第73話
村に戻ると寝静まっていたはずの村人たちが外に出てきており、その中心にセリオの保護者、ドリーンが心配した表情で立っていた。そして、セリオがジェリダたちと共に森から帰ってくると真っ先に駆け寄った。
「セリオっ! どうしてお前はっ……怪我は? どこか痛いところはないかい?」
「おばさん、ごめんなさい。でも聞いて! あの冒険者のお姉ちゃんがみんなの傷を治してくれるって言ってるんだ!」
「それは! ……でもいいんですか? ジェリダさん」
「ええ、セリオと約束しましたから。こんな夜になってからで申し訳ないですが、怪我人の治療をしますからその場所へ連れて行ってください」
「セリオを救い、飛竜を追い払うだけでなく、怪我人の治療まで…! 本当にありがとうございます」
ドリーンが頭を下げると村人たちも次々に頭を下げた。
怪我人が集められている場所に案内してもらう。怪我はおおく、三十人近い人数が数件の家にて治療を受けているらしい。
ジェリダは最初に重症を負っている人たちの所へと案内してもらった。
そこには体中包帯に巻かれ、その包帯にも血が滲んでいる者たちばかりが横たわっていた。中にはヒューヒューという呼吸をするものまでいた。あのままでは数日と持つかどうか。
ジェリダは虫の息になっている者の側へ膝をついた。包帯で顔が見えないが体格的に男だろう。ジェリダは男に杖を翳す。すると杖が白く発光し、男の体を包み込んだ。
背後で村人たちが固唾を飲んで見守っているのを感じる。白い光は包帯の隙間から見えていた傷をみるみる塞ぎ、すべての治療が終わると白い光はスゥっと消えた。
「う…あ? 痛みがない……?」
先程まで虫の息だった男は小さく掠れた声で呟くと、ゆっくりと手をあげ、掌を握ったり開いたりした。
「あなた!!」
様子を見ていた村人の中から飛び出したのは、その男の妻だった。ボロボロと涙を溢しながら男に抱きつく。
「よかった……! よかったよぉ〜」
男は上体を起こし、顔に巻かれていた包帯を取ってゆく。そして、自身に抱きつく妻を見て涙を滲ませた。
「お前…、怪我はなかったのか! よかった……」
「よくない!! 私を庇ったせいであんたは大怪我を……うぅ」
妻はその当時のことを思い出したのかさらに涙を流した。
「すまない、心配かけたな。でも、俺の傷は誰が治してくれたんだ?」
「ジェリダさんよ! 私たちを救いに来てくれた冒険者なの」
そう告げると、怪我が治った男も見守っていた村人たちも一斉にジェリダを見た。
そして全員が歓喜の声を上げた。
「あんなに重症だったのに治ってるぞ!」
「こんな力のある冒険者が来てくれたなんてっ…!」
「これで俺たちは救われる!!」
村人たちの喜びようにジェリダは苦笑いしていたが、隣から小声でルベルが話しかけてくる。
「よかったんですか、全て綺麗に傷を治してしまって。彼らの中にあの時にように悪用しようとする者が現れたりしたら……」
ルベルの言う「あの時」とは、ジェリダとルベルが出会って間もない頃に、ガラの悪い冒険者に絡まれて相手を殺してしまった件の事だろう。
「その時はその時って感じだけど、その心配はこの様子じゃ無さそうに思えるけど。でも、もしそんな考えの人が現れても、私が手を下すまでも無く他の村人たちが許さないんじゃないかな」
「それもそうですね」
小さな村で寄り集まっている彼らの事だ、村人の中で揉め事があったときの解決策は作っているだろう。
ジェリダはその後、次々と怪我人の治療を行い、重症者の怪我は全て綺麗に治した。しかし、手足の欠損などは時間が経ちすぎているためできなかった。それは教会に行っても同じだ。こればかりは仕方がない。
だが、治療した者たちはか細い灯火のような命を救ってもらったのだ。命あっての物種。生き長らえることができ、彼らは感謝の言葉を次々に口にした。
(ちょっと目眩がしてきた……。流石にこの人数の治療してたらMPも限界がくるか……)
「ジェリダ様? 顔色がよくありません。 MPの使い過ぎです。少し休んでください」
ジェリダの異変にいち早く気付いたルベルはジェリダを止めようとしたが、ジェリダはカバンからあのポーションを取り出した。
「これがあるから続けられる。大丈夫」
そう言ってジェリダが取り出したのはレントとピオとで開発したポーションだった。ジェリダはそのポーションを一気に飲み干すと、再び治療を再開した。
重傷とはいかないまでも、みな、怪我の具合がよくなかった。この人数や頻繁に飛竜が襲いに来るようでは衛生面がままならない。薬草も贅沢に使用することはできなかったのだろう、化膿しかかっている者もいた。
そして、ジェリダがすべての怪我人の治療が終わった頃には夜もとっぷりと更けていた。
「終わった……」
「お疲れ様です」
ジェリダはMPの消費以外の疲れでその辺にあった木桶に腰掛け、深くため息をついた。ちらと、周りを見れば怪我が治った親兄弟や親友と抱き合い、回復を喜ぶ村人たちがいた。
ジェリダはほんの少し、口元を緩めた。そこに、サウファがジェリダの元に歩み寄り、頭を下げた。
「ジェリダさん、飛竜を追い払うだけでなく怪我人の治療までしてくださり本当にありがとうございます。なんとお礼を言っていいか」
「お礼はまだでしょ。まだ私たちは飛竜を完全に倒したわけじゃない。私たちは飛竜を倒して初めて任務完了なんだから。それに、怪我人がいるなら見過ごせないでしょ」
見過ごせない、というのは半分素直な意味で、もう半分は恩を売るつもりでの意味だった。
「サウファ、飛竜は連続して襲ってくることは今まであった?」
「いえ、間隔を空けての襲撃ばかりです」
「そう、ならその言葉を信じて私は少し眠らせてもらうわ」
ジェリダは頭痛がしていた。MPはポーションで回復しているのだが、治療するのに意識を集中させたせいか、ズキズキとした痛みが頭を刺激している。
ジェリダとルベルは村長宅の物置に戻ってくると倒れ込むようにして布団の上に飛び込んだ。
「ジェリダ様、毛布をかぶってから寝てください。風邪を引いたら大変ですから」
「うん……」
そう返事したジェリダだが、ピクリとも動こうとしない。すでにジェリダは半分眠りかけていた。ルベルは自力で動こうとしないジェリダから靴を脱がし、一度抱きかかえてからベッドに横たえた。そして、その上からそっと毛布を掛ける。その姿は普段はなかなか見せない年相応の姿だった。
その日、ジェリダは十時頃に目を覚ました。頭痛はすでになく、思考もすっきりとしていた。
「あ、おはようございますジェリダ様。お加減は大丈夫ですか?」
「おはようルベル。あなたもちゃんと休んだ?」
「はい。といっても俺は治療していないので、ジェリダ様ほど疲れていませんよ。それより、昨日は無茶しすぎです!」
「出た、小言ルベル」
「出た、じゃありません! いくらポーションがあるからと言って無茶していいわけではありません。現にポーションでも回復できない疲労があったではないですか!」
ルベルはジェリダの前で腕を組んで怒っていた。それは昨日のジェリダがMP切れや疲労で疲れ果てた事が心配でならなかったのだろう。ジェリダは少々心配しすぎだと思いながら言い訳をする。
「ちまちま治療するより一気に治療した方がみんなも安心するし、手っ取り早いからいいじゃない」
「村人の方々の精神面もありますが、俺はジェリダ様の体を心配しているんです。ただでさえジェリダ様は特異な固有スキルを有しているんです。いつ何があるか分からないんですよ」
「分かった、分かった。次からは気をつけます」
ジェリダは降参だと両手を挙げてそう言った。
「約束ですよ」
「お話中ごめんなさい。ジェリダさんの朝食ができましたよ」
そう言って部屋にやってきたのはサウファだった。早く起きたルベルとサウファはすでに朝食をとっているので、食べるのはジェリダだけだ。
「ありがとうございます、サウファさん。ではジェリダ様行きましょう」
朝食の時にジェリダが眠りについてからの出来事をサウファとルベルから聞いた。怪我人とその家族たちはそれぞれの家で久々に落ち着いた時間を過ごしたという。朝には何人もの村人が感謝を伝えたいと来ていたそうだ。
「あと、これらをいただきました」
「何これ」
「鱗だそうです」
ルベルが村人たちから預かっていたのは彼らの鱗だった。その鱗は彼らが奴隷商から狙われる理由の一つでもあった。竜の鱗は貴重だ。それは亜人である彼らのものであっても例外ではない。彼らの先祖に当たる竜種の鱗はたった一枚でも膨大な魔力が含まれている。その鱗は市場に出回ることはなく、国が管理するレベルで貴重なものだ。
亜人の彼らの鱗は先祖にはかなり劣るが、魔力は含まれている上、手に入れようと思えば手に入れられる。それがどんな手段だとしても。
鱗は貴族などの金持ちが装飾品として非常に欲しがる。そのため、サウファもその姿を見られたせいで奴隷商に追われることになったのだ。何せ、彼らからすればサウファは金の卵以上の価値があっただろうから。
「こんなに受け取って大丈夫なの?」
ジェリダはサウファを見るが、ストンと頷いた。
「みんな、本当にお二人に感謝しているんです。私たちはこの容姿もありますが、お金もなくて協会に行くことができません。そんな私たちを差別することもなく、無償で治療をしてくださったこと、セリオを飛竜から助けてくださったこと。この村を代表してお礼申し上げます」
サウファは深々と、ジェリダに向かって頭を下げた。
「頭を上げてサウファ。私たちは当たり前の事をしただけ。あなたに依頼をされているということを差し引いても、助けるのは当たり前よ。それに、お礼はまだ早いっていったじゃない」
「まだ飛竜の件は解決していませんから。でも、きっとこの村を助ける力になれるかと思います」
二人はありがたく鱗をもらい、飛竜についての調査を行うことにした。
◆◆◆
その頃、明けの塔のイアンはジェリダたちが滞在する村から南、大木な洞窟の中で苛ついていた。
「クソッ、あのガキまた邪魔しに来やがった。どうもあのガキとは巡り合わせがよくないみたいだな」
彼がいる洞窟には何百頭という数の飛竜がいた。何対もの目がギラギラと光っている。
「まだ魔力が足りない……。だが、あのガキに近づくと邪魔されるのは目に見えてるしなぁ」
そう言ってイアンが見つめる先には巨大な魔力の結晶に閉じ込められた黒い竜がいた。その目にはすべてを呪わんとする怒りと憎しみが籠もっており、怒りの形相のように見える。
「しゃーねーな。これだけの計画だ。犠牲を惜しんでちゃ進まねぇわな」
そうして、イアンは不気味に笑った。
次回は10月24日21時に更新します!




