ep.10 雲泥の差
賑わう露店通りから、少し小脇に逸れた場所。
路地を抜けた先には、観光客向けの宿屋が立ち並んでいる。
ここ一帯以外にも宿屋はあるが、露店通り近辺になると等級は高くなり、それに伴って宿泊料金も高額だ。
その一棟の出入口に、ハインは佇んでいた。
(ここ、195番地の中で一番高い宿屋よね……)
鶏を模した看板を見上げながら、ぼんやりと確認する。
クラウンが、身軽になるために自身のアタッシュケースを宿屋に預けたいとのことで同行した。
だが、貧乏運び屋のハインにとって、ここ一帯の宿屋は気軽に宿泊できるところではない。
(人良さげな顔して、やっぱりあいつも非合法の配達やってるのね……)
そう思うと、自然と表情に翳りが生まれた。
キュルヴィ協会のみならず、非合法の配達――主に武器配達の仕事は危険度も高い一方で、正規の配達より報酬も段違いで良い。
相場がどのくらいなのか、詳しく知らないが、ハインが宿泊している宿屋との等級格差を鑑みて、その給与が良いことは明白だ。
(業績トップのベンジャミン・ラビットソンも、こういうところに泊まってるのかしら)
いつの間にか、水平だった視線は足元にまで落ちていた。
今だ姿を見かけたことはないが、その人物の人格など想像でいくらでも補完できる。
きっと、いけ好かない奴に違いない。
その儲けで、うはうはと優雅な暮らしをしているに違いない。
何より、舌が蕩けてしまいそうな良いモノを食べているに違いない。
「どうだっていいわよ…!私だってその内正規の仕事で良いもん食べてやればいいんだから!」
ハインは、胸に込み上げる苛立ちを秘めておくことができず、沈んだ気持ちに発破をかけた。
その大声に驚いたのか、通りを歩く人々の喧騒が一瞬静まり返る。
すると、
「何してるんですか?ハインさん」
チリンチリン、とドアベルが鳴ると宿屋から出てきたのはクラウンだ。
ハインは、彼を一瞥した後、軽く口を尖らせて顔を逸らす。
「別になんでもないわよ。ちょっとイラッとしただけ」
「はぁ…、そうですか。でも、ここ宿屋街なんで静かにして下さいね」
ハインの態度を不審に思いながらも、クラウンは穏やかに注意する。
ハインは、それを聞いて「ふん」と小さく鼻を鳴らした。
人当たりのいい彼も、結局『運び屋らしい仕事』をしている疑いを持てば、少なからず敵意を抱いた。加えて、一瞬でも食べ物のことを考えてしまったせいか、控えめに腹が鳴る。
「お腹…空きましたか?」
「……、」
ハインは、その質問には答えなかったが、察しのいい言葉には釣られてしまう。
それが雰囲気で伝わったのか、クラウンが苦笑いしてから軽く咳払いする。
「あー、そうだ。アタッシュケースが見つかったら何か食べに行きます?」
「……お誘いは嬉しいけど、お金ないの。屋台でほぼ使っちゃったし」
「じゃあ…、僕の奢り――」
「ほんと?」
思ってもみない返事に、逸らしていた顔が振り向いてしまう。瞳は、生き生きと輝いているに違いない。
クラウンは、困惑したように顔を引きつらせた。
「はい、本当です。何でも好きなもの、食べていいですよ」
なんと太っ腹な話だろうか。ハインは、ぼけっと惚けてしまう。
無意識に緩んだ顔をぶるぶると振るわせて、真顔になると、
「…施しなんて思わないでよね。私は、そんなひもじい運び屋じゃないんだから」
「…さっき、めちゃくちゃ食い気味で施しを受けようとしてましたよね」
「こ、これは運び屋同士の対等な飲みの付き合いみたいなもので…。別にお酒は好きじゃないけど、お肉なら何枚でも行けるくらいには大好物よ」
「さらっと要望まで伝えてきたな……」
クラウンが要所で突っ込むも、そんなものは耳に届いていない。食べ放題という夢ある言葉に思いを馳せるハインは、口の中に溢れた涎を飲み込む。
その横で、クラウンが盛大に溜息をついた。
参ったというように頭を掻いていたが、すぐに何かに気づいた。
「ハインさん、」
「なに?もう食べに行くの?」
「しっかりして下さい。アタッシュケースが見つかりました」
報告を受けたハインは真剣な顔つきになり、口元の涎を手の甲で拭った。






