第84話
カラル国に入るのは簡単だった。ジェニオが用意してくれた通行証明書を提示し、特に疑われることもなかった。
カラル国の人々はジェリダや王都の人々と違ってやや浅黒い肌をしている。国内を歩いていれば、地元の者との区別がつきやすい。
「ちょっとこっちの方が暑いね」
フィルム大国よりもカラル国の方が年中を通して暖かい。その暖かい気候が養蚕の文化を育んできたといっても過言ではない。
カラル国の建物はフィルム大国と異なり、レンガ造りではなく木でできていた。このカラルで多くとれる赤茶色の木が使われている。この暖かい地域なら木の方が通気性がいいのかもしれない。
カラル国の人々が身に纏う服はホロルとは全く異なり、やや薄めの生地に三角や四角、歯の形を模したと思われる刺繍などを施した服を着ている。その服は白い肌のジェリダたちが身につけるよりも、浅黒い肌を持つ彼らの方が映えていると思えた。
「宿は先に探しておきましょうか。あと、セリオその髪暑くないか」
「暑い……。頭がじりじりする」
今、セリオの髪はいつもの緑色の髪ではなくなっている。そして、顔や腕にあった鱗などもジェリダたちと同じような肌になっている。これはジェニオによって髪を染められ、特別な塗り薬を使っているからだった。
『カラル国の人々は亜人の類いを嫌う。体のうろこはこの塗り薬で誤魔化せる。髪は目立ちすぎるから染めた方がいい。目の色ぐらいは大丈夫。ただ、カラル国は人さらいが多いから十分に気をつけるんだよ』
出発の前にジェニオが言った言葉だった。カラル国の人々はかつてはジェリダたちのような肌の白い者も受け入れなかった。しかし、時代とともに徐々にその偏見や差別はなくなったものの、亜人に対するそれはまだ残っていた。
セリオは黒い髪になったせいで日差しがじりじりと頭を焼いていた。
「後で帽子を買った方がいいね。宿に行く前に買いに行こうか」
小さな体のセリオが熱中症にでもなったら大変だ。ただでさえ地面に近い身長なのだ。熱の影響を受けやすい。
帽子を売っている店を探しながら、当てもなく歩く。だが、その時、ジェリダの耳には三人の後をつけてくる二人の気配と足跡を感じていた。ジェリダはやや眉をひそめる。
「ルベル」
ジェリダはやや固い声でルベルに声をかける。
「振り返らないでね。誰かが私たちをつけてきてる。相手は二人。あそこの角を曲がったところで相手するから、セリオをお願い」
「わかりました」
ジェリダはあまり人気のなさそうな家と家の隙間の路地に入る。やや広さはあるが、薄暗く、人も通ってこない。後ろの足音がしっかりと聴こえる。やはり二人ついてきている。そして、路地を進んでくと行き止まりになった。そこで初めてジェリダは振り返る。
「へっへっへ。自分たちから袋小路に入るなんてついてたぜ」
「子供だけで出歩くなってお父さんとお母さんには言われなかったのか~?」
ついてきていたのは現地の男二人だった。浅黒い肌の男たちは服の合わせ目からナイフを取り出す。ジェリダたちも剣や杖を手にしてはいるのだが、牽制のための模造品とでも思っているのだろう。完全に舐めきっている。
「生憎、親なんて存在いないの。もしかして人攫い?」
「はははっ! こいつぁ威勢のいいお嬢ちゃんだ! その髪と肌なら高く売れそうだ。そっちは珍しいエルフだし、チビは珍しい目の色。掘り出しもんだな!」
「こっちも傷をつけたくないんだ。傷物は値が下がるからなぁ。お前らも痛い目を見たくないだろ? 大人しくこっちに来い」
「ふっ、あんたら相手が悪いのよ。私たちがただの子供に見えるなら、その目玉、一生見えないようにしてあげる」
ジェリダが男たちの方に一歩踏み出す。そして、杖を掲げ炎の蛇を繰り出そうとした。その時。
「まてーーーーーーーーーい!!!」
その突然の声はジェリダたちの上空から聞こえてきた。ジェリダが上を向いたとき、人が屋根の上から飛び降りた瞬間だった。
その人物は二階建ての家から飛び降りたにもかかわらず、柔軟に体を使い、両者の間に華麗に着地した。突然の闖入者に人攫いの男たちは呆気にとられている。その人物はジェリダたちを背に守るようにたち、男たちの方に立ち向かっていく。
「せいっ!」
「あがっ!!」
「ぐげぇっ!」
その人物が男たちを殴り、蹴る間、後ろに垂らした赤髪が舞う。その髪がストンと、その背に落ち着いたときには、男二人は完全に伸されていた。その時間、1分もかかっていない。
「大丈夫か!?」
男たちを伸したのはルベルとそう年の変わらなそうな少年だった。腰まで伸びた後ろの髪以外はザンバラで、まるで燃えさかる業火のようだとジェリダは思った。
「危ないとこだったね。何もされてない? 子供がこんな所歩いてちゃだめじゃないか。こいつらみたいな人攫いの餌食になっちゃうよ?」
ジェリダは子供と言われてムッとした表情になる。その気配を感じたルベルが、ジェリダが何か言わないうちにと、先に話しかける。
「助けていただいてありがとうございました」
「いやいや、助けるのは当然の事だ。俺はショーラ。この辺を見回っててよかった。あれ、でもお前は剣を持ってるな。もしかして、俺が助けることもなかったか?」
ルベルの腰にあるのが剣と一瞬で見抜いた。後ろに転がっている男たちよりは、何か武術に心得があるようだった。
「いえ、こちらはこの子を守らなくてはいけなくて、分が悪かったので」
ルベルはショーラという青年に嘘をついた。それは今回のジェニオのお使い、もとい任務をするに当たって観光客という体でいるためだ。
まだ三人は普通の冒険者よりも遙かに若い。ジェリダの噂が王都にも広がっているならば、カラルにも広がっているはずだ。ここで冒険者と言えば特定するのはそう難しくはないだろう。
誰がどう繋がっているかわからない。身元を偽るのは仕方なかった。
「そうか。だが、なんでこんな所に入ってきたんだ? こいつらに追われたのか?」
「いえ、この子のために帽子を探していたんですが、この国は初めてで。適当に歩いている内にここに入ってきてしまって」
「ああ、確かにその黒髪ならこの国の日差しは痛いだろ。俺の知り合いの爺さんが帽子屋をやってるから案内してやるよ!」
と、ショーラが振り返ったとき、伸びていたはずの男たちがガバリと起き上がり、一目散に逃げ出した。
「あ! お前ら!」
ショーラが後を追おうとするが、ジェリダたちの事を守らなくてはと思っているのか、一瞬三人をみて追うのをやめた。
「あいつらは後で探し出して役人に突き出しておくよ。じゃあ、行こうか」
ショーラは路地を進んでいく。ジェリダはまだムスッとしていたが、ルベルとセリオに声をかける。
「咄嗟だったのにありがとう。とりあえず、私たちは商団の子って設定でいい? ルベルは商団の護衛、私たちは商団の子供ってことで。セリオもいい?」
「わかった。けど、何でジェリダはあいつらがついてきてるって分かったんだ?」
「それは後で教えるから、今はさっき言った設定通りにね」
そして、三人はショーラの後についていった。
次は3月13日21時です。




