ep.21 推察
195番地は、過去に物資を運搬する際、駱駝を使っていたことがある。
しかし、『協会』というものが設立されてからは、すっかり不要となってしまった。
それまで活躍していた駱駝は、近隣地域への短距離運搬や食用、愛玩動物、客寄せなどの用途に代わり、それに伴い、厩舎は激減。
番地の人々は厩舎の後始末に困ったが、結局取り壊すことはせず、放置している。
195番地の外れは、そんな駱駝の厩舎の廃屋が多く立ち並び、風切り音だけが寂しく彷徨っていた。
※
ある一棟の大型厩舎には、久しく明かりが灯っていた。
内部は、長年使われていなかったこともあって、砂埃が積もり、経年劣化で荒れている。
そんな中、駱駝を収容する房の、真ん中に位置する広い通路に男達が集まっていた。
ヴィドー、ゴダが率いるアタッシュケース強奪犯の集団だ。
「どうだ?」
「まあまあ、待ってくださいよ。意外と神経を使うんだ、そう慌てさせねぇでください」
ヴィドーの視線の先には、地べたで胡座をかく男がいた。
何個かの木箱をひっくり返し、底をテーブル代わりにして何やら作業している。
橙色の、瓶底メガネのようなレンズのゴーグルをつけた男の手元には、一枚の荷札があった。ゴーグルを通して見ているのは、荷札の上にうっすらと浮かび上がった魔術陣だ。
男は手に持った細く長い針を、荷札上の魔術陣に慎重に刺していく。
すると、男のゴーグルで視認できる魔術陣が少し回り、かちゃ、と金庫のダイヤルが『鍵』に嵌るような小気味の良い音が鳴る。
「…よーし、一つ目の『解除』が終わった」
男は、喜びを噛み締めるように呟く。
幸先の良い様子を見て、ヴィドーは催促することなく、その場を離れる。傍にいたゴダも、後に続いた。
廃屋の厩舎の入口まで来て、足を止める。少し振り返って、ゴーグルの男を見た。
「……あの調子なら、夜が明ける前には終わりそうだ」
「たった一つの解除作業に一時間ほどです。…お言葉ですが、楽観的かと」
その巨体に見合わず用心深いゴダの言葉を聞き、思わず口角が上がる。
「確かに。お前が警戒していることも、重々承知しているつもりだ」
ふと厩舎の入口から覗く夜空を見上げる。
星は宝石のようにちらちらと輝いていた。手を伸ばせば届いてしまいそうだと、錯覚してしまう。
ヴィドーは、続けて、
「今後に備えて、一旦情報を整理する必要があるな。あのウサギの『運び屋』は、間違いなく手練の魔術師だろう」
「ええ、銃の腕も確かなものでしたから。迷いのない殺意も感じられました」
「だろうな」
ゴダと同意見であったが、気がかりなのはそれだけではない。
「……ゴダ。女の『運び屋』と一戦交えてみて、どうだった?」
質問すると、ゴダは昼間の記憶を思い返して少し視線を落とす。
「…並の運び屋よりかは、相当腕が立つでしょう。あの細身で、一時的にとはいえ自分の巨体を受け止めた……。脅威であることには違いないかと」
「やはり、女と言えど侮れないか……」
「ええ、雇った者たちが返り討ちに遭ったようで。かなりの人数が番地診療所に運ばれたそうです」
ゴダからそんな報告を聞いて、は、と呆れたように短く笑い飛ばす。
「どこぞの令嬢のような風貌で、やることは獣じみてるな」
「しかし、如何なる獣とて『弱点』はあります」
「……ぜひとも見解を聞かせてくれ」
その話し口には、思いがけず興味を引かれた。
話の続きを促せば、ゴダは自らの鼻先を見ると親指の腹で擦った。
「女が帯刀していた大刀を、覚えておいでで?」
「…ああ、あの大きな仕込み刀か。そう言えば、『風の刃』もあれで防いでいたな。その刀が、どうした?」
「女が、自分に反撃した際です。あの時、刀の切っ先は、確かに自分の『鼻先を斬っていた』」
言葉の意味を汲み取れなかったが、すぐにその疑問を掘り下げなかった。
ゴダが戸惑いながらも伝えようと、熟慮しているからだ。
沈黙の後、徐ろに口を開いた。
「最初はまぐれだと思っていたのですが……、女も必死だった。加えて、奴の戦闘力を考慮した上で自分に負傷を与えることは十分有り得ることです。なのに、」
「鼻先の肉片どころか、かすり傷すらついていなかった、と?」
ヴィドーが結論づけると、ゴダは釈然としない表情で頷く。どうも、確信は持てない様子らしい。
「……これは、武器の前提から覆すことになる話なので。にわかには信じ難いと思いますが……」
「濁さなくて良い。女の情報は、戦ったお前だけが知り得たことだ。どんなことでも構わない」
はっきり言えば、ゴダの態度から迷いが払拭された。
「自分の見解では、女の刀は『人を斬ることが出来ない』ものではないか、と。あくまでも仮説ですが」
「……なるほど、」
ヴィドーは、ゴダの見解には半信半疑ではあった。だが、ゴダの言葉を裏付けるものは確かにあるのだ。
自らの右腕に装備した、黒みがかった深緑色のガントレットを見下ろす。
「…目を疑うような事象が存在するのが、この世界の『理』だ。今だそれを目にすることは少ないだろうが、確かにある。魔術師や魔具が存在していることが、何よりの証拠だ」
「……つまり?」
「その仮説は、十分有り得る」
そう言い切れば、ゴダも提唱した説に自信を持てたのか、背筋を伸ばす。
(『風の刃』は斬り伏せることが出来る……。だが、人は斬ることが出来ない。そうならば、女が男達を身一つで退けたのかにも説明がつくな……)
物思いに耽っていると、ふと何かの気配に気づいた。
厩舎の屋根にある覗き窓に目を向けると、とっさに『何かの影』が身を潜めた。
ヴィドーは、憂鬱そうに一息吐くと、右手を強く握り締める。
呼応するように、ガントレットに埋め込まれた黒曜石のような鉱物―魔石の中心にある緑色の光が輝きを増した。
鞭を振るったような強烈な風切り音の後。
ドガァンッ!と凄まじい衝撃音と共に、一部の屋根が爆裂する。
「な、なんだ!?」
その衝撃で厩舎は揺れ、驚いた男達が一斉に身構える。
ざわつく周囲に反して、ヴィドーのガントレットに埋め込まれた魔石の鮮烈な輝きは、緩やかに終息した。
近くにいたゴダは、微動だにせず、肩に降り注ぐ木片や塵を手で払い除けた。
ヴィドーは冷静さを欠くことなく、いきり立った男達に向けて淡々と告げる。
「何でもない。『ネズミ』が紛れていただけだ」
大したことではないと分かったようで、男達は安心したように強張った肩を下ろした。
厩舎の外では、ヴィドーの『風の刃』で吹き飛んだトタンの屋根の残骸が、周辺に散乱する。
そんな大きな残骸の下敷きに、天候違いの『粉雪』が広がっていた――。






