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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第一部 相容れない運び屋
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ep.2 永年不動

 


「おはようございまーす」


「おはよ~」


「今日の荷札は、こちらになります」


「ありがとさん」


 キュルヴィ協会のエントランスでは、多くの運び屋と周辺地域から訪れた人々で朝から大盛況だった。


 協会本部の建物は、ドーム状の建造物である為、内装の天井の(くぼ)みには大きな壁画があり、その神聖な絵画は、まるで聖堂を彷彿とさせる。


 その直下に位置しているのは、配達受付の一般窓口と、配達物が納品してある『荷札』を受け取る運び屋用の窓口があった。


 一般窓口の手前には、配達依頼の送り状を記入するための黒檀製の記載台があり、その近くには、待機用のベンチが綺麗に整列していた。


 荷札を受け取る運び屋の窓口では、白いローブを羽織った受付人が、古びた茶革のアタッシュケースを運び屋達に手渡していた。


 時折、軽いだ少ないだの小言を(こぼ)す運び屋もいたが、受付人は聞く耳を持たないようで、得意の笑顔で「いってらっしゃいませ~」と送り出していた。


 ハインは、そんな雑多なエントランスを歩きながら、運び屋窓口へと向かう。


 後ろにいたアリアンは、ハインを追い抜くと、受付の端にある小さなスライドドアを通って中へ入っていった。


 『不在中』のプレートが置かれた窓口に立ち、それを受付テーブルの下へとしまう。


「ハインさん、こちらです」


 アリアンに呼ばれたハインは、そこに歩み寄る。


 アリアンは、「えーーっと……、」と呟きながら、テーブルの下に潜り込むと、すぐにまた顔を出す。


「今回の荷札です」


 他の運び屋同様、古びた茶革のアタッシュケースが机上に置かれた。


 ハインは、アタッシュケースの真鍮(しんちゅう)の取っ手を掴み、「ありがとう」と返したが、すぐに眉を(しか)めた。


 手に持ったアタッシュケースを底を持ち、揺する。確かに荷札が入っているのは分かるが……。


「軽っ!」


 揺すった時の音からして、察するに二十枚一組の荷札の束が一つ。いや、そもそも二十枚あるのかも疑わしい。


「すみません…。今日(こんにち)()けの『正規』の荷札は、それしかなくて…」


 アリアンが申し訳なさそうに微笑むが、ハインは大きな溜息を零してしまう。


「何だか、やけに少ないわね…。昨日も二束くらいしかなかったし…」


 残念に思う気持ちが、つい口に出てしまった。


 アリアンが、「そうですね…」と困ったような表情を見せると、


「最近、公道の舗装技術の向上もあって…。行路(こうろ)も、増えてきたようです。近場であれば、運び屋さんの手を借りずに自ら運搬する方が多くなったので、それも影響しているかもしれませんね」


「へー!そうだったのね。でも、それなら良かった。外界の交流が盛んになるのは嬉しいわ」


「そうなのですか?交流が盛んになれば、いずれ協会は需要がなくなって廃業…という可能性もありますけれど」


 アリアンが小首を傾げて、不安そうに眉尻を下げる。


 確かに彼女の言う通りだが、ハインには理由があった。


「だって、新しい行路が出来れば出来るほど、美味しいものが楽して食べに行けるもの」


 大っぴらに話すには、少し照れくさい内容だ。頬を赤くしながらも、言い切った。


 アリアンは、予想外の回答に朗らかに笑って、


「ハインさん、食べ物に目がないですものね」


「…食い意地張ってるわけじゃないんだからね」


 照れ隠しで抗議すれば、アリアンから「分かっていますよ」と優しく(なだ)められる。


 続けて、


「『正規』の依頼が減った理由が、もう一つあって。最近『非正規』の依頼が増加しているので……、そのせいもあるかもしれません」


「……ふーん、そうなんだ」


 『非正規』という言葉に、思わず眉が上がりそうになったが、極力顔には出さないように努めた。


 そのせいか、先程とは打って変わって、目つきが少し鋭くなってしまったようだ。


 アリアンが、慌てて取り繕うようにぎこちなく微笑むと、


「あ、あくまで、(わたくし)の予想ですので…。すいません」


「アリアンが謝る必要なんてないわ。悪いのは、全部『アイツ』だもの」


 アリアンを困らせてしまったと思って、ハインはすぐに明るい表情に切り替えた。だが、言い方には気を使えず、どこかトゲが残る。


 普段通りの溌剌(はつらつ)とした声が相まったせいか、アリアンには、怖く聞こえてしまっただろう。


「ハインさん……」


「アタッシュケース、ありがとう。そろそろ行くわね、それじゃあ」


 矢継ぎ早に言って、ハインは窓口から離れる。


「…いってらっしゃいませ」


 アリアンは、柔く微笑むと、健闘を祈るように仰々しくお辞儀をして送り出した。



 ※ ※ ※



 エントランスの奥には、横長な金縁に黒地の大きな掲示板があった。


 妙に高級感のあるそれは、キュルヴィ協会の業績表だ。


 キュルヴィ協会の運び屋、百三十名の真鍮のネームプレートが、ずらりと並んでいる。


 チン、と呼び鈴のような音と共に、端にあったネームプレートが他のネームプレートを押し下げながら独りでに移動し、掲示板の真ん中あたりで止まった。


 掲示板前には、出発前の運び屋が集まっていたが、自らの名前――正確にはネームプレートのある位置を見ては、各々に焦りを呟いて退散していく。


 ハインは、掲示板には一瞥(いちべつ)もせず、再び魔輪の駐車場に繋がる大扉へと一直線に歩いていった。


 ネームプレートが入れ変わりながら次々に変動していく中、数人はその前を動かずに掲示板を眺めている。


「おい、そろそろ行こうぜ。また順位が落ちちまう」


 業績表前の男の運び屋が隣にいた相方の男に、そう声をかけた。


 相方は、気にしていないのか、むしろ鼻で笑い飛ばす。


「大丈夫だって。順位が落ちても、今日の荷札は多いほうだ。半分もこなした頃には、順位は中の下くらいに入ってるだろうよ」


「まあ…そうだろうけど…」


 今だに不安そうな男を見ると、相方は続けて、


「それにだ。最上位になるなんて夢のまた夢、ましてや最下位に落ちるなんて、そらぁ夢の夢のまた夢だぜ?」


「…?どういうことだ?」


「ああ、そういやお前はまだここに来て、日が浅いんだっけか」


 思い出したように聞くと、不安そうな男はこくりと頷く。


 そんな新参者に得意げになって、掲示板の一番上に目を向けた。


「なんせ、このキュルヴィ協会には万年通り越して『永年不動』の順位があるからな」


「永年不動……」


「ああ、そうだ。キュルヴィ協会の業績トップをここ数年ずーっと独占してる運び屋『ベンジャミン・ラビットソン』がいるのさ」


「そりゃあ、すげぇな」


 新米の男は、目を丸く見開いて驚きながら感心していた。


「だろ~?」と自分のことのように誇らしげになる男だが、新米の男は疑問を抱いた。


「あれ…?そういや、さっきなんで『最下位には絶対に落ちねぇ』って言ったんだ?」


 その質問に男は途端に「ああ…そのことな~」とつまらなさそうに呟く。


「簡単な話だ。業績トップが永年不動なら、その真逆……永年不動の業績最下位、『ハイン・リッヒ』がいるからさ」






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