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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第一部 相容れない運び屋
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ep.1 《ハイン・リッヒ》 _ 数日前

 

 この世界は、四つの大国に()かれている。四つの国には、天にも昇るような高さを誇る城壁があり、それを互いの国境線として定めていた。国際間の外交や交易は一切行われていない。


 そんな四つの国に囲まれる形で、各国の国土面積を遥かに凌ぐ広大な土地が存在する。そこは、『外界(がいかい)』と呼ばれていた。


 外界は、どの国の領地でもなく、また侵略されることもなく自由ではあるが、無秩序な土地だった。


 そんな外界には、大小異なる様々な町村がある。無秩序でありながら、外界の人々は独自の文化を築き上げ、町村間での交易・交流が盛んに行われていた。


 しかし、土地の広大さ故にとある弊害があった。行路(こうろ)の整備は所々で行われているものの、馬や駱駝(ラクダ)などの家畜動物を使っての物資運搬は、場所によって困難を極めていた。


 そこで、魔術師の有志によって結社されたのが『協会』だ。


 『協会』とは強大な魔術師を筆頭とし、多いところで百~二百人ほどの人員―通称『運び屋』で構成された物資運搬専門の組織の総称だ。彼らの登場により、大掛かりな魔術陣式が施行された施設と大量の魔術道具を用いて、一度の運搬で大量の荷物が運び出せるようになった。


 外界にいるほとんどが魔力を有さない一般人だが、彼ら『協会』によって、人々の物流は豊かになったのだ。


 依頼方法は至って簡単な上、更には配達する内容物は一切問わない。


 例え、それが『非人道的』な物であろうと、彼らはただ運ぶのだ。



 ※



 ちゅんちゅん、と優しげに朝を告げる小鳥のさえずりが聞こえる。


 カーテンの隙間を縫い、柔らかな日差しが差し込んだ。


 その部屋は、シングルベッドと、少し埃を被った木製の机と椅子だけといった質素な部屋だ。


 白レンガの石壁は、経年劣化か家主の不精(ぶしょう)か、所々汚れが目立っている。


「ん…う…」


 この部屋の主ハイン・リッヒは、そんな小鳥の囀りを耳にして、目を覚ました。


 少し肌寒い朝には合わない白いタンクトップと黒のショートパンツの寝巻き姿だ。


 欠伸(あくび)をしながら、ベッドから出ると、洗面台があるユニットバスへと向かう。


 白レンガの壁に設置された淵無しの鏡と、真鍮(しんちゅう)のクロスハンドルの蛇口がある洗面台の前に立つ。


 寝癖で毛先が跳ねている黒髪をブラシで梳いて、歯磨きと水だけの洗顔を終えると、すっかり目覚めの良い表情へと一変していた。


「よし」


 所要時間は五分程度の支度を終えて、両頬を軽く叩くと、ハイン・リッヒの一日が始まる。



 ※



 外界一の規模を誇る物流事業所『キュルヴィ協会』所属のハイン・リッヒは、業務に取りかかる為、運び屋の寄宿舎から協会のエントランスへと向かう。


 石畳の廊下を進むと、一本の大樹が生えた大きな中庭があった。 太い幹から、キノコのように(かさ)(がた)に枝葉を広げて伸びている。


 陽射しが重点的に()している為か、どこか神々しくも感じた。


 寄宿舎は、この中庭を囲う形で建てられている。


「ハインさん!」


「ん?」


 振り返ると、ハインのもとに修道女の装いに身を包んだ少女がやってきた。


 (ほが)らかな笑顔は、人々に癒しを与えんとする聖女のようだ。薄いグリーンの虹彩とぱっちりとした瞳、そして何よりハインに向けて振っている手と連動して、豊かな胸部が揺れていた。


 見知った顔を見て微笑むと、朝の挨拶を交わす。


「アリアン、おはよう」


「おはようございます」


 キュルヴィ協会の受付嬢である、アリアン・テーゼが隣に並ぶと、一緒に歩き始める。


「随分とお早いのですね。普段なら、もう少し遅い出勤では?」


「まあね。今日は、195番地宛()ての荷物がまとめてあるらしいの」


 眠気の残る体を起こそうと、ハインは背伸びをした。


 外界には、明確な住所というものがなく、大きな町村は『番地』と呼ばれ、大まかな番号で振り分けられていた。現在、外界の番地は、一~二百十までの番号が登録されている。


 アリアンが「195番地…?」と上の空で呟くと、


「ああ、砂漠地帯にある大きな町ですね。だいぶ(さか)えていると聞いてます」


「そう。詳しいことは『荷札』を見てみないと分からないんだけど~…。何せ、一度も行ったことがない場所だから不安なのよ」


「ふふ、それで今日は早めのご出勤ということですね」


 思い悩むハインに、アリアンが子供を見守る乳母のような優しい微笑みを浮かべる。


 ハインは、「朝早いのは勘弁だわー」と嫌そうな顔で項垂(うなだ)れた。



 ※ ※ ※



 ハインとアリアンは、寄宿舎と繋がっている大きな建屋に到着した。


 掘っ立て小屋のような粗野な作りではあるが、屋根はしっかりと雨風を凌げる。その為、日照りがいい日でも中は薄暗いが、松明(たいまつ)の明かりが煌々としていた。


 ここは、中型二輪車―通称『魔輪(まりん)』と呼ばれる乗り物の駐輪場だ。


 木枠で作られたラックに前輪を差し込んで駐車するという簡易的なものだが、ラックには真鍮(しんちゅう)のネームプレートがあり、(あらかじ)め運び屋の魔輪と停車位置は決まっている。


 そこから、奥に進むと高さ五mにもなる大扉が現れた。


 両扉にはいくつもの魔術陣があり、それらは歯車のように合わさって扉の木目の上で、ぐるぐると回っている。


「よっ!」


 意気込みながら、ハインは扉に手をつき、踏ん張りを利かせながら前進する。


 扉は、ぎぎぎぎ、と(きし)みながら(おもむ)ろに開き、やがてサーチライトのように(まばゆ)い光が差した。





※『中型二輪車』の補足説明

作品内では『中型二輪車』と表記していますが、実際は『普通二輪車』のことを指しています。

所謂バイクに該当。作中に登場するバイクは、排気量400㏄。モデル、スズキ・イントルーダークラシック。車体の色は、黒。

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