第34話
「カスミ……何を言って……」
カスミの発言にアオイは嘘であってほしいと思っていた。だが、現実は非情だ。
「嘘じゃないわ。さっきの狙撃もシナリオの内。ねぇ、アオイは考えたことない? あなたは自分がどうして普通の家に生まれなかったのかって」
それは、以前に蛍にした質問と同じだった。だが、あまりにも衝撃を受けすぎたアオイは何も答えられない。カスミも答えを欲していた訳ではないのか、言葉を続ける。
「毎日毎日、血を吐くような修行の日々。私は友達と普通に遊べる周りの子達が羨ましかった」
「カスミは当主になるのが嫌だったのか……? あの約束をしたのに…?」
「……そう、あなたは違うのね。アオイなら分かってくれると思ったのに。私がね、あなたを攫うように頼んだの」
アオイはその言葉に瞠目する。頭の中ではなぜ、どうしてという言葉が巡る。
「やっぱり、貴女が明けの塔と繋がってたのね」
だが、一方のホタルは情報を知りえていたようで、その声は落ち着いていた。
「そうよ。やっぱりあなたは知ってたんじゃない。なのにどうして、タチバナやホオズキに言わなかったの? 同じ当主だからって遠慮した?」
嘲笑するカスミにホタルはカッとなる。
「そんな訳ないでしょ! 貴女は、貴女は友達だから……!」
零れそうになる涙を必死に堪えて、ホタルは叫ぶ。それでもその言葉は、
「まだ私を友だというの? こんな事をした私を? ホタル、あなた、思ったよりも愚かね」
カスミの心には届かなかった。呆れたようにカスミは一つ息を吐く。そして槍を構える。ピリリと刺すような殺気をカスミは放つ。
「もう私は後には引けないの。邪魔をするなら今、この場で殺す」
それは本気の言葉であり、既にカスミは友を殺す覚悟ができていた。ホタルとアオイはまだ、その覚悟が決まらずにいた。この場でホタルが一番不利だ。遠距離からの攻撃を得意とする弓では、今の距離は近すぎる。それに、今カスミの攻撃範囲に入っているホタルは下手に動くと首が飛ぶ可能性もある。
アオイが刀に手を掛ける。じりっと足の位置を動かす。その時、
「はああぁ」
ジェリダはこの緊張した雰囲気に不釣り合いな大きな溜め息を吐いた。そして、
「なっ! ああああぁぁぁぁぁああ!」
地面を軽く杖で突く。するとたちまち、カスミを閉じ込めるように地面が盛り上がり、檻をつくり出す。すぐに槍で檻を壊そうとしたカスミの右手に土の棘が刺さる。二メートルはあろうかという長槍が手から落ちた。
槍を扱う者にとって絶対に必要となる手を血に染めたカスミは、痛みに顔を歪める。そして、その元凶となったジェリダを憎しみの籠った目で睨んだ。
「仲間だろうと何だろうと、敵に回ったなら動きを封じればいいじゃない。何も殺さなくてもいいんだから」
一人、冷静な口調でジェリダはカスミに近づく。地面に落ちた槍を容易に届かないように蹴り飛ばす。
この時のアオイとホタルは冷静さを欠いていた。ジェリダでも気付くような簡単な事に気づかない程度には。
「子供のくせに、何を達観したような口ぶりで……!」
「私よりも年上のくせに、何を子供じみたような理由でこの国をこんな状況にしてるの?」
ジェリダは冷めた瞳でカスミを蔑む。力を手に入れられる環境にありながら、それを不満だというカスミに怒りが湧いていた。
「このっ……!」
悪足掻きなのか、カスミは檻の隙間から怪我の無い左手を伸ばし、ジェリダの首を掴もうとする。だが。
「ぎゃああぁぁぁあああ!」
その左手でさえも右手同様、棘に貫かれる。その棘を伝って赤い血が流れていく。カスミは平気な顔をしているが、手首の動脈を貫かれてだんだんと血の気が悪くなってきていた。
「ジェリダ、カスミにはまだ詳しい事情を聴かなくてはならない。せめて止血を」
「そうだね。なら、こうしたらいいかな」
ジェリダはカスミの両腕を土の棘に貫かせたまま、回復魔法を使う。
「まて、待て…やめろ……やめろおおおぉぉぉおお!!」
カスミはジェリダがしている事の意味を悟り、必死に叫んだ。だが、その時には既に手遅れだった。
「これなら、解放しても槍は持てないでしょ。ま、槍以外の物も持てないと思うけど」
ジェリダはそう言って土の檻を解く。するとボロボロと土の檻は元の土塊に戻る。そして、カスミの腕を貫いていた棘もボロボロと抜け落ちる。ぽっかりと穴の開いた手首から〈・・・・・・・・・〉。
「あ……わああああぁぁぁぁぁぁああああ」
カスミの手首には大きな穴が空いたまま回復魔法によって傷口を塞がれてしまった。神経もズタズタだったため、穴の開いた先、指などをもう動かす事はできない。カスミは自身の腕を見て絶叫した。
その頃、タチバナとホオズキは転移した先の家でコウリョクとスズナミを助けるために尽力していた。
「湯と布を持って来い!」
「コウリョク様、スズナミ様、しっかりしてください。必ずそのお命をお助けします!」
コウリョクは急所からは球が外れていたが、出血がひどい。スズナミは心臓を撃たれているが、微かに生きはしていた。ホオズキは部下に指示を飛ばすとすぐに呪文を唱えだす。最初に回復系の呪文を唱え、次に寿命を少しでもゆっくりにする呪文を詠唱する。だが、この呪文を使えば魔力を大量に消費する。しかも、二人分となればホオズキの命を危うくしかねない。
「ホ……ズキ…。ぼくは、いいから……あね、うえを……ゴホッ!」
スズナミは光を失いつつある目でホオズキを見る。そして、震える手でホオズキの服を掴んで訴えた。もう限界はスズナミの方が近い。大量の血をその場で吐く。一気に肌の色が白くなる。もう少しで土気色になるのだろう。
「ですが、スズナミ様……!」
「ぼくより…も、あね……を…………」
それだけ言うと、スズナミは完全に目の光を失った。ホオズキの服を握っていたその手も冷たい床の上にぱたりと落ちた。
「スズナミ……スズナミは…?」
コウリョクは血を失いすぎて目の前が霞んで来ていた。今、すぐ近くで弟が死んだと知れば、今必死に命を繋いでいる気力すらも失いかねない。そして、そのままコウリョクまでもが命を落とす事になるだろう。それだけは、絶対に阻止しなければならない。
「くそっ……!」
ホオズキは自身の無力さを噛みしめながらも、呪文を唱える事に専念する。コウリョクは気が付けば意識を手放していた。その隙にタチバナは亡くなったスズナミの遺体を別の場所に移動するように指示する。目が覚めた時、さっきまで生きていた弟の死体があれば、きっとコウリョクは深い傷を心に負うだろう。
彼らは当主になるには早かったのかもしれない。選択を誤り、全ての事態が後手に回った。そして、自分達が守らなければならなかった者まで死なせてしまった。
その責任は、彼らの心に一生モノの重りを残すのだろう。
次は5月15日21時に更新です。
5月15日追記。
すみません。一日だけ更新を伸ばさせていただきます。楽しみにしていた方々、申し訳ありません。
5月16日21時に第35話を更新いたします。




