7、アヤとルル
彩さんはひとしきり泣いた後、涙を拭い笑顔を見せる。
やはり彼女にはまばゆい様な笑顔が似合う。
「そうよ! 強くてかっこ良いお兄さんを味方に出来たから百人力だわ。泣いてないで取材に乗り出さなきゃ」
彩さんはおもむろにそう語り、拳を突き上げる。その様子を見ると完全復活したみたいだ。
「しかし、彩さん。もう日が沈みますよ。今から取材活動は厳しいかもしれないですよ」
俺はポケットから懐中電灯を取り出し、彼女に見せる。
「あちゃ~。もう六時かぁ……。そしたら詳しい取材はまた明日だね」
「そうですね。明日は大学は休むので朝から取材といきますか」
「ええ、そうしましょ。あっ、あと会社に連絡してもいい?」
「もちろん。構いませんが。どうやって連絡するのですか?」
「ふふっ、私たちエルフはこうやって連絡を取るのよ」
彩さんは不敵に笑い、手帳の一頁ページをちぎる。その紙には、魔法陣が描かれている。
そうか、魔法を利用するのか。
大陸の血を引いている彼女ならば魔法が使えるだろう。
彼女が詠唱を始めるとその魔法陣は紫色の光を帯びる。
【森の聖霊よ。我が下に集えッ!】
彼女が最後にそう言い放つと、紙の中の魔法陣が怪しく回転し光を放つ。
そしてこの光に包まれながら、人型の精霊が飛び出した。
青い目に、金色の髪。それに薄い羽根を持っている手のひらサイズの精霊。
「フェアリーのルル。あなたの召喚に応じて参上したよ」
彼女は自己紹介をすると召喚した彩さんの周りを飛び回る。
「それで私はどうしてよばれたの?」
「ルル。早速で悪いけど、これを九頭竜くずりゅうタイムズまで運んでくれないかしら」
彩さんはそういってあらかじめ用意していた手紙を手渡す。
なるほど。伝書鳩ならぬ伝書フェアリーと言ったところか。
フェアリーのルルは手紙の内容に目を通し、折りたたんで小さなポーチにしまった。
「アヤっち今日は会社に戻らないつもりなんだね。分かった。編集長には〆切しめきりを延長するように説得しておくよ」
「ホントいつもありがとね。ルル」
「いいってことよ。この事件が解決したら『世良乃枝屋』の甘味をおごってくれるのでしょう?」
「ええ、もちろんよ。その時はそこの片野さんも一緒にね」
彩さんはそう言い、俺の手を握ってくる。
「あっ、ふーん。じゃあ、私はお邪魔みたいだからもう行くね」
ルルはそう言って彩さんの肩から飛び立ち、俺の耳元によって『うちのアヤをよろしくね』とささやく。
そうして彼女は満足げな笑みを浮かべ、応接室の窓から街の雑踏に消えていった。
☆ ☆ ☆
「それでルルさんには会社に戻らないと言っていましたが」
「ええ、そのつもりよ」
「でも、時間的に周辺取材は難しいですよね?」
「そうね。その通りだと思うわ」
「ではどうして……」
俺がその理由を聞こうとすると彼女は抱きついて来た。
「お兄さん。この会社の取材させてくれない?」
彼女は上目遣いでお願いしてくる。
くそッ。こんなの反則だ。
「いいですよ。ただあまり出鱈目な事書かないでくださいね」
俺は二つ返事で答えてしまった。エルフっ娘め、やりよる。
「うん、そりゃもちろん保証するわ」
彼女は弾けんばかりの笑顔を見せて、感謝を込めてかぺこりと頭を下げた。
「内田。制作陣にお客さんが来ると伝えてくれないか?」
「にゃははは、了解しました。旦那様。先にオフィスに降りていますネ」
内田さんはいつの間にか応接室に現れ、即座に食べ終えたお茶菓子を下げて足早に立ち去った。
ホント何者なのか? この天使様は。ぶっちゃけ前世の記憶の中には『ニアエル』なる天使はいない。
案外、外宇宙の天使なのかもな。
そのようなくだらないことを考えながら俺たちは応接室を後にした。
☆ ☆ ☆
「いやぁ、一度取材してみたかったの! 東都アニメーションッ」
彩さんは上機嫌で廊下をスキップしながらそう語る。
「そんな大したこと無いですがね」
「何言っているの? それが国内における獣人の地位向上を成し遂げた『東都の風雲児』と呼ばれた男が吐く言葉?」
「あくまで俺は新たなビジネスに獣人を『利用』しただけですよ」
「ふーん、随分ずいぶんと自身を過小評価するのね。まあ、実際に制作現場を見させてもらってから判断するわ」
彼女はそう言って一足早くエレベーターに乗り込んだ。
「ホントに大したものは無いのですがね」
俺はそう呟き、彼女に続いてエレベーターに乗り込んだ。
「何階にオフィスがあるの?」
「三階です。そう、そのボタンを押してください」
彼女がボタンを押すとエレベーターはゆっくりと降下を始めた。
その先に東都アニメーションのオフィスがあるのだ。