第75話
「こうも上手く引っかかるとはね。ちゃーんと頭働くみたいだな」
イアンは自分の計画通りにジェリダ達が動き、満足していた。今は彼にとって時間はとても大事だ。何もかも、時間が足りない。
リンカ山にイアンは仕掛けを施し終わっていた。そして、獲物は仕掛けの中に入っている。後は最も最適な場所におびき寄せ、捕まえるだけでいいのだ。
「今回は楽に行けるといいが……」
そう言って、イアンはワ国でも用いた空間転移を使い現れた黒い闇の中に消えていった。
◆◇◆
一方のジェリダ達は足跡を辿って山を登っていた。時折、目印として近くの草や蔦を木に巻き付けながら歩いている。
ジェリダが先頭になり、真ん中にサウファ、殿にルベルの順になり、いつ飛竜が襲われてもいいように警戒を怠らない。
上っていくと、大きな岩でできた山をごっそりと掘り起こしたかの様な、洞窟を発見した。足跡は洞窟の手前で消えている。どうやらここに入っていったようだ。
洞窟の入り口は大きく見上げるほどに高く、深い。周りにはゴロゴロと大きな岩が転がっている。
「サウファ、ここ? 黒い竜が封じられているとかいうのは」
「はい、間違いなくここです。この場所はかつて何もないただの森でした。それを黒い竜を封じた勇者の仲間が、この場所に岩でできたこの檻を作り、その中に黒い竜を封じました。ただ、その檻の部分がそこらに砕かれて転がっているので、何者かが壊したのかもしれません」
「そう」
ジェリダは短く返すと、洞窟に向けて杖を翳した。そうすると、杖からふわりと光の球が二つ浮き上がる。
「この暗さなら二つあった方が良さそう。とりあえず、中に入ってみよう。飛竜は見つけ次第倒す。素材は後から剥げばいいから。原因、または元凶を見つけたら優先的に片付ける。いい?」
『はい』
ルベルとサウファはそろって返事をする。そして、三人は洞窟の中に入っていった。
洞窟の中は外よりも気温が低くなっていた。フード越しでもジェリダとルベルは寒さを感じていた。そとはまだ雪が積もっている位置ではなかったのだが、洞窟は雪山に入ったのではと感じるほど寒い。竜種の血を引くサウファは着込んでいるが、やや辛そうだった。
「サウファ、大丈夫?」
「はい…。私の事は気になさらず。ちゃんとついて行きますから」
「本当に無理なときは必ず言ってね」
「はい」
サウファの状態が心配だが、立ち止まっていては調査が進まない。三人はさらに奥へと進むことにした。奥に行くにつれて、何やら臭いがしてきた。その臭いは甘ったるく、どろりと人を沈み込ませる様なものだった。
「ジェリダ様、これは……」
「私もこの臭いは嗅いだことがある」
そう、その臭いは死臭だ。ルベルは一緒にいた奴隷が死んだときに、ジェリダは村で飢え死んだ仲間を喰らった時に嗅いだことがあった。奥へ進めば進むだけ臭いも濃くなってゆく。
そして、三人はその死臭の発生源へと辿り着いた。
そこには無造作に骨やまだ少し肉の残った人型の死体が十体ほどは転がっている。その側には小ぶりな角や衣服が落ちていた。
「これ……飛竜に連れて行かれた村の皆です……」
サウファは口元を押さえんがらそう答えた。
「レンガさん、ナリータ、レンファおばさん…………」
衣服などで分かるのはそれくらいだった。小さな子まで攫われた様で、近くに人形があった。
「これは、後で運ぼう。お墓を作ってあげたいでしょ」
「はい……」
サウファは滲んでいた涙をゴシゴシと拭った。ジェリダはぞわりと気配の塊を感じ取った。それと同時に、グルルルルという低いうなり声が聞こえた。それは、一つや二つではない。ジェリダは一番音が多い上方を見た。
そこには、三十体は飛竜が爛々と光るその目をこちらに向けていた。鋭い爪で岩壁に垂直にしっかりとくっついている。また、洞窟の奥からも多くの飛竜の目が光っていた。後方も、いつの間にか塞がれ、完全に退路を塞がれた。
(直前まで気配に気づかなかった!? この耳があるのに…!)
「ジェリダ様、これは前に進むしか……」
「そうね。ただ、動けば上空からも飛んでくる。ルベルは前方の飛竜を蹴散らして突破口を作って。私は上空と後方の飛竜を牽制する。サウファは絶対に私から離れないで」
「はい!」
「行くよ!!」
ジェリダの号令と共にルベルは前方の飛竜に向かって駆けだした。
「はああああ!!」
気合いの声と共に飛竜に斬りかかる。飛竜の鱗は硬いが、ルベルの剣を通さないほどではない。ルベルは今までジェニオに鍛えて貰った剣技を存分に発揮していた。ジェリダは上空と後方に巨大な炎蛇を繰り出し、洞窟内に火柱ができていた。その炎の明かりは洞窟内を明るく照らし、全体の飛竜の数がはっきりと見えた。ここまで大きな炎の蛇を出したのは初めてだった。
(数は五十ぐらいか。まだ有効な攻撃が与えられてない。これはもうとりあえずこの場所を塞ぐしかないか)
ぐるぐると渦を巻く炎とその勢いに飛竜は身動きを取ることができず、じっと炎に耐えている。ただ、耐えていると言うことは、攻撃がたいして効いていないということだ。後方の飛竜は体を焼かれながらもじりじりと距離を詰めようとしていた。
「ジェリダ様! 今です!」
ルベルが前方に突破口を開いた。倒された飛竜が何体か転がっている。ジェリダはサウファの背を押した。
「サウファ、先に走って! 私たちはこいつらを足止めしてから向かうから!」
「は、はい」
サウファはやや戸惑いながらも、ルベルが開いた突破口を駆け抜けた。ジェリダはサウファの進む道を照らすために光球を飛ばしてやる。
ジェリダはサウファが走り抜けたのを確認して、さっとルベルの元に駆け寄る。ジェリダオ攻撃がやみ、好機とみた飛竜は一斉にジェリダとルベルめがけて飛来する。だが、ジェリダはその飛竜を遮るように、目の前に巨大な岩壁を出現させた。
下からぐんぐんと岩壁は洞窟内を塞いでいく。馬鹿ではないらしい飛竜は岩壁が完成する前に突破しようと上空へと向かった。だが、ジェリダの岩壁の方が一歩早かった。飛竜は惜しくも行く手を阻まれた。
「っ…………」
「ジェリダ様!!」
ジェリダは覚えのある目眩を覚えてフラついた。それをルベルが素早く支える。
「あんな大技ばかり出すからです。またMPが切れているんでしょう」
「だい、じょうぶ。ポーションはまだあるから…」
今回は村人達を治療した時の比ではない疲労感と目眩だった。ずっしりと重たい荷物を背負わされたまま、ぐるぐると回されているような感覚だった。ルベルが鞄からポーションを取り出し、口元にあてる。ジェリダはゆっくりとポーションを口に含む。全て飲み終わるとなんとか目眩は治まった。が、疲労は少々残っている。これは初めてMPを短時間で消耗させたからだろう。
「もう大丈夫。ありがとう、ルベル」
「もっと、俺に頼ってください。俺はジェリダ様の元に来たときより、幾分か強くなりました」
そういうルベルの目は真剣だった。ルベルの腕は奴隷だった頃よりずっと肉がつき、筋肉がつきにくいエルフではあるが、筋肉もあの頃よりついている。剣技もジェニオに師事し、強くなっている。
「そうだね。ルベルは私が完全に守らなくてもよくなってきてるんだもんね……」
「そうです。だから、もう少し頼ってください」
「うん」
ジェリダが頷き、立ち上がった瞬間、奥から悲鳴が聞こえた。
「きゃああああ!!」
「サウファさん!?」
「行くよルベル!」
二人は駆けだした。ジェリダの耳ではそんなに遠くにサウファが行っていないのが分かっていた。少し走ればサウファにくっついて行かせた光球がぼんやりと見えた。
それを目掛けて二人は走る。そして、二人が目にしたのは浮かび上がる魔方陣に幾重にも縛られ、苦しむサウファの姿だった。
次は11月6日21時更新です。




