第59話
ポタリ、ポタリと血が滴る。
ジェリダは獣の爪を解除すると血を振り払った。殺した男の衣服で残りの血を拭い、路地から立ち去る。ルベルたちの元に行くと、既に片づけが終わっていた。
「ジェリダ様、どこに言っていたんですか?」
「ちょっと落し物した人がいたから、その人を追いかけてただけ。片づけありがとう」
ジェリダはスラリと嘘を吐いた。唯一真実を知っているピオもジェリダの演技に合わせて、普段通りに接している。だが、レントだけは違った。
「なんか、嘘吐いてねぇか? お前」
レントは何やらムスッとした表情でジェリダを睨む。だが、このような問い掛けに表情を崩すようなジェリダではない。少しも焦りを感じさせない表情でまた嘘を吐く。
「何言ってるの? 本当に落し物を届けに行ってただけだよ」
「…………あっそ」
レントは納得がいかないような口調だったが、これ以上言ってもジェリダが口を割らないだろうと考え、話しを切り上げた。
(う~ん、昔からレントは嘘に敏感だから、何か感じ取ったのかも。ま、レントは知らなくてもいい世界だし)
ピオはレントを昔からよく知っている。昔からレントに嘘を吐くと必ず疑われた。自分が完璧だと思っていても、レントは必ず何かを感じ取っていた。だが、ピオはジェリダがしてきた事をこれから先、レントに話す気はなかった。こういった裏の事はレントに教えたくないのだ。
「じゃあ今日はここで解散だね。明日は最終日だからお客さんが増えると思うし、しっかりと休んでね」
悪くなりかけていた空気をピオが明るくさせる。今の時間はまだ十時頃と早い。休養を取るには十分すぎる時間がある。ジェリダとルベルは素材の回収に、レントとピオは荷台を引きながら帰って行った。
◇◆◇
ジェリダ達が南区でポーションの配布を終えて帰っている頃、ジェニオは緊急でフィルム大国王都に呼び出されていた。
「ジェニオよ。そなたの知恵を借りたい。ここ最近、カラル国が不穏な動きをしているという。具体的に言えば武器を多く購入しだしていると、報告があった。これをそなたはどう思う?」
ジェニオの目の前にいるのはフィルム大国現国王、エルバート・レルフだった。通されている応接室は豪華な調度品が並び、周囲は人払いがされてあった。これはジェニオの強さを信頼してのものでもあった。
彼はまだ年若く、十八という歳で王位に就いた。大戦を起こしたのは前国王。その前国王がつい数年前に逝去した。まだ誰も前国王が無くなるとは考えてもおらず、慌ただしい中このエルバートが王となったが彼は優しすぎた。
前国王は賢王と呼ばれるほど政が上手い王だった。だが、その一人息子であるエルバートは優しく臆病だった。文には優れているが、武の面はからっきしなのだ。それは国にとって喜ばしい事ではなかった。大戦の遺恨はまだ根深く残っている今、国を引っ張っていける強い王がこの国には求められていた。
「私はカラル国が恐ろしい。また大戦のような事が起きれば私はこの国を率いていける自信がない。私はどうすればいい……」
絹のようにさらさらとした髪がエルバートの顔に影を作る。エルバートは自身の体を抱きしめるように、腕を組んでいる。
「エルバート様。そのような弱気を言ってはいけません。確かにカラル国が武器を多く輸入している事は私の耳にも入っています。 カラル国の目的は探っている密偵がいるのでしょう? 私も探ってみますからそう不安がられずに。
ですが、もし再び大戦になるような事があればあなたは勇気を出さなくてはいけません。あなたはこの国の王なのですから」
「そんな事を言っても……」
エルバートは王になる心構えができる前に玉座に座る事になってしまった。そんな彼の心の隙を利用しようとする家臣は多い。ジェニオは度々彼らを牽制し、このか弱い王を守っていた。
「はぁ……。エルバート様、いつまでも小さな子供のように振舞っていてはいけません。せめてその心を鍛える事が出来れば――」
そこでジェニオはある考えが浮かんだ。口元に手を当て、その発想が実現可能かシュミレーションする。
「ジェニオ? どうしたのだ」
「エルバート様、少しこの狭い王都を抜け出して見聞を広めに行きませんか」
「この王都を抜け出す…? だが、そんな事をしなくてもこれから各地の視察が始るぞ?」
エルバートはいままでこの王都を離れた事がない。だが、ここ数週間は初めて王都を離れ、様々な施設の視察に行く予定だ。
「いいえ、そのような視察よりももっと面白いものを見に行きましょう。大丈夫です。エルバート様が不在だとは気付かれないように、私が作った人形に代理をさせます。もちろん、周囲には魔法を掛けて人形だとばれないように」
そんな事をして、計画がもしもバレでもしたらジェニオの首は完全に飛ぶだろう。だが、ジェニオはこの世界に並ぶ者がいないと言われるほどの剣と魔法の使い手だ。よりによって彼に失敗などあり得ない。
「準備も必要ですので、明日の昼頃にお迎えに上がります。そこから先は私の人形があなたの職務をこなします。いいですか、この事は誰にも秘密ですよ」
最初の内はジェニオの話しに不安がっていたが、秘密という言葉に心を揺さぶられたのかエルバートはキラキラとした瞳をジェニオに向ける。
「分かった! だが、どこに行くのだ?」
「それは言ってからのお楽しみというものです。では、私はこれで失礼します」
ジェニオはエルバートに別れを告げて応接室を出た。
(あの王には経験が足りないのだ。もっと色々な事を経験して自信を付けさせるのが一番いいだろう。そのためには実践を積ませるのが手っ取り早い)
ジェニオはあの若き王、エルバートをダンジョンの調査に連れて行こうと考えていた。
やっと次回から、ダンジョン編らしくダンジョンへと向かいますよ!
次は7月28日21時に更新します。




