第7話
トールの森に向かってジェリダが真っ先に向かったのは、昨日あの男たちを殺した場所だった。
そこにはもう死体はなく、地面に付いていた血も洗い流され、魔物が寄って来ないように浄化の魔法も掛けられていた。
「ジェリダ様、どうしてここに」
「え? 昨日はここで薬草採れなかったから、ここで最初に採ろうと思って」
「そう、ですか」
ジェリダにここに来た理由に深いものはなかった。ただ、昨日薬草を採り損ねたから来ただけ。殺した相手にいつまでも執着する様な考えはなかった。
ルベルは少し複雑な心境だったが、自分の主がこう考えるならボロを出さないように自分も冷静に努めようと、薬草採取に励んだ。
朝の森は少し湿り気を帯びていて、摘み取った薬草に朝露が付いている。町中では決して味わう事の出来ない森の香り。その中で過ごしていると神経が研ぎ澄まされる感覚がある。だからだろうか、その時ルベルは、近くに不吉なものがいることを感じ取った。
「ジェリダ様、この近くに何かいます」
「ん? 何かって? 特に聴こえる範囲には――」
何もないと、そう言おうとしてジェリダも何かに気が付いた。それは足音だった。だが、人のものではない足音。地を揺らすかのような足音が一つ、近づいてきていた。
「今聴こえた。何か大きな生物の足音が聴こえる。絶対に人じゃない」
「とにかく草むらに隠れて様子を見ましょう」
二人は近くの草むらに入り、気配を殺す。足音は次第に大きくなり、ルベルでも聴きとれるほどになり、やがてその姿を現した。
「グルルル」
現れたのは大きなボアだった。そのボアは通常のボアとは対格差が違うのは勿論のこと、その毛色も違っていた。
通常のボアは茶色の毛並みに少し赤色が混じった色をしている。だが、二人の目の前にいるボアは緑色の毛色をしていた。少し尻尾の方に赤色が混じっているものの、これは大きさ、色共に規格外の魔物だと言えた。ジェリダは身を隠しながら、鑑定を使った。
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名前 なし
種族 ボア亜種
称号 森の主
LV 33
HP 469
MP 185
《スキル》
威圧 LV 3
咆哮 LV 2
《固有スキル》
主の風格 LV 1
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魔物には職業や年齢というものを分っていないためか、表示されなかった。そして、この大きなボアはどうやらこの森の主であるようだ。牙も普通のボアとは比べ物にならない程大きく立派だ。一番太い所で、木一本分の太さでもあるのではないかと思えるほど大きかった。
(主の割にレベルやスキルが低いな。森に敵となる魔物がいなかったのか、まだ主になったばかりなのか。とにかくリリィさんが言ってたみたいにレベルは30以上あるな……)
ジェリダが鑑定で見ていると、ボア亜種はクンクンと鼻を鳴らし出した。先ほどまで二人がいた場所も地面に鼻を押し付けて匂いを嗅いでいる。
「グルルルルルルルル……」
森への侵入者の匂いに低いうなり声を出す。気に入らない、とでも言うように。しばらく辺りを嗅ぎまわっていたが、興味を無くしたのか森の奥へと消えて行った。しばらく草むらに隠れて戻って来ないのを確認してから二人はようやく草むらから出て来た。
「流石にあれは肝が冷えました」
「あれがさ、私が予言したいいことだと思うんだけど」
「……ジェリダ様、まさか」
嫌な予感がする。そう思いながらもルベルはニマニマと笑うジェリダに問いかける。すると、本当にいい笑顔でジェリダは言った。
「もちろん、あれを倒しに行くことだよ」
「駄目です!」
「どうして? あのボアは亜種だけどレベルも33だし、スキルのレベルも低い。そして何より知能が低そう。これなら奇襲を掛ければ私たちでも十分に倒せると思うんだけど」
「ジェリダ様は俺よりもレベルが高いですが、俺はまだレベルが2です。いきなり30越えの魔物相手では俺は足手まとい以上です」
「そこは、私が上手く援護するし、付与魔法でルベルの身体能力や剣を強化すればいいし」
「ですが……」
なお言い淀むルベルにジェリダは最終手段を取る。
「ルベルは私よりも強くなりたいんでしょ? だったら、ここであのボア亜種を倒せたら自信にもなるし、何よりレベルが大幅に上がると思うんだけど、どう?」
「っそれは!………………そうですね。レベルを早く上げたいのは事実です。それに俺はあなたのもの。付き従うのが役目です」
「そんな堅苦しくならなくてもいいんだけど。じゃ、手っ取り早くレベルを上げるためにあのボア亜種が他の冒険者に狩られる前に倒しに行こうか」
「はい」
二人はボア亜種が去って行った森の奥に、足跡を辿って入って行った。
奥は森の入り口付近に比べると大きな木が多く、少し暗い印象だった。道らしい道はあるものの、ボアが通ったのは獣道。足跡を見失わないように慎重に進む。途中で何匹かのゴブリンと出くわした。
「はああっ!」
ルベルのレベルを上げるためにもジェリダは付与魔法を使ってルベルの身体能力強化だけに努めた。二人揃っての戦闘はこれが初めてだったが、中々にいいチームワークが取れていた。
ジェリダは昨日購入したばかりの杖に魔力を通し、ルベルの強化を行っている。その時は新しく手に入れた無詠唱スキルを試すため、呪文を唱えず付与魔法を使っていた。
(あの時は必死だったから簡単にできたけど、今は少しでも気が緩んだら魔法が途切れそう)
そもそも、呪文を唱えて魔法を使ったことがないため、まだ魔法を使うという感覚を掴み切れていない。そのため今はその感覚を掴みながら魔法を発動しているという、かなり綱渡り的な状態だ。だが、それもほとんど最初まで。三回目の戦闘では既に無詠唱で魔法を使うことに慣れて来ていた。
合計して十二匹ほどのゴブリンを全てルベルが倒し切った。
魔物を倒せば目には見えない経験値というものが取れる。それを獲得することによって冒険者はレベルを上げていく。ソロで冒険をしている者ならば倒したときの経験値は全てその倒した本人に流れる。パーティーを汲んでいるときは倒した者に半分の経験値が行き、仲間の人数によって残りの経験値が振り分けられている、らしい。
この経験値というものはレベルが上がる際の説明として言われている理論なのだ。見える者がいないため、理論で説明するほかない。経験値は恐らく存在するが、それを証明するまでには至っていないのだ。
ただ、経験値を貰えるのは冒険者だけということはない。冒険者ではない者にも経験値は溜まっていく。それはどのようにして溜まるのか。
魔物は意外と身近に色々と生息している。畑を荒らす小さな魔物ならば冒険者でなくとも斧や鍬で倒すことが出来る。それ以外にも、小さな虫の姿をした魔物もいる。普通の虫とぱっと見区別はつかない。そのまま叩いて殺せばそれでも経験値は微量ながら獲得できる。だから、冒険者以外でもレベルは低いが若い大人ならば、平均してレベル5ぐらいにはなる。
そして、一般のエルフの十五歳からすればかなりレベルの低かったルベルは、ゴブリンを倒したことによってレベル2から9まで上がっていた。ジェリダもそのおこぼれに預かり、レベルが2上がっていた。
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名前 ジェリダ
職業 魔法使い
種族 人間
年齢 13歳
称号 なし
LV 15
HP 350
MP 465
《スキル》
鑑定 LV 9
魔法基礎 LV 9
回復魔法 LV 9
死霊魔法 LV 8
付与魔法 LV 8
格闘術 LV 1
拳術 LV 2
護身術 LV 1
威圧 LV 2
体術 LV 1
剛腕 LV 2
柔術 LV 1
手加減 LV 1
足音遮断 LV 1
索敵 LV 1
夜目 LV 1
回避 LV 1
投擲 LV 1
暗殺術 LV 1
短剣術 LV 1
聴覚強化 LV 1
回復詠唱 LV 1
神聖魔法 LV 1
白魔法 LV 1
無詠唱 LV 1
自己回復 LV 1
《固有スキル》
悪食 LV 10
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名前 ルベル
職業 剣士
種族 エルフ
年齢 15歳
称号 異端児
LV 9
HP 345
MP 179
《スキル》
弓術 LV 2
剣術 LV 3 up
槍術 LV 1
短剣術 LV 1
投擲 LV 1
《固有スキル》
緑の恩恵 LV 1
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「ルベル、結構レベルが上がったね」
ゴブリンから剥いだ耳などを鞄に詰めながらジェリダはルベルのレベルが上がったことが嬉しそうだった。
「はい、一気にレベルが上がったからか、力が漲るようです」
一回目の戦闘よりもルベルの動きはよくなっていた。その証拠に剣術のレベルが1から3になっていた。ボア亜種を追っている合間での戦闘ではあるが、目標のレベルアップはかなり達成できたと言えるだろう。
「ちょっと距離が出来ちゃったかもしれないし、戦闘もほどほどに本格的に追おうか」
そうジェリダが言った時、その聴覚強化が働いているその耳であの足音を聴きつけた。
「やばい」
「え?」
ジェリダの言葉の意味が分からずルベルが訊き返した時、現れた。
「プギィィィィイイイイイイ!!」
ジェリダが聴いたのはボア亜種が猛スピードで向かって来る足音だったのだ。ボア亜種は血の匂いと一度嗅いだ侵入者の香りで排除すべくやって来たのだった。
「プギィィィイイイイイイイイイイイイ!!!」
ボア亜種はスキル『咆哮』を使う。近くでその咆哮を聞いてしまった二人は、思わず耳を塞ぐ。咆哮には相手をひるませる効果があり、二人は体の力が入りにくくなっていしまった。
「くっ……」
ジェリダはこのままではまずいと、付与魔法を使って自身とルベルの筋力強化を行う。強化によって力が取り戻される。ジェリダの付与魔法のスキルが高いため、弛緩していた筋肉が強化され、咆哮の効果を打ち消したのだ。
咆哮が止み、ジェリダはあの炎の蛇を二匹纏った。そして、ジェリダ目掛けて突進を仕掛けて来たボア亜種に炎の蛇を向かわせる。蛇たちは二手に分かれてボア亜種の目を焼いた。
「ッギイイイイィィィィィイイィィィ!」
蛇はそのまま目玉を抉り取り、飲み込んでしまう。ボア亜種は悲鳴のような声を上げる。炎の蛇はそこで消滅する。
「ルベル!」
「はい!」
その隙をついてジェリダはルベルに合図を送る。ルベルは強化された肉体で跳躍し、ボア亜種の背中に乗る。目が見えなくなったボア亜種は背中に何かが乗った感触に、振り落とそうとでたらめに暴れ出す。それを少しでも抑えるためにジェリダは次に初めて使う植物魔法を行使した。
すると地面の草がずるずると伸びてボア亜種の足に、体を縛り付ける様に伸びる。ルベルに絡まないようにジェリダは初めて使う魔法を細かく調整している。
ルベルは動きが鈍くなったボア亜種の大きな背中を頭の方まで走る。だが、ボア亜種の方も必死に抵抗し、絡みついた植物が次第にブチブチと引きちぎられ始めた。ルベルは思わずしがみ付いて振り落とされないようにボア亜種の毛にしがみ付く。
(やばい、全部引き千切られる! やっぱり蛇で体の中を焼いた方がよかったか)
ジェリダの頬を汗が伝う。慣れない魔法に初めての大物相手に柄にもなく余裕がなかった。それでも、ジェリダは冷静な判断を下す。植物魔法を使いながら次に土魔法を使った。
ボア亜種の腹の下、その土を魔法で操り固め、何本もの土でできた鋭い切っ先を一気にボア亜種の腹へと突き刺した。
「プギイイイイィィィィ」
その攻撃がかなり効いたらしく、ついにボア亜種はその場で動けなくなった。その隙にルベルは立ち上がってボア亜種のその脳天に剣を突き刺した。
「はぁあああ!」
ルベルの気迫と共に、ズプリとボア亜種の脳天に剣が突き刺さった。その一瞬、目をカッと見開いたボア亜種はそのまま目の光を失い、息絶えた。体からも力が抜け、土のトゲに突き刺さった姿となった。ジェリダは植物魔法と土魔法を解除した。ボア亜種の体は大きな音を立てて地面に倒れた。ルベルは倒れる前にボア亜種から飛び降りた。
「ふぅ……。お疲れさま。中々の大物だったね。これ、かなりの素材が剝ぎ取れるんじゃないかな」
「そうですね、かなりの荷物になりそうですが、その魔法鞄はかなりの重量でも入るみたいですし、持って行くのは問題ないでしょう」
顔に浴びたボア亜種の返り血を手の甲で拭いながらジェリダの側にルベルは歩いて来る。
「うわ、かなり血だらけになったね。また川で洗い流さなくっちゃ」
「あの時のジェリダ様よりはマシですよ。服もあまり汚れませんでしたし」
二人は大物を倒したにも関わらず、意外といつもと同じ会話だった。まだ自分達だけで大物を倒したという自覚がないようだった。ジェリダは自分の体に力が溢れているのを感じ、パラメーターを確認する。
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名前 ジェリダ
職業 魔法使い
種族 人間
年齢 13歳
称号 なし
LV 28
HP 606
MP 782
《スキル》
鑑定 LV 9
魔法基礎 LV 10 up
回復魔法 LV 9
死霊魔法 LV 8
付与魔法 LV 9 up
格闘術 LV 1
拳術 LV 2
護身術 LV 1
威圧 LV 2
体術 LV 1
剛腕 LV 2
柔術 LV 1
手加減 LV 1
足音遮断 LV 1
索敵 LV 1
夜目 LV 1
回避 LV 1
投擲 LV 1
暗殺術 LV 1
短剣術 LV 1
聴覚強化 LV 1
回復詠唱 LV 1
神聖魔法 LV 1
白魔法 LV 1
無詠唱 LV 3 up
自己回復 LV 1
《固有スキル》
悪食 LV 10
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名前 ルベル
職業 剣士
種族 エルフ
年齢 15歳
称号 異端児
LV 28
HP 790
MP 438
《スキル》
弓術 LV 2
剣術 LV 4 up
槍術 LV 1
短剣術 LV 1
投擲 LV 1
《固有スキル》
緑の恩恵 LV 1
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二人のレベルはボア亜種を倒したことによってかなり上昇していた。二つ目の職業を選ぶことが出来るレベル30までもう少しという所だった。
とりあえず二人は手分けしてボア亜種の素材の剥ぎ取りをすることにした。最初に冒険者登録をした時、リリィから受け取っていた魔物の素材が記載されている本で、ボア亜種を調べるが乗っていなかった。
「あれ、ボア亜種について載ってない……」
「本当ですね。どうしましょうか、とりあえず通常のボアと同じ部分を剥ぎ取りますか? 幸いボアはほとんど捨てる所がなく、肉も買い取って貰えるみたいですし」
ボアは食用としての需要があるため、捨てる部分はほとんどない。ボア亜種の大きさはかなりのものだ。これならば買い取って貰う金額はかなりの額になるだろう。
大きなボアの素材を二人で黙々と剥ぎ取る。一時間ほどして全ての素材を剥いで鞄に詰めることが出来た。
「すごい量だったね。なのにそれを鞄に入れてもまだ余裕があるってところも凄いんだけど」
ボア亜種の素材や肉を剥いで鞄に詰めたものの、まだ余裕があるよだった。かなりいい魔法鞄なのだろう。普通に買えば金貨十五枚ほどはしそうだった。これで重さは変わらないのだから魔法鞄の仕組みは不思議だった。
二人は来た道を戻り、昨日も血を洗い流した川でルベルの血を落とした。ジェリダも素材を剥ぐ時に血で汚れた手を洗う。その後は薬草を採取し、ゴブリンももう少し倒してから冒険者ギルドへと向かった。
「ええええぇぇぇぇええええ!!」
リリィの驚いた声がギルド中に響き渡った。ギルドにいた者も外にいた冒険者たちも、いったい何事かとリリィに注目する。そして、注目した者たちのその目は次にリリィの前にある大きな獣の皮に目を奪われた。リリィはあまりのことに言葉を失っている。その原因はジェリダとルベルが持ってきたボア亜種の剝ぎ取った素材にあった。
冒険者ギルドに戻って来た二人は薬草採取とゴブリン討伐のクエストを報告し、ついでに他の魔物から剥いだ物を買い取ってほしいと言われ、いいですよと答えたリリィの目の前にジェリダが鞄からボア亜種の毛皮を取り出し、リリィが大きな声を上げたのだった。
「ぼ、ぼぼ、ボア亜種なんて魔物は今まで発見されていません! この素材はどの冒険者ギルドからも発見の報告はありませんから、これは新発見と言えますよ!」
一気にギルド中がざわつく。そのざわめきに食堂からも冒険者が下りてくる。そして、ギルド長室からも何事かとラドックが出て来た。
「リリィ、何があった。お前らしくない声をだして」
「ギルド長! そ、それがですね。こちらのジェリダさんとルベルさんがボア亜種という新種の魔物のを討伐し、その素材を持ち込んできまして」
「なっ!」
ラドックもその報告に目を剥いた。
「……とにかく、そちらのお二人はこちらのギルド長室へ来てもらえるかな。その素材の事などで色々話がある」
「分かりました」
ジェリダは素直に返事をすると、その場に出していたボア亜種の素材を鞄に詰めて、受付嬢たちがいるカウンターの中に入り、その奥のギルド長室へと二人はついて行った。
その場に集まっていた冒険者たちは静まり返っていたが、次第にざわざわと噂しだした。
次は2日後の3月24日に更新です。