第76話
「あ……あぐっ…う…ぐぅう……」
「サウファ!」
サウファは地面の魔方陣以外に、身体を四つの複雑な文字が書かれた魔方陣に拘束され、途切れ途切れのうめき声を上げていた。ジェリダは、足下の魔方陣が元になっているのだろうと素早く判断し、サウファの元に駆け寄ろうとした。が。
「おいおい、邪魔すんじゃねーよ」
ヒュンという音と共にジェリダの足下に短剣が突き刺さる。気配がした方を見ると、黒装束に身を包んだ少年が立っていた。
「あの時ワ国にいた!」
「また邪魔しに来たのかぁ? 偶然にしちゃできすぎだな。ま、今回はお前の頭と感がいいおかげでその女が引っかかってくれて助かったぜ」
その台詞を言うと少年は地面に落ちるようにしてその場から消えた。かと思えば、背後に気配がした。
「いっ! うぅぐぅう…!」
「サウファから離れろ!」
少年は拘束されているサウファの腕をナイフで傷つけ、その血を瓶の中に流していた。ジェリダはサウファを救うべく炎蛇を放つが、サウファの目の前に黒い空間が発生し、炎蛇を飲み込んだ。
「牽制にもならねぇな。よし、これだけあれば十分だな」
瓶いっぱいにサウファの血液が溜まると、足で魔方陣を踏みにじって効力を失わせる。拘束を解かれたサウファはその場に放り出され、倒れる。その表情は血の気がなくなっている。
「お前!!」
カッとなったジェリダが先ほどよりも威力と大きさを増した炎蛇を放つ。その炎を隠れ蓑にルベルも剣を抜いて駆けだした。
「遅い遅い」
ルベルが剣を薙いだ時、少年はすでに別の場所に移動していた。ジェリダはサウファに駆け寄り、すぐさま治療魔法をかける。そして、少年の気配が移動したその方向を見て、初めてジェリダとルベルは気がついた。少年は洞窟のかなり上空の方、少しせり出した岩の上に立っていたのだが、その背後に完全に目を奪われる。
そこにはギラリと光る一対の目があった。ジェリダの出している光球でギリギリ分かるぐらいだが、今まで岩だとばかり思っていたそこには、結晶化した魔力石の中に巨大な竜が封じられていた。
「感も実力もそこらの冒険者よりはあるんだが、お前はあと一歩が毎回足りないなぁ。そうだ、俺はイアン。お前がもう少しマシになったら相手してやる」
そう言いざま、イアンはその竜に向けてサウファから採った血をぶちまけた。血はみるみる吸い込まれていき、魔力石が点滅しながら発光し始める。ぎろりと、ジェリダと黒竜の目が合った。その瞬間、雷が落ちたのかと思うほどの音が鳴り響いた。魔力石が砕け散る。
「グオオオォォォォオオオオオオオ!!」
封印が解かれた黒竜から膨大な魔力が放出され、洞窟内で暴風のように吹き荒れる。ジェリダはとっさに魔法を使い、地面を操って防御壁を作ってルベルとサウファを暴風から守っていた。その時、ジェリダの腕の中でぐったりとしていたサウファに異変が起きる。血の気がなかったサウファの身体が、白く淡く光り出したのだ。
「サウファ?」
サウファはゆっくりと身体を起こし、目を開けた。その目は今までのサウファの瞳の色と異なり、真っ白な瞳に変わっていた。
操られているかのようなサウファの動きに、ジェリダは手を伸ばして止めようとした。だが、するりと避けられ、壁の外に出て行く。
『ああ、注がれた魔力がやけに馴染みがいいと思えば、お前のものか』
腹の底に響くような声で黒竜が話しかけたのはサウファだった。暴風の中、サウファは平然と黒竜の方へ歩み寄って行く。
『私はお前と対の存在だが、貴様の復活は喜べないな。永遠に眠っていればよかったものを』
一方のサウファからは軽やかな、しかし芯のあるしっかりとした声が発せられる。美しい声だが、それはいつものサウファの声ではなかった。ジェリダもルベルも事態が飲み込めず、ただ成り行きを伺っている。
『はっ! 小娘一人になりきるのが精一杯とはなんとも情けない。先ほど我に注がれた魔力分で元の姿になることも叶うまい! ハハハハハ! 哀れ! 哀れな! ハッハハハ!」
ギリリと、サウファは歯を噛みしめる。
「黒竜様、ご歓談はお済みでしょうか」
『貴様は何者だ。我の封印を解いたのは何のためだ。よもや、貴様に従えと言うまいな。言えばその命消し炭にするぞ』
「そのようなことはいたしません。私は明けの塔のイアンと申します。魔王復活の手伝いをしている者です」
イアンは狼虎の時と同様に、黒竜に敬意を払った口調で話す。
「すでに狼虎様がお目覚めです。我らの元にて魔力を蓄えていらっしゃいます」
『おお! あの狼虎が目覚めていると! その言、偽りではあるまいな』
「もちろんです」
その言葉を聞くと、黒竜は背の大きな翼を広げた。そして、喜びの混じった声で叫ぶ。
『ならばその場所に案内せよ!』
黒竜は大きく羽ばたく。魔力の渦よりもさらに激しい風が巻き起こり、ジェリダとルベルは防御壁にしがみつかなければ飛ばされる所だ。
(風で身動きがとれない…!)
「では、こちらのゲートにお入りください」
洞窟の上空にあの黒い空間が出現した。ワ国で狼虎を逃がした時と同じく、あれで逃げるつもりだろう。黒竜が飛翔し、ゲートの中に飛び込む。それを確認してイアンはジェリダの方を振り返った。
「じゃあなジェリダ。次に会うのを楽しみにしてるぜ」
それを言うと、自身もゲートの中に飛び込んで、消えてしまった。ゲートが閉じると洞窟内で巻き起こっていた暴風はやみ、静寂が残った。
「ジェリダ様、明けの塔とは一体……」
「とりあえず、よくない連中って事は確かね」
ジェリダが魔法を解くと防御壁にしていたものは崩れる。ジェリダとルベルはあの暴風の中を平然と立っていたサウファの元に一歩進み出た。すると、サウファはジェリダとルベルの方を振り返る。まだその目は白く神々しいままだ。
「あなたは誰なの」
ジェリダの問いに一つ瞬きをして、サウファは答える。
『私に確定した名はない。好きに呼べ。今までの名はこの姿をとった際、商団からたまたま聞こえた娘の名を使っていだだけに過ぎない。今回は迷惑を掛けた。油断した私のせいだ』
その口調はいつも丁寧な言葉を使っていたサウファとは異なり、尊大なものだった。
「あなたはあの黒竜と同じ存在なの?」
『そうだ。あやつは黒い鱗と翼で生まれ、対の私は白い鱗に白い翼で生まれた。遙か昔にな。あやつが魔王の側についてしまった際に、私は勇者の側について止めるべく戦った。その末、私はあやつに破れた。だが、勇者達の奮闘のお陰で封印することに成功した』
「だから、あなたは洞窟の入り口でまるで見てきたかのように語っていたのね」
『ハハハ。そうだったか。お前達といたから気が緩んでいたのやもしれぬな。だが、お前達には本当に感謝している。この人型をとるのが精一杯で村の者達を守ることも、傷を癒やすこともできなかった』
サウファが言うには、あの黒竜に破れた際に勇者の仲間だった魔道士が傷を癒やすために水晶の中に封じてくれたのだという。その封印はサウファにある程度力が戻れば溶ける仕組みになっており、数百年前に目覚めたらしい。あちこちを姿を変えながら放浪している内、竜種と人の間にできた子孫達が暮らすあの村に辿り着いたのだという。
あの村でサウファは幾度と姿を変えて村を守り続けてきた。だが、魔王復活を目論みる明けの塔の動きが活発となり、飛竜を村に差し向けられたときに大量に魔力を消費して村を守ったという。だが、度重なる襲撃に魔力はすり減った。
『せめて、あやつを止めるための魔力を残そう。そう思い、人の住む場所へ向かい、冒険者とやらに頼ったのだ。まあ、油断したせいで元の姿に戻るために残しておいた魔力を失い、逆にあやつに力を取り戻させてしまった……』
そこで、サウファはジェリダに頭を下げた。
『頼みがある。どうか、あの者達を止めてくれ』
次は少々時間が空きます。11月20日21時更新です。よろしくお願いします。
すみません、11月30日までお待ちを・・・m(_ _)m




