第36話
「くっ……!」
「近くの繁みに隠れて!」
フィリップの放った銃弾を階段脇の繁みに左右に分かれて飛び込むことで回避する。だが、フィリップは二丁の銃で狙いを定めて再び発砲。右に避けたジェリダの頬を銃弾が掠る。そこから僅かに血が流れる。
「うーん、ちょこまかと動かれると綺麗に殺してあげられないんだ。じっとしていてくれないかな」
「自ら死のうとする者がここにいると思うか!」
アオイは左の繁みから飛び出し、フィリップに斬りかかる。
「おっと…」
フィリップはアオイの素早い剣捌きをいとも簡単に銃身で受け止めた。ぎりぎりと銃と剣で鍔競り合う。そんな最中でもフィリップは余裕の表情だ。
「こんな綺麗な女性に剣を持たせるなんて。この国の者は美しさを理解していないのかい?」
「余計な言葉は不要、だ!」
イラついたようにアオイが銃を押し返し、少し距離を取る。すると、フィリップの頭目掛けて矢が放たれた。それを予期していたのか、銃で弾かれてしまう。弓を放ったのは勿論ホタルだ。ホタルは繁みに飛び込んですぐに木に上り、フィリップを狙っていた。しかし、弓矢を弾かれたためすぐに場所を移動する。
ジェリダはホタルが移動する際の手助けにフィリップの動きを封じようと、茂みから蔦を魔法でまるで生き物のように操り、手足を拘束しようとした。それでもフィリップから余裕は消えない。銃を持つ手に蔦が絡みつく。そこへ目にもとまらぬ速さでもう片方に手にした銃で蔦を打ち抜く。その時、フィリップはトリガー付近に付けられた何かをカチリと、押していた。
「なんで……」
ジェリダが操っていた蔦は打たれた側からシュルシュルとただの蔦に戻り、茶色くなって枯れ果てた。残り三つの蔦も同様に、フィリップの銃弾に打たれれば、同じ結末を迎えた。
「これを見て驚くという事は、まだ魔法を使い始めて間もないのかな? まだまだ勉強不足だね」
フィリップが言っているのは銃士や魔銃士が使う銃弾の特殊性の事だ。その職業は昔、吸血鬼などと戦うための職業だった。今日では吸血鬼の数は減り、衰退しようとしていた。だが、ある者が銃に特殊な効果を付ける事によって吸血鬼以外の魔物が倒しやすくなった。
時代と共に様々な効果のある銃弾が作られ、今では魔法に対する銃弾まで出来ていた。それが、今フィリップが使った銃弾だった。
「このっ……!」
ジェリダはフィリップに炎の蛇を向かわせる。しかし、それも銃弾によって無効化され、炎の蛇は消え去る。そしてそのまま銃弾は真っ直ぐとジェリダ目掛けて飛んでくる。ジェリダは辛くもその銃弾を避ける事が出来た。その時に数本の髪がパラリと落ちる。
「女性が武器を持つなんて……。女性なら綺麗な物に囲まれているのが一番美しいのに。こうも攻撃されたら、この私でも反撃しない訳にはいかないじゃないか」
既にフィリップの銃に弾は残っていなかった。フィリップは両手に持っていたライフル銃を背に戻す。その一瞬の隙を見逃すほどその場にいた三人は愚かではない。優先すべきはホタルの矢。その妨げにならないようにアオイは一気に駆ける。
「まだまだ遅いね」
その一言と共に、いつの間にかフィリップの手には新たな銃が握られていた。先ほどまで使っていた物とは明らかに違う銃。大きなラッパのような銃口。それは海賊などが好んで使う銃だ。だが、一発撃てば火薬を詰めるなどの時間が掛かる不便な銃。弾は一発分。この男が狙いを外すなどあり得ない。
しまったと、アオイが思った時には銃口は脳天に狙いを定めていた。
「そこまでええぇぇぇぇえええ」
その声がしたのは上空からだった。その声には挑発スキルが発動していたため、意識を取られたフィリップは僅かにマスケット銃の軌道が上へと逸れる。アオイはフィリップに確実な一撃を入れるよりも、そのマスケット銃を刀で弾き飛ばす。
「チッ!」
フィリップはらしくもなく舌打ちをすると、上空から降って来る新たな闖入者のため、態勢を整える。ズシンと大きな音で空から降って来たのはタチバナだった。石畳の階段がタチバナの下りた際の衝撃で粉砕される。
「遅れて済まない。ここは俺とホオズキが預かろう。先に進め」
タチバナは流れるような所作で構えを取る。その気迫はアオイやホタル、ジェリダから感じ取っていた以上で、思わずフィリップはゴクリと唾を飲む。構えたタチバナの少し後ろにホオズキも静かに降り立つ。そして、ちらりとアオイに視線を投げる。
「早く行け、上から見た時境内に人影があった。そいつが狼虎童子の封を解く前に仕留めろ」
「分かった。二人とも、行こう」
ジェリダとホタルに声を掛け、三人は繁みを通ってフィリップの横を通り過ぎる。その間、フィリップはタチバナから目が離せなかった。少しでも目を離そうものならフィリップは完全に間合いに入られてしまうだろう。
(まあ、これ位の誤差は計算の内。あの鳥獣人の男が人影を見たという事は、もう間に合わない)
「では、銃と拳。どちらが強いのか、力試しといきましょう」
「俺がいるのを忘れると痛い目を見るぞ」
「魔力を使う術師など、私の敵ではありませんよ」
フィリップは新たな銃を再び手に持つ。その銃こそ、フィリップの伝説を作った本命のボルトアクションライフルだった。
「いざ!!」
タチバナが気迫の声と共に、足を踏み出した。
ジェリダは繁みを抜け、神社内へ足を踏み入れた時。その凄惨さに目を瞠った。それはアオイもホタルも同様で、足を止めてしまう。三人が見たのは神社内に倒れる宮司や巫女達の姿だった。
「なんてことだ……」
ホオズキが人影を見たと言っていたのはついさっき。その間、悲鳴も何も聞こえなかった。だが、その間に彼らは境内で殺されていたのだ。恐らく、ホオズキが見たというその人影によって。
神社内のどこを見ても生存者はいない。皆、急所を確実に斬られて絶命している。大量の血が流れ、神聖であるはずの神社に死の匂いが漂っている。と、ジェリダは索敵に引っかかる気配を感じた。勢いよく背後を振り返る。
「お、よく俺の気配に気が付いたな。ふーん。思ったよりここに来るのが早かったなぁ。あの優男をぶっ殺してきたのか? ま、何がどうであろうと、手遅れだけどな」
そこにいたのは黒ずくめの服を着た少年だった。闇に溶けるような黒髪に猫のような金の瞳。そこだけを切り取れば、どこかに居そうな少し勝気な少年に見える。その手に持った血濡れの暗器さえなければ。
「無駄足ごくろーさん。もうあんた達は手遅れだ」
そう言って少年は皮肉気に嗤う。暗器を持つ手の反対には小さな玉を持っていた。
「それは!! 狼虎の――!」
アオイは思わず叫ぶ。その反応に気をよくしたように、少年は笑みを深くする。
「ご名答~。なら、次に俺が何をするか分るよな?」
「待て!!」
少年は狼虎が封印された玉を高く掲げる。その意図に気が付いた三人は駆け出す。しかし、少年が玉を床に叩きつける方が早かった。
バリンと玉は粉々に砕け散った。直後、玉から凄まじいまでの瘴気が立ち昇った。
次は5月23日21時更新です。




