第15話
食事を食べ終わった後、ルベルは初めての稽古でかなり消耗をしていたのか、すぐに寝てしまった。ジェリダは少し索敵の練習をしてから眠りについた。
次の日はジェリダが言っていたように買い物の日となった。まずはルベル用の鞄を探しに行くことにした。小さな魔法鞄でいいというルベルの要望で、魔法鞄にするための小さな普通の鞄を探しに行く。
魔法鞄は名前の通り魔法を掛けて鞄の中を異次元のようにした特別な鞄だ。それを作れるのは魔法使いと魔女だけだ。ジェリダはそのための知識は職業を選んだ時から得た。魔法鞄を作れるのなら自分で作った方がかなり安く済む。魔法鞄を買おうとしても小さい物でも銀貨四十枚ほどする。魔法使いや魔女の数が少ないこともあり、中々数が出回らないのだ。そのため値段も高くなる。
ルベルは通りすがりで見つけた店でこの鞄がいいと言って立ち止まる。その鞄は腰にベルトのように巻くタイプのポーチだった。
「じゃあこれをください」
ジェリダが支払いをしようとするとルベルは慌てる。
「ジェリダ様! 俺が昨日貰ったお金で払いますから!」
「いいの。これで最後だから。私からのプレゼントとして受け取って」
「ジェリダ様……」
店主から鞄を受け取ると店を離れる。そして、人が少ない所で鞄に魔法を掛けて魔法鞄が完成した。
「初めて作ったから上手くいってるといいんだけど」
魔法もその力の籠め方や実力不足で失敗することは結構ある。今の所ジェリダは魔法を扱う上で失敗したことはないが、魔法鞄はかなり難しいものだというので流石に緊張しているのだ。魔法鞄で失敗とされるのは中に空間が上手くできていなかったり、重さが変わってしまうことだ。
「中に空間は出来てますね。じゃあ、試しにものを入れてみましょうか」
ジェリダの持っている荷物からいくつかルベルのポーチへと移し替える。小さなポーチだが、大体四十キログラムまでは入ると予想された。重さが変わるかは何か重たいものを一つ入れるだけで構わないので、今持っている全額を入れてみる。
今の所持金はルベルに渡した分のお金と鞄を買った時の額を引いても金貨三十一枚、銀貨五十五枚、石貨二十九枚ある。石貨は銅貨に替えずに持っているので数が多い。その額を全てポーチに入れて確かめる。
「特にずっしり来た感じもないですし、成功ですね」
「よかった…。失敗したらまた鞄を買わなきゃいけないから……」
そう、魔法鞄は複雑な魔法が必要なため、一度失敗すると元に戻すこともきちんとした物にすることもできないのだ。こういった不良品もよく市場に出回ってしまったりもする。買うときは要注意だ。ひとまずジェリダは、自分の魔法が成功したことにほっと胸をなでおろす。
完成したルベルのポーチに昨日渡した銀貨四十枚を入れる。そのポーチをルベルはさっそく腰に巻いて装着する。
「ありがとうございます。魔法鞄まで作って貰って。じゃあ次はどこに行きましょうか」
「次はやっぱり家の持ち主の所に行って家を買おうか」
「え、中を見なくてもいいんですか?」
「うーん、中って別に気にしないかな。あれだけ広かったらあばら家よりは断然マシなのは分るし」
今までボロボロの家で暮らしていた時間が長いジェリダは特に内装を気にすることはしない。最低限の雨風を凌げるならいいと思うぐらいなので、外装や庭で既に心を奪われているため即決しかないと思っていた。
「分かりました。場所はメモしてきましたし行きましょう。場所は西区の方みたいです」
ルベルは事前に家の持ち主の場所をメモして用意していた。ルベルの先導で西区へと向かう。西区と言ってもかなり広いが、西区でも南に近い所に住んでいるらしかった。人に少しずつ道を聞きながらようやく辿り着いた。
「すみませーん」
ドアをノックして様子を窺う。と、ゆっくりとドアが開いて腰の曲がった優しそうな老婆が出て来た。
「おや、どちらさま?」
「あの、貴方がお持ちの家のことで来ました」
「あらあら、あんなボロボロの家を買う人がいてくれたなんて。私はダリアよ。どうぞ中に入って」
ダリアに勧められるままに家の中に入る。今住んでいる家はとても小さく、郊外にあったあの家の半分以下しかない狭い家だった。中で飲み物を出されて本題を切り出す。
「あの、私たちあの家を――」
「あの家を買いに来たんでしょ? あの家の売値が銀貨七十枚だったと思うけど、もう私も歳だし、そんなにお金はいらないの。だから、そうねぇ、銀貨十枚でいいわ」
「え!」
ジェリダの言葉を遮ったかと思えばダリアはにこにことあの家は銀貨十枚でいいと言い出した。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったジェリダもルベルも驚いてしまう。
「あの、それでは売りに出している値段の七分の一ですけど本当にいいんですか?」
ルベルはもしかしてこのダリアが計算を間違えてこんなことを言っているのかもしれないと心配し、確認を取る。そんなルベルにダリアは心配しないでと優しく笑う。
「もうお金をそんなに持っていても継いでくれる家族もいないし、本当はタダで挙げたいぐらいだけど、私も少しだけ生活があるから銀貨十枚でごめんなさいね」
そう言って微笑むダリアに二人はお礼を言う。そのまま購入の手続きをして代金を支払い、その場で契約が完了した。
「あとの手続きは私がしなきゃいけないけど、もう持ち主は貴方達だから家に今日から住んでもいいわ。大丈夫よ、家の中の掃除は定期的にしてもらっていたから綺麗よ。庭は…自分たちでしてもらうしかないけど」
「いえ、本当にありがとうございます」
もう一度お礼を言って二人はダリアと分かれた。そのあまりのあっけなさにあまり実感の湧かない二人は、しばらく無言でたった今、手に入れた家へと向かうことにした。鍵はスペアも合わせて受け取っている。最初に口を開いたのはジェリダだった。
「こんな展開になるなんて思ってもみなかったね」
「かなり驚きましたね。まあ、出費が抑えられたのはいいことですが」
そうしてさっきの出来事を話していると家に辿り着く。今日からこの家が我が家になるのだと感慨深くルベルが眺めていると、ジェリダは庭の小さな柵を開けて中に入った。ルベルもあとに続く。地面には円形の石畳がぽつぽつと配置されていておしゃれだが、庭はやはり荒れ放題だ。その草の間から石で区切られた花壇があるのが分かった。生命力の高い花が少し咲いていたりもした。
ジェリダは鍵を使って中に入ろうとしてピタリと動きを止めた。中々ドアを開けようとしないジェリダに不思議に思ったルベルは声を掛ける。
「どうしました?」
「中に何かいる……」
「えっ」
それは昨日練習したジェリダの索敵スキルが捉えた気配だった。微かにだが呼吸の音も聴覚強化スキルで聞こえている。だが、その呼吸は何処か弱々しい。
「弱ってる……? もしかして傷付いた魔物でも中にいるのかもしれない。飛びかかって来るかもしれないから一応武器の構えをしておいて。そっと開けるから」
「はい」
ルベルは剣をそっと抜いて、臨戦態勢を取る。ジェリダは持っていた鍵でできるだけ音がしないように鍵を回す。カチリと、小さな音がして鍵を開ける。耳を澄まして呼吸の速さに集中するが、何か緊張しているような呼吸はしなかった。最初と変わらず弱々しい呼吸だけが聞こえる。
ドアを開けて中に入る。もう少し感動しながら家の中に入りたかったなと思いつつ、玄関から見える範囲を確認する。右手側に二階へ行く階段があり、左には廊下、ドアが廊下側に二つあるのが分かる。奥にも廊下が続いているので部屋がまだあるだろう。
ジェリダは耳を澄ませて呼吸が聞こえる所を探る。そして、その呼吸が聞こえるのは廊下を真っ直ぐ行った突き当りだった。ルベルと視線を交わし、音を立てないようにゆっくり進む。そしてそのドアをゆっくりと開いた。
そこで見た光景に二人は一瞬息を止めた。
次は二日後の4月5日に更新です。




