第44話
ジェリダとルベルの初となる野営は小さなテントで寝る事になった。
「いや、このテントではジェリダ様だけが寝てください。俺は外で寝ますから」
「何のために二人用のテントを借りたと思ってるの。いいから、ここで、寝るの!」
寝る前になってルベルは自然とテントを抜け出そうとしたのだが、ジェリダが訳を察知して引き留めた。どちらも譲る気がないようだ。
「あのね、私はルベルを信頼してるからいいって言ってるの」
「信頼してもらっているのは嬉しいんですが、色々と人の目などもあります。それに、外にいた方が怪しい者が近づいてきても撃退するのが早いです」
「どうしたどうした。何揉めてるんだ?」
二人の押し問答を聴きつけてやって来たのはカルムだった。丁度いいとルベルはカルムに援護を頼む。
「カルムさん、どうかジェリダ様に言ってください。例え主従でも同じテント内に寝るのは駄目なのだと」
「どうしてだよ。別にいいじゃないか。何が問題なんだ?」
「ほら、大丈夫じゃない」
「うぅ……カルムさん…!」
「えぇ~。だったらルベルが俺のテントに来ればいい。ちょっと狭くなるが、入れない事はない。それに、テントを近くにすれば問題ないだろ」
折衷案としてカルムはそう提案した。その際、ルベル小声で話す。
(どうせ一緒に寝たら眠れないとかそういう事だろ、お前。春が来てるな~)
「なっ……!」
ルベルは顔を赤くしてカルムを睨む。そのカルムはルベルの表情を見てさぞ楽しそうににやにやと笑っている。
「それならルベルもちゃんとした所で寝れるし、いいよ。私は文句ない」
「よし、じゃあルベルはこっちのテントに来な。明日も早いから俺はさっさと寝るから」
「……いつか仕返ししますからね……」
ルベルはまだ少し赤い顔でカルムへの恨み言を小さく呟いた。ルベルはカルムのテントに厄介になり、その夜を過ごした。
翌朝、と言っても太陽は昇らない。その為、時計と兵士達の体内時計でその日は目覚めた。寝ずの番だった兵士が起床の鐘を三回ほどゴンゴンと鳴らす。あまり鳴らし過ぎると魔物が寄ってくるかもしれないため、控えている。兵士達はすぐに起床して身支度を整えて、テントから出てきた。
「おい、ルベル起きろ。朝だぞ」
「ん…はい……」
カルムに体を揺すられてルベルはのそりと体を起こし、数度瞬きをすると少しだけ意識が覚醒した。
「ジェリダ様は起きてるかな」
テントを出て、ジェリダの寝ている隣に声を掛ける。
「ジェリダ様、起きてますか?」
「……・・・・・・おはようルベル。ふあぁ…」
ルベルの声で起きたようで、少し擦れた声とあくびがテントの布越しに聞こえる。ジェリダもルベルも比較的寝起きはいいようだ。
「おはようございます。起きて朝食を摂ったら一時間半後には出発らしいですよ」
「分かった」
ルベルがテントの中に引っ込むと、既にカルムは着替えて鎧を身に着けている最中だった。あまり高さの無いテントなので、座ったまま足の鎧を固定している。
「起きたみたいだな。俺は朝食作りの当番だから先にでるな。テント畳めるか?」
「任せてください。それが終わったら俺も手伝いに行きます」
「ああ、助かる」
そう言うとカルムはテントを出て行った。ルベルも身支度を素早く済ませ、テントの外に出る。ジェリダもほぼ同じタイミングでテントから出て来た。ローブを羽織り、杖を持っている。いつものスタイルだ。
「初めての野営は大丈夫でしたか? 体など痛めてないですか?」
「うーん。特には大丈夫かな。最近はベッドで寝てたけど、それまでは地面に寝てたわけだし。毛布があるだけ今の方がマシだよ」
それはルベルも同じだった。ぎゅうぎゅうの檻の中、ボロボロの、服とは言えない布を着せられ、ほとんど座ったまま固く冷たい檻の中で眠っていた。こんな地面で寝ても今更体は痛くならない。ジェリダも今まで屋根はあっても地面に寝ていた身だ。問題はない。
「意外と、野営って昔の生活と変わらない気がする」
「そうですね」
過去の事をこれほどさらりと言えるのはこれまでの環境が変えてくれたのかもしれない。最初の頃のジェリダは言葉の端々にトゲを感じたが、今では大分コントロールが出来るようになっている。ルベルも剣を習い、自信が少し付いた事でやや前向きになった。
二人はテントを畳み終えるとそれぞれの荷物に入れる。テントは借り物なので最終日に返す予定だ。
朝食をすませ、再び二階層の探索を開始した。それぞれの小隊に分かれて三階層への階段を探す。第一小隊は階段から真正面が西なので、左の道、南を調査している。複雑に枝分かれした道はほとんどが行き止まりで終わっている。いくつか坂になっていて下る事ができるが、ただ少し広い空間があるのみだ。昨日の野営地はその一部で行われた。
「全く見つかる気配がせんな……」
アイザックがそう呟いた時、ジェリダは魔物の気配を察知する。
「前方から魔物が接近してる!」
その言葉に全員が戦闘態勢を取る。数秒後、現れたのはコボルドの群れだった。十体はいる。
「グガアアアアア!」
棍棒を持ったコボルドが吠える。それをきっかけにして一気に襲い掛かってきた。
「〈スラッシュ〉!」
ルベルの一閃がコボルドの首を刎ねる。カルムがコボルドに剣を突き立てようとした時、後ろからコボルドが剣を振りかざすのが見えた。ジェリダは後方から普段使わない風魔法を発動し、コボルドを岩壁に叩きつける。
「グギャン!」
叩きつけられたコボルドは悲鳴を上げると、後ろへ落ちた。
「え?」
ジェリダが丁度叩きつけたその岩壁は衝撃でばらばらと崩れ落ち、そこから階段が出現した。カルムが階段へ転がって行ったコボルドを追って、止めを刺す。
「隊長! 階段は下に続いています。これが三階層への階段なのでは」
「うむ、他の隊を集めよう。合図を鳴らせ」
「はい!」
カルムは懐から笛を取り出すと、大きく息を吸ってピィーと長く吹いた。その合図は二階層に響いた。この音は人間には何ともないが、魔獣にとってはあまり心地よいものではないらしく、吹き鳴らしても寄って来ない。
カルムは笛を鳴らし終えると、あらかじめこの笛を鳴らした際に集まる場所を指定していたので他の兵士数名と共にそちらへ向かった。カルムたちの案内で他の小隊が階段の場所まで集まった。
「ここから三階層へと下りる。また魔物のレベルが上がるかもしれない。慎重に行くぞ」
二階層だけでもイレギュラーな魔物のレベルの跳ね上がり方だった。これ以上魔物のレベルが上がるようならば、一度地上に戻って隊のメンバーを編成しなおさなくてはならない。
長い階段だった。この分ならばかなり地下まで下りているだろう。そして、やっと会談の終わりが見えた時、そこには別世界が広がっていた。
「これは……」
目の前に広がっていたのは石で作られた家々だった。ダンジョン内に家があるなど、これが初めての事だ。石の家は何処から石を運んで来て作ったというより、掘削して家を形作ったようだった。現に、地面と家はくっついたままできている。
「だれかここに住んでいるのか?」
「各隊分かれて住民がいるか確認しろ」
「その必要はありません。私の索敵スキルを使ってもここには誰もいません。ただ、奥に魔力を感じるので魔物がいる可能性があります」
ジェリダの索敵の範囲はかなり広がり、半径四十メートルほどまで感知する事ができるようになっていた。それに加えてドロテオから得た魔力感知によって魔物かどうか区別していた。
「数は」
「およそ三十体」
「多いな。撃退は全隊で行おう」
隊は慎重に奥へと進む。できるだけ物音を立てないように。魔力を感じた範囲を取り囲むようにじりじりと距離を詰める。そして、目視できる距離まで来て相手を確認した。
グチャリ、グチャリと何かを咀嚼する音が聞こえる。そこにいたのはコボルドより大きな体格で、豚の顔をしたオークだった。
「ひっ!」
「!!」
「馬鹿が!」
オークの姿を見てローレスが小さな悲鳴を上げてしまう。何かの肉を食っていたオークは背後を振り返った。
「プギイイイィィィィイイイ!!」
敵かはたまた餌を見つけたオークは雄叫びを上げる。そして斧を振りかざしたオークが第一小隊の方へと一気に雪崩れ込む。
「仕方がない…ッ! かかれ!」
「うおおおおおおおお!!!」
周囲を囲っていた他の隊の兵士達も一斉にオークへと仕掛ける。すぐに反応したオークたちは半分ほどが第二、第三小隊へ標的を変える。オークは大きな斧を振りかざしながら兵士達を襲う。
「ぐあっ!」
「ヒ、ヒイィィ!」
経験の浅い兵士達が怪我を負い、悲鳴を上げる。経験のある者は何とか戦っているものの、オークの振るう斧の威力に負けそうになっていた。
「はああああ!」
そんな中、オークの斧をものともせず戦う若い兵士がいた。デリクだ。彼はオークの大ぶりな攻撃の力を上手く流しながら、腹を一突きにした。だが、オークの分厚い肉が剣を内臓まで通さない。
「なっ」
「ブヒィーー!」
ニンマリと笑ったオークがデリクに斧を振り下ろす。
「どけ!」
ギィンと、その斧を受け止めたのはカルムだった。振動が骨まで響いて手が痛む。剣を落としそうになるのを必死に堪え、カルムはデリクを庇った。
「な、何でお前が……」
「いいから! 背後に回って首を取れ!」
必死にオークの斧を受け止めているカルムから叱責が飛ぶ。デリクはすぐに立ち上がるとオークの背後に回って飛び上がる。
「やあああああ!!!」
ぐさりと、今度は深く刺さった剣がオークの首を刺し貫く。だが、体の大きなオークはそれだけでは簡単に倒れない。
「プギイイイイイイイイ!」
「うわっ!」
悲鳴を上げながらオークはデリクを振り落とそうと激しく動き回る。デリクは剣に掴まり必死に振り落とされないようにするが、オークが大きく体を捩った時。デリクは思わず剣から手を放してしまった。
「っ……!」
「デリク!」
デリクは遠心力で飛ばされる。その先には地面が割れ、果てなく続きそうな奈落の割れ目があった。カルムは駆け出してデリクに手を伸ばす。しかし、その手は僅かに触れ合っただけで、掴む事が出来なかった。カルムが絶望の表情を浮かべたその瞬間、デリクを追うように何かがその割れ目へと飛び込んだ。
「え、ジェリダ!?」
割れ目へと何の躊躇いもなく飛び降りたのはジェリダだった。カルムは驚愕の声を上げる。
「私がデリクを助ける。心配しないで!」
ジェリダはそう言葉を叫ぶと奈落の底へと落ちて行った。
次は6月12日21時に更新します。




