第58話
次の日。南区にてポーション配布の準備をしていたルベル、レント、ピオはややげんなりした表情をしていた。
「なぁ、これ絶対に着なきゃダメか……?」
「お金をジェリダさんが出してくれたのは嬉しいけど、本当にこれで効果あるの?」
「あ、あの…俺もこれ必要なんですか?」
そう言う三人が来ていたのは執事風の衣装だった。白のシャツにびしっと黒のタイと燕尾服が三人を彩っている。だが、その恰好が恥ずかしいのか落ち着かなそうだ。
「つべこべ言わない! 似合ってるからいいじゃない。ほら、あそこで固まってる子達を見てみなよ。三人を見て頬を染めてるじゃない」
ジェリダが視線を向ける先に三人が同時に顔を向けるとキャーという黄色い声が少女たちから上がり、パタパタと彼女らは逃げて行ってしまった。
「逃げたぞ。やっぱこの格好おかしいんじゃ……」
「あーなるほど。僕は理解できたよ。ジェリダさんの方がレントよりも商いに向いているんじゃない?」
「そう? ありがと」
ピオはジェリダが言わんとする所を察したようだが、レントは眉をしかめていた。
「は? ピオお前、何が分かったって言うんだよ」
「レントって変なところで鈍感だよね」
「何だと!」
「まあまあ、とりあえず今日はこれでポーションを配ってみましょうよ。俺にはこの衣装がどうつながるのか分かりませんが、試してみるだけいいじゃないですか」
怒るレントを宥めるようにルベルが二人の間に入る。ルベル自身もあまりこの衣装の必要性を分っていなかったが、ジェリダのする事に間違いはないだろうと信じていた。
ポーションを配る時間が近づいて来ると既に噂を聞いた人々が集まり出した。店の前に列をなす。さっき走って行った少女たちも列の中に混じっていた。そして、予定の時刻丁度になると、一斉にポーションを配り始める。
「どうぞ、使ってみてください。明後日には錬金術ギルドにて販売も致します。お嬢さん、是非来てくださいね」
「は、はいぃ…!」
ピオは女性客に極上の接客スマイルを向け、客として来ていた主婦は頬を染め、目をハートにしていた。この口調と、雰囲気はジェリダがここに来る前に指示してた事だった。隣で見ていたレントはピオの変わりように引いていた。が、ルベルはピオを見習って真似してみる。
「あ、あの。昨日も来てくださってましたよね? また明日は西区にて配りますので、来てくれますか?」
「行きます! 行かせてもらいます!!」
ルベルは少し訴えかけるような目で客の少女にポーションを手渡す。この少女もまた頬を染めて、ポーションを受け取る。
(な、な、何なんだこいつら! こいつらには羞恥心って言うもんがないのか!?)
両隣で女性客に対して甘い言葉や視線を投げる二人にレントは混乱していた。男性客には昨日同様、普通に接客しているのだが、女性客には優しすぎるぐらいの接客だ。ジェリダは客を並ばせるために三人の側からは離れているため、文句を言おうにも言えない。
「ねえ、ちょっとまだなの? ポーションが欲しいんだけど」
レントが混乱している間に、レントの前に並んでいた女性が少し棘のある声でレントを急かす。
(ええい! ままよ!)
レントはポーションを掴むと、女性客にグイッと突き出した。
「ほらよ! 持っていけ! ったく、何で俺がこんな事……」
「ありが、と……」
女性はポーションを受け取ると、何やらふわふわした様子で列を離れて行った。この時レントは、今だこの世界にて発見されていない何かを垣間見たのだ。そして、そのツンとしたレントの態度に心を打ち抜かれていた。
昨日よりも女性客に対する接客に時間を掛けたため、売りさばく速度は遅かったが、全てのポーションが今日も配り終わった。
「はぁ~。もー無理。何でこんな接客しなきゃなんねーんだ。何の効果があるって言うんだよ」
「は? レントまだ気づいてなかったの? 要は、俺達の顔目当てに来た客をこれからのお客にするため、そして錬金術ギルドの評判を上げるためにこの格好をしてたんだよ。そうでしょ?」
「そう言う事。ピオの方がよっぽど察しがいいんだけど。錬金術ギルドは商売人も兼ねてるんだから、これぐらい分からなくてどうするの」
「はあ? 俺達の顔目当てぇ? この平凡の顔に何言ってんだ」
ジェリダはレントを哀れむような目で見る。口を閉じていれば顔立ちは整っているのだ。だが、それを本人が気づいていない。宝の持ち腐れ過ぎてジェリダはため息を吐いた。
「レントって意外と馬鹿よね」
「はあぁ?」
ここまで自分の顔が平凡だと思っているのはピオが側に居たからかもしれない。顔立ちで言えばピオの方が上だが、レントにはレントの良さがある。ピオは爽やかであり、レントは少しやんちゃ系に見えなくもない。ルベルは少し甘えるような態度が上手い。ある意味、今日の客は三人の容姿目当てで来た者も少なくはなかった。そこを正確に読んだジェリダが服装を変えさせて、販売させたのだ。
「あんまり喧嘩してないで、片付け手伝ってください。明日にはこの配布も終わるんですから。その後はいつもの服装に戻れますよ」
一人黙々と片付けの作業をしてたルベルが、呆れていた。まだレントは何か言いたそうだったが、ここは自分が不利と見て片付けの手伝いに行った。
「さて、私はちょっと別の片づけに行ってくるね」
「了解です。でも、一人で大丈夫なんですか?」
「大丈夫。あっちの方に行ったのは分かってるから」
ジェリダは鞄の中に入れていたローブを取り出すとそれを羽織り、路地へと走って行った。
「このポーションに毒を混ぜて、奴らのポーションの評判を落として――」
「なるほど。信頼を得るのは難しいけど、信頼を落とすのは簡単だものね」
「!!」
路地にはジェリダ達が販売していたポーションを握る男がいた。右手には小さな紙に包まれた毒を持っている。
「てめぇ、このポーションの!」
「あなたブラウ商会の下っ端? ピオに聞いてて邪魔しに来るとは言ってたけど意外と行動が早いね。でも、大きな商会だって聞いてるのに、やる事はせこすぎ」
ジェリダは一歩男に近づく。男はジェリダの出す異様な圧に気圧されて動けない。ニヤリと悪魔の笑みを浮かべるジェリダ。その手には杖ではなく、獣の爪が生えていた。その爪を見た男は眼を見開き、恐怖の色を浮かべる。
「ば、バケモ――!」
「化け物で結構」
「――――っ!」
男の視界からジェリダが消えたかと思うと、一瞬で口を塞がれ、そして喉を爪で深々と突き刺されていた。ぐにゅりとした肉の感触が伝わる。そして、勢いよく爪を引き抜くと、まるで雨のように血が男の喉から吹き出す。ジェリダはその血を飛び退る事で回避した。パタパタと爪から血が滴っては、地面に吸われていく。男は一瞬で絶命していた。
ジェリダは血に濡れた異形の爪を眺め、心の一部が黒く塗りつぶされるような感覚を味わっていた。
次は7月27日21時に更新です。




