6、東都アニメーション
俺は彼女の手を引き、六階建てのビルに入っていった。
入ってすぐ、ビルの一階は、『東都アニメーション』のロビーが位置している。
大陸から直輸入した魔導石の机や、革のソファーが置いてある。
また正面のガラスケースには、多くのトロフィーや、賞状。さらに人気アニメ映画『ご注文は猫耳ですか?』の原画が飾られている。
「お帰りなさいませ。若社長」
俺たちがロビーに入ると、フロントのお姉さんが出迎えてくれる。
「あら、ココって東都アニメーションの本社じゃない?」
「ええ、このビルは東都アニメーションの本社です。そして俺の家でもあります」
「えっ、ていう事はまさかお兄さんって……」
彩さんは目を見開いて俺に尋ねる。どうやら気が付いたようだ。
「隠すつもりはなかったのですが……。俺は東都アニメーション社長、片野 陸です」
俺はただの学生としてでなく『東都アニメーション』社長として挨拶し、懐から名刺を取り出して彩さんに手渡す。
「ま、まさか、本当にあの『片野』だったなんて…… わ、わざわざご丁寧にありがとうございます。社長」
「止めてくださいよ。彩さん。そういう堅苦しいのは無しで行きましょう」
「あ、そう。じゃあ今まで通りに接するね。お兄さん」
「上の応接室でメイドの内田がお茶菓子を用意しています。そこでお話しましょうか」
俺は彼女と共にエレベーターに乗り込んだ。
「うわぁ、流石ね。昇降機が設置されているなんて」
「親父が建築業者に無理言ってつけさせたのですがね」
彼女はエレベーターに興味津々の様だ。それもそうだろう。先端科学都市である東都においてもその数は数えるほどしかない。あるとすれば、東都駅ぐらいだろう。
そんな会話をしていると、エレベーターは五階についた。
重たい扉の先には内田さんが待っていてくれた。
「では、旦那様と後一条さま。応接室はこちらでございます」
彼女は廊下を先行し、俺たちを応接室に案内する。
「流石ね。お兄さん。あんな有能なメイドさんを雇っているなんて」
「ああ、そうですね。彼女は自身を『敏腕メイド』と称するところと、『永遠の十七歳』などという世迷言を言うこと以外は素晴らしいですからね」
「あら、心外ですね。ワタクシは正真正銘、十七歳の乙女ですよ」
内田さんは会話に割り込み講義の意を伝えてくる。
「父上に仕えていたころから、よくそう言っていたようだが」
「はて、お父上もお年のせいか。よく分からない事をおっしゃっている様ですね。ワタクシはまだ雇われて三年ほどですよ」
内田さんは堂々と嘘をつく。ちなみにここに飾られている古い写真には、母親に抱きかかえられる赤子の俺と共に、今と一切変わらぬ容姿をした内田さんが映っているのだ。
冷静に考えるとなかなか恐ろしい事実だぞ。これ。
俺は彼女の正体が『天使ニアエル』だと知っているから、こんな風に冗談めかしく年齢をネタにできるが、他の人から見ると恐怖でしかないだろうな。
そんなこんなしていると、応接室にたどり着いた。
「ではワタクシはここで待っています。ごゆっくりしていってくださいね。旦那様。後一条さま」
「では、中でお話を伺うことにしますか」
「えへへっ、よろしくね。お兄さん」
俺たちは応接室に入った。
応接室は簡素なテーブルとソファーがあるだけのシンプルな構造をした部屋だ。まあ、話をするだけの部屋だからこのぐらいで問題ないのだが。
「では、早速で申し訳ないのだが、今回の特ダネについて教えていただきたい」
俺は単刀直入に質問をぶつける。
「分かったよ。お兄さん。ただ、入り組んだ話なので順を追って説明するね」
彼女はそう言い、マル秘と書かれた記者手帳を取り出した。
☆ ☆ ☆
「……と、いう訳で私は『高思』に追われているの」
彼女は今までの事のいきさつをわかりやすく教えてくれた。
やはり新聞記者であるだけに、分かりやすく、事細かに話すのは上手だった。
彼女の話によると、事の始まりはマホロバ神社の巫女、葉暮 異夢の失踪だった。
神社から彼女の捜索を依頼された彩さんはその過程で、東都大学や御津門大学の教授や有名な医師。それに政府官僚なども同様に失踪を遂げていた事を知る。
しかし政府は東都の治安維持の観点から、この事件の隠ぺいを決定。
大手新聞社もこの事件を報じない事にした。
しかし、九頭竜タイムズならびに彩さんは事件の真相を突き止めるべく取材を続行。
途中で事件に関わると思われる人物への接触に成功し、重要証拠となりうる物の撮影もできたという。
しかしその途中で政府にマークされ、今日、高等思想警察に捕まってしまってしまったそうだ。
「けれど今回の事件は何かがおかしいのよ。政府にも何らかの圧力がかかっているみたいなの」
彩さんは東都で流行している和菓子店『世良乃枝屋』のたい焼きを口いっぱいに頬張りながらそう語る。
彼女は猫舌らしく、熱々のたい焼きをフーフーをいいながら覚まして食べていた。
……正直こんな見た目でこんな仕草していたら、そりゃ、子供と間違えられて当然である。しかも彼女の二十二歳の淑女だと思うとグッとくるものだ。
「それで最初にさらわれた少女については何か分かっているのですか?」
「ええ、もちろん。これがその巫女の写真よ」
彼女は手帳に挟まっている写真を取り出して俺に見せる。
そこに映っていた少女は長い黒髪にそれと同じ色をした目、そして健康的な肌を持つまさに理想的な『東都撫子』だった。
「俺、思ったのですがこの少女だけ他の失踪者と比べて社会的地位が違いますよね」
「そう、いいところに目をつけたわね。お兄さん。彼女は恐らくこの事件のカギを握っているわ」
彼女は俺の推理に満足げな表情を浮かべる。恐らくは彼女もおんなじ事を考えていたのだろう。
「それで彼女の居場所については目星がついているのですか?」
「ええ、『佐比売製鉄』の製鉄所跡地で目撃情報があるわ。私は彼女はそこにいると思っているの」
「では早速向かってみましょうか」
「え、お兄さん。まさか協力してくれるの?」
彼女は驚愕の表情を浮かべる。この言葉は一切想定していなかったのだろう。
「ええ、俺もこの事件に巻き込まれてしまったわけですから。真相解明に協力しますよ」
「……本当、本当にありがとね。お兄さん」
彼女はそう言っておもむろに立ち上がりそのまま俺の胸に飛び込んだ。
前世でも恋愛経験のない俺はどうすべきか、顔から火が出るほど考えた。
しかし、彼女の嗚咽が聞こえるとともにそんな感情は何処かに飛んで行ってしまった。
よく考えてみれば、彼女は様々な事を独りで抱え込んでいた。
それがどれほどきつくつらいことなのかは俺にはわからない。
ただ今回は彼女の力だけでは決して解決できない事だけは分かる。
だから俺は無言のまま彼女を強く抱きしめ、彼女の頭を優しく撫でる。
――彼女の髪はとても痛んでいたが、今まで見てきたどんな髪よりも美しく、神々しかった。