第38話
狼虎は貫かれた足を力任せに蹴り出す。バキリと貫いていた楔が折られる。楔が狼虎の足から抜け落ちると、その足に大穴が開いている。バタバタと黒い血が地面に落ちるが、すぐに傷口は塞がって行く。
「ふんっ!」
狼虎はジェリダを踏みつぶそうと攻撃を仕掛ける。それをジェリダは後方に飛び退って回避。そして、すぐさま炎の蛇を狼虎目掛けて放つ。その炎の蛇は今までの対人用の大きさではなく、狼虎にダメージを与えるための巨大火力で形成されていた。蛇の全身は通常の赤色ではなく、青い炎となっていた。体長は狼虎に並ぶほどまで大きくなる。
「その程度の魔法で我が倒れると思うたか!!」
ぐるぐると狼虎を締め付けるように絡みついていた炎の蛇だが、狼虎が全身から放った瘴気で相殺されてしまった。
「うおー危ねぇー。あんな瘴気間近で喰らったら本気で死んじまうわ」
狼虎の肩に乗っていたはずの少年はかなりの高さがあったにもかかわらず、簡単に飛び降りて来ていた。少年は様子を見守るだけで、ジェリダに手出しをしようとはしていない。ちらりと少年はアオイとホタルたちへと視線を流す。
アオイは気を失ったホタルを守るように少年を睨む。その手はいつでも戦えるように、刀に置かれている。その心中では今すぐにでも少年に斬りかかって、首を切り落としたかった。だが、アオイから少年へと攻撃を仕掛ければ少年はホタルを狙うだろう。そう、少年の目が語っている。
しばらく両者は睨み合う。視線を最初に外したのは少年だった。興味を無くしたように視線を外すと、神社の屋根の上へと飛びあがった。
(今はあの女よりこっちの観察をしなきゃいけないからな。構ってる暇はねーんだよ)
少年が去り、アオイはホッと息を吐く。まだ気配は近いが、手を出してくる感じではない。アオイは狼虎とジェリダが戦っている間にホオズキをホタルのいる場所まで避難させる。そっとホオズキを横たわらせる。ホオズキは地面に叩きつけられた衝撃で意識を失っている。翼はボロボロで、右の翼が変な方向へ折れていた。
鳥獣人でないと翼の扱いは分からない。これ以上傷付かないよう、気を付けるしかない。そして、アオイはジェリダの戦いを見守る。加勢をしたいが、アオイは意識を無くした二人を守らなくてはならない。それに、アオイは加勢できるほどの技を持っていなかった。
上級の魔族になると魔力を籠めた攻撃でなくてはダメージにはなりにくい。スキルを使っての攻撃でも魔力は多少含まれているため有効だが、あれだけの大きな魔族に対しては虫に刺された程度の威力にしかならない。今、アオイが加勢した所で大きな魔法攻撃の出来ないジェリダは、邪魔にしかならないのだ。
そして、ジェリダはあれだけの大きな魔法を使っても相殺されてしまった事に、内心で舌打ちをする。
(あの火力を簡単に消し去るなんて。やっぱ上級なだけあるのか)
ジェリダは再び狼虎の足元に土の楔を造り、貫こうとする。
「何だ、もうネタ切れか? 二度と同じ手は食わぬわ! ――ぬっぐ!」
次から次へと伸び出てくる杭をへし折る狼虎。狼虎の意識が足元へ向いた所を、背後から巨大な楔が胴体を貫いた。貫いた所から楔に返しを付けて抜けにくくする。
「忌々しい……!」
胴体に深々と刺さった楔を手で掴むが、返しのせいでなかなか抜けない。
「うーん、デカいと動きが鈍いのかねぇ。あんなにあっさりと背後を取られるなんて」
黒装束の少年は狼虎を吟味するように見上げていた。狼虎の背後にジェリダが杭をつくり出していたのは見えていた。だが、警告をするでもなく、ただ少年は狼虎がどうするのか見ているだけ。まるで狼虎を推し量っているようだ。
ジェリダは楔を抜こうともがく狼虎に更に足の付け根へと楔を打ち込む。
「ぬううぅぅ!」
今の狼虎がここまで押されているのは完全に魔力が少ないからだった。本来の力を取り戻していたならば、ジェリダのような少女に推される事も無かっただろう。だが、ジェリダもそろそろ限界だった。ここまで大きな魔法を行使してきて、魔力の枯渇が見えて来ていた。一気に魔力を消費したせいで、ジェリダの体にはかなりの負担と疲労が襲って来ていた。
(もう一息……!)
ジェリダは力を振り絞るようにして楔をもう一本狼虎の左足の付け根に貫通させた。
「ぐあああぁぁぁああああ!!」
ジェリダのその最後の一撃で、宣言した通り狼虎の足を落とした。地面に狼虎の左足が地響きと共に転がる。
「あーあ。ただのガキにここまでやられるか。そろそろ加勢してやるかね」
黒装束の少年は地面を蹴ると、狼虎の胴体を貫いている楔を軽々と駆け登った。
「この辺でいいかな」
そう言うと、少年は自身の右手に黒い靄のような物を纏わせた。その靄が剣先のような形へと変化すると、少年は楔目掛けて振り下ろした。
「ぬ!」
振り下ろされた靄は切った側から楔の周囲より大きく広がり、スパッといとも簡単に楔を切断した。それに気づいた狼虎は楔の返しを無視して胴体を貫いていた楔を引き抜いた。
「ようやく加勢か、小僧」
怒りの籠った目で狼虎が再び肩へと乗り移って来た少年を睨む。だが、少年の表情はけろりとしていた。
「まぁまぁ、俺にもいろいろ事情があるんですよ。今は狼虎様の力も十分に回復されていないようですし、一旦ここを離れましょう」
「この我に引けというのか」
「現に体に空いた大穴と片足を形成できるほど魔力がないんでしょ? なら俺達のアジトに行けば回復も少しは捗るかと思いますが?」
「…………案内せよ」
少年に言われた事は事実のようで狼虎は提案を受け入れた。少年はカスミを引きずり出したのと同じように、狼虎の頭上に大きな黒い穴を生み出す。狼虎は翼を広げると穴へと飛翔する。大きな羽ばたきは周囲の物を巻き上げる。破壊された建物の破片や木の葉が舞う。
それをジェリダはただ見守るだけで手を出そうとしない。もう魔力を全て使い切ってしまった。襲って来た疲労に、気力だけで立っているのが精一杯だ。狼虎の体が、黒い空間内に全て飲み込まれるのを見届けると、ジェリダはその場に膝を付いた。
「ジェリダ!」
倒れたジェリダにアオイは駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「大丈夫……。ちょっと目眩がしただけ」
そう言って立ち上がろうとするが、ジェリダはふらりとよろめく。それを慌ててアオイが支えた。
「何が大丈夫だ。今まで戦っていたんだ、少し休め」
「おーい! 無事かーー!!」
アオイが怒ったようにジェリダを諭すと、タチバナがアオイの元へと駆け寄る。
「タチバナ! そっちこそ無事だったのか! あの男は」
「あの男なら逃げられてしまった。突然茂みに黒い空間が出たかと思うと、一瞬の隙を突かれてその空間に逃げられた」
そう言うタチバナは頬や腕を銃弾が掠めたのか、所々血が出ているが重傷という程ではない。
「タチバナ、すまないが応援を呼んで来てくれ。特にホオズキの翼が折れていて重症だ」
「分かった」
タチバナは一つ頷くと、元来た道を駆け戻る。
ようやく、大災害のような狼虎との戦いが終わった。
31日までテストがあり、更新できないため、次の更新は6月1日21時です。
[訂正」
ごめんなさい! 6月1日の22時まで延長させてください! 少しだけお待たせする事になり、申し訳ないです。




