジョージは頭が痛いというように後頭部を()いて溜息を零す。

 

 それに答えはせず、彼は続けた。

 

「ハインがどうしようが、俺には関係ねぇ話だ。それより、クラウン、お前にも相応の処分は下す」

 

「え!僕もですか……」

 

 難を逃れていたと勝手に安堵していたクラウンは、突然のことに声を上げる。

 

 だが、ジョージはまるで身に覚えのないクラウンに対して、訝しむような顔を見せた。

 

「何、驚いてやがる。お前は、ウチの稼ぎ頭だぞ。その自覚が足りてねぇ、当然だ」

 

「はあ…、そうですね…。それで、処分の内容は?」

 

 半ば落胆して肩が落ちてしまうが、クラウンは甘んじて受け入れる。

 

 ジョージが、再び報告書に目を向けながら、「端的に言って減給。資金の工面で天引きだ」と短く答えた。

 

「資金?何か急ぎですか?」

 

「それは追追(おいおい)、話す。ともかく、こちとら忙しいんだ。……数日前、でけぇ仕事が入った」

 

 やけに意味深な言い方に、「でけぇ仕事…?」とクラウンは小首を(かし)げる。

 

 ジョージは、報告書とは別に数枚に束ねられた書類を持つと、

 

「ハインとお前が適任だと思ってる。ハインには、後でお前の方から伝えとけ。他の人手は、こっちで手配する。とりあえず、手短に説明するぞ」

 

 事の重大さを察したクラウンは、飄然(ひょうぜん)とした態度を改めて、真剣な面構えに切り替えた。

 



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