第39話
時間を延長してお待たせしました。
「ん………………えっ!」
ジェリダは寝返りを打ってから、勢いよく意識を覚醒させた。きょろきょろと辺りを見渡す。白い襖と障子で仕切られた部屋に、ジェリダは寝かされていた。小さな机と同じ大きさの箪笥。障子からは夜の帳が降りているのが分かる。ふかふかの敷布団に寝かされていた自分を見下ろし、ぽつりとつぶやく。
「あの後気を失った……?」
アオイが駆け寄って来てタチバナが応援を呼びに行ったのまでは覚えているが、それ以降の記憶がない。まだ少し頭痛がするが、ジェリダは布団から抜け出すと、障子を開ける。そこは庭に面しており、小さな虫たちの音楽が聞こえてくる。
「ジェリダ! 気が付いたのか!」
声のした方を見ると、アオイがホッとした表情で駆け寄ってきた。手には粥の乗った膳を持っている。
「もう大丈夫なのか? 一応傷を調べて医者にも見て貰ったが、魔力の一斉放出による疲労だろうと言われたんだ」
「ちょっとまだ頭痛がするけど、大丈夫。それよりあの後どうなったの?」
ジェリダは自分の体の心配よりもあの後を気にしていた。今は随分静かで、あんな出来事がつい数時間前まであったとは思えないほどだ。ジェリダの問い掛けにアオイは少し目を伏せて。
「ジェリダが気を失い、応援の者に任せた後、私達の動ける者は内乱の鎮静に当たったよ。だが、かなりの被害が出ていてな。コウリョク様派とスズナミ様派ではやはり遺恨が残ってしまった。武将五家の者達の一部にも死傷者が出てしまった。しばらくは対応に追われそうだ」
次に視線を上げた時には、アオイにしては珍しい、疲れたような乾いた笑みを浮かべた。
「さ、少し質素だが、腹を満たしてくれ。質素で済まない。今、外では各武将五家で備蓄していた食料を被害の出た者たちに配給していて、豪華な料理ができないんだ」
あれだけの内乱をたった一日で沈静化したのはひとえに武将五家の者たちの尽力あってこそだろう。配給も行われ、事は落ち着いているようだ。
「ううん、ありがとう。ありがたく頂くよ」
ジェリダはアオイから膳を受け取る。アオイはまだ後始末があるという事で、すぐに廊下を戻って行ってしまった。
翌日。ジェリダはすっかり頭痛も収まっていた。今朝はアオイはジェリダの元を訪れず、家に使えている女中が朝食を持って来てくれた。それを食べ終わると、ジェリダは膳を返しに行くのとともに、アオイの場所を女中に聞いた。その女中によると、アオイは武将五家で協力し合い、風見山に後始末をしに行っているとの事だった。さっそくジェリダは部屋に置かれていた杖を持ち、風見山へと向かった。
風見山にはジェリダによって切り落とされた狼虎の足がまだ回収されずに残っていた。
「その足は封印する必要はない。この場で焼却する。所定の位置に運べ!」
風見山の頂上で指揮を取っていたのはホオズキだった。まだ頬や頭に包帯が巻かれ、翼にも挿し木が巻かれていた。普段ならば翼を戻す事ができるのだが、折れてしまった翼は治るまで仕舞うことが出来ないのだ。
「アオイ」
「ジェリダ! 来たのか」
ジェリダがホオズキの近くで様子を見守っていたアオイに声を掛けると少し笑みを向けられる。アオイに釣られてホオズキもジェリダを見るとスッと硬い表情になった。それを瞬時に察したジェリダはホオズキを視界から外す。
「今何してるの?」
「ああ、狼虎の足をこれから焼却するんだ。あれだけの魔族ならすぐに足を復元させる。封印する事も無い」
「ねぇ、だったら燃やす前に少しだけあの足の肉を私に頂戴」
「駄目だ」
そう言ったのはホオズキだった。冷たい目がジェリダを見下ろす。
「部外者に狼虎の体の一部を渡して、何か問題を起こされる訳にはいかない」
「でも、あれは私の功績でしょ。私は冒険者。なら、自分のしたことを報告する義務がある」
ジェリダの言う通り、冒険者は新しい魔物やダンジョンなどを発見した場合、冒険者ギルドへの報告が義務付けられている。だが、そんな事は滅多にないうえに、報告はその冒険者の判断に任せられる。つまり、ジェリダが言っている事は事実だが、そこまで義務付けられている訳でもないのだ。
それに加え、ジェリダにはもう一つの目的があった。それはやはり悪食のスキルを使う事だ。そもそも、この国にジェリダが来たのは国が混乱しているのに乗じて兵の死体からスキルを得ようと思っていたのだ。それが、あんな大物魔族とやり合う羽目になり、そのせいで悪食スキルを使う期を逃してしまった。今はもう死体は全て埋葬され、簡易ではあるが卒塔婆が墓地に立てられている。
少しでも力を手に入れるため、ジェリダはあの狼虎の肉を食らってみたかった。バチバチとジェリダとホオズキとの間で火花が散る。そこへジェリダにとって助け船となる言葉が掛けられた。
「よいではないか。彼女はこの国から悪しき狼虎を追い払った英雄なのだから」
「コウリョク様! お怪我はどうなされたのです!?」
「ホオズキ、そなたの術のお陰で大事ない。そう慌てるな」
ホオズキの驚いた声にその場で作業していた者達が一斉に動きを止め、すぐにコウリョクへと膝を付いた。アオイもホオズキもその場に膝を付き、立っているのはジェリダだけだ。
「ジェリダ、そなたはこの国を救った。私からこの国の民を代表して礼を言おう」
ジェリダの前に来たコウリョクはジェリダに軽く頭を下げる事で感謝の意を表した。落ち着いた口調と、優雅な所作。上に立つ者として仕込まれた行動。誰も文句は言えない。もはやこの国を治める事が決まった、決まってしまったコウリョクからの言葉と礼はホオズキを黙らせるのに十分だった。
コウリョクは内乱が収まった後、ホオズキと共に帰還した。すぐに受けた怪我の治療が行われ、大事には至らなかった。だが、あれだけの混乱があった後だ。護衛が何人も付いている。
「私は以後、我が国を救ったジェリダと友好な関係を保ちたい。あの狼虎の足の一部で事足りるなら、持ち帰るがいい。私からもそなたの活躍、私の方から冒険者ギルドへと伝えよう」
「ありがとうございます」
ジェリダはコウリョクの言葉を受け、恭しく礼をした。このような時、普通の者であれば下心を持ってこの国へ来て、このような例を述べられようものならば罪悪感を抱くだろう。だが、ジェリダは平常心で、当然とは思わないまでもこれで憚りなく狼虎の肉を手に入れさらに、冒険者ギルドへと功績の後押しまでしてもらえるという事を素直に喜んでいた。
「そうだ。今日は宴を開かせよう。そなたたの功績を祝おうではないか」
「いいえ、それは結構です。まだ困っている人々がいる中、宴など勿体ない。その食料はぜひとも困っている人たちに振舞ってあげてください。それに、私はすぐに家へと帰りたいと思います。待たせている者もいますし」
「そうか。ならばこれを」
コウリョクは懐からしたためられた紙を取り出し、ジェリダに手渡す。
「これは?」
「この紙があれば困った時に我が国がそなたに手を貸す。その証明のような物だ。ホオズキ、彼女を元の場所まで送り届けてくれ」
「はっ」
狼虎の足の一部を袋に包んだものを受け取り、ジェリダはホオズキの描いた円の中に入る。
「ジェリダ、私を助けてくれてありがとう。また落ち着いたらそっちに行く」
「分かった。アオイ、元気でね」
アオイとジェリダは互いに最後の言葉を交わす。そして、ホオズキが円に入り、呪文を唱える。
「ありがとう!」
アオイがジェリダに手を振る。ジェリダもそれに応えて手を振り返した。そして、ホオズキの呪文が言い終わり、ジェリダは一瞬でその場から転移した。
つぎは6月3日21時更新です。




