第87話
未だにジェリダに不安や警戒心を見せる者もいるが、ショーラの決定に従うようだった。ショーラの本当の名前や身分を知っているから従っているのか、それは分からなかった。
「ここにいるのは情報集めが得意な者達だ。そして、今、カラルは戦争を始める動きをしている」
ショーラ以外の八人は情報屋というところだろうか。やはりカラル国が戦争をしようとしているのは明らかなようだった。
「まだ時期は決まっていないらしい。だが、武器や傭兵の準備が整えばすぐにでも進軍する可能性はある。もうかなりの準備が整っているから、ここ数週間が時期と見ていいだろう」
「準備って、兵はどれくらい? 武器は?」
「兵は傭兵を入れても十万には届かないだろう。武器は剣が主だ。この土地に魔法を使える者は少ない。魔術師や魔法使いも出るには出るだろうが役に立つかどうか」
「これは本当に戦の準備なの…?」
「どういうことだ?」
ここまで少ない軍力で戦争を仕掛けようと言うのだろうか。ましてや、魔術師、魔法使いの質もレベルも高いフィルム大国に剣で仕掛けようと言うのだ。何か引っかかる。
「何か別の目的があるように思える。ここまで不利な戦力で戦争をしても自分たちが損する未来しか見えない。なら、何か別に目的があると考えるべきじゃない?」
「なるほど。戦を止めることに意識を向けていて気がつかなかった。目的、か……。あの女が関わっているのかもしれないな」
「あの女?」
「ああ。最近王宮に上がったという王の新しい妻だ。その女が王宮内に入ってからだ、動きが不穏になってきたのは」
王宮に出入りする商人が見たその女というのは、とても妖艶で美しかったという。しなやかで陶磁器のような滑らかな肌、黒々とした長い髪。まさに、男の理想の様な美貌と姿を持つ女だったという。
「商人が言うにはあれこそ傾国の美姫だったそうで…。王は今やその女にぞっこんで部屋に籠もることが多くなったとか」
情報屋の一人がそう言う。ショーラは傾国、とつぶやく。
「今まさに国が傾こうとしているのだから、傾国と呼ぶにふさわしいかもな」
ショーラはやや歪んだ表情で皮肉げに言う。相当な嫌悪感を抱いているらしい。
「俺たちが分かっている情報はこのくらいだ。まだ集め足らないが…どうだろうか、何か役に立ちそうか?」
「その女っていうのは初めて聞いた。私は怪しむならその女の方かな。もしも、王を操っているならその女の方に何か目的があるのかも。ねえ、誰か王城への侵入口とか知らない?」
ジェリダはその場の全員に問いかける。
「知ってどうするんだ」
ずっとジェリダの後ろで睨みをきかせていたサウードが低い声で問いかける。ジェリダはチラリとサウードを見た。
「中を探るに決まってるでしょ。私かジェニオの密偵が中に入ってもっと詳しい状況をつかむ」
「そう言って、国王を殺しに行くんじゃないのか」
「サウード! ……すまないジェリダ。王城への進入路は……」
「気にしないで。とりあえず私はこのことをジェニオに話してみる。あ、そうそう。私はザフルっていう宿にいるから、監視してもいいわ。私を信用できないって人はね」
サウードを一瞥してジェリダはドアに向かって歩いて行く。外に出ると見張りをしていた男達と目が合う。じっと警戒する目で見てきたがジェリダは無視して来た道を戻り始めた。
「ジェリダ待ってくれ!」
すると、後ろからショーラが追ってきた。そして、ジェリダの耳元近くで囁く。
「王宮へ入る方法なら知ってる。夜、ジェリダの泊まる宿に行く。サウードは連れてこない。一対一で会おう」
それだけ言うとショーラは戻って行った。ジェリダはしばらくその背中を見送る。そして、ジェリダはまた歩き出した。
ジメジメとしている路地を抜け、大通りに出る。ジェリダが歩いていたときは人がまばらだったが、今は昨日のように多くの人が歩いている。一時間ほどあの場所にいたようだ。その人混みをかき分けて宿に戻る。ルベル達はいない。集合場所を決めていないが、おそらく宿に戻ってくるだろう。
ジェリダは魔法鞄から小さな手鏡を取り出した。そして、その鏡に向かってジェニオと呼びかけた。
「お、ようやく使ってくれたね。何か収穫があった?」
その鏡はジェリダの姿ではなくジェニオを映し出していた。また書類仕事をしていたのか、羽ペンを持った手を振っている。
この手鏡はジェニオの魔法が使われており、遠くでも話しができるようになっていた。この技術はかなり高度な魔法を複雑に掛け合わせて使う。そこらの魔法使いが使えるものではない。ジェリダはその鏡を持ったまま話しかける。
「収穫はあった。まずは――」
ジェリダは先ほど聞いてきた話をジェニオに聞かせる。戦の準備が数週間で整いそうと言うのは、ジェニオの密偵でも同じ報告があったらしい。ただ、女のことはまだ耳に入っていなかった。
「なるほど、傾国の美姫ねぇ。一度会ってみたいものだ。でも、確かにその女が王宮に入った時期と、カラル国の情勢がザワついてきたのは被ってるな……」
「ジェニオに聞きたいことがあるんだけど、カラル国王の子供の名前とかは把握してる?」
「王子や王女の? あるよ」
「その中の第21王女について教えてほしいの」
「第21王女…というと、ああ。双子の。兄の第19王子であるショーラ王子、妹の第21王女シャラーラ王女は双子で生まれてる。ただ、ちょっと前に起きた王位争いの激化で妹のシャラーラ王女は亡くなっている。屋敷に忍び込んだ賊に殺されたそうだ。賊は一人捕まえたが自害。誰が差し向けたのかは分からない。
ただ、王子もその際に負傷して王位争いからは遠ざかっている。ということだけど、何か関係があった?」
「まだはっきりしないから伝えないでおく。ま、そういうことね。ありがとう」
「あ、ちょっ――」
ジェリダは手鏡の鏡面を撫でるように手を振る。すると手鏡の向こうにいたジェニオはゆらりと揺れて消え、通信が切れた。詳しいことを聞きたそうだったが、推測で今は話すべきではないだろう」
「さて、今夜が楽しみね」
ジェリダはそう、呟いた。
次は1日開けて3月19日21時です。




