4、チンピラを撃退
この『大正日本』と『中世ファンタジー』が入り混じる異世界。
それは『当世はエロの時代』と言われた大正の世に、エルフやサキュバス、セイレーンにハーピー。そんなファンタジー世界のかわいい子が生活しているという『事実』にほかならない。
何故この様な異世界が形成されたのか?
大陸の『魔法大戦』による特需景気が続き、急速な発達を続ける東都。その経済的な中心地であるここ、赤夢区には様々な理由から人々が集まってくる為であろう。
特に多いのは地方から就職先を求めに来た若者である。
今年度の全国的な大不作によって、地方経済は恐慌レベルの不況に陥った。
その為、農村では長男以外は働き口を求めて、故郷を捨て上京することが多いという。
また田舎の古い風習を嫌い、きらびやかな科学都市 東都にくる乙女も多いという。
それに加え、大陸の『魔法大戦』から逃れる為に、この国に逃れてきた者も多い。
特に少数種族であるセイレーンや、特定の国家を持たないドワーフなどの種族は、戦火に巻き込まれやすい為、この国に亡命してくるものが後を絶たない。
そして政府も、魔法技術獲得を目的に彼らを積極的に受け入れている。
その様な理由から、東都および赤夢区はとても不安定な治安情勢である。
ただでさえ地方からの出稼ぎ労働者が増加しているのに、異種族の亡命者も大量に流入してきた為だ。
だから、このようなおいしいシチュエーションもといトラブルが発生するのは、ある種避けて通れない事態なのかもしれない。
路地裏で女性がチンピラに絡まれていたのだ。
俺は彼女を救うべく、ごみ箱の後ろに隠れ様子をうかがっていた。
チンピラは山高帽子を被り、ロイドメガネをかけ、ダブダブなセーラーパンツをはいている典型的なモダンボーイの様だ。
一方、女性はと言うと、クロッシェを深々と被っており、髪の毛は長く黄金色に輝いている。服装は洋服でスカートはひざ下といったところか。
なにより目を引きつけるのはエルフ族特有の長耳。
彼女はおそらく大陸より渡来してきたエルフ族の娘なのだろう。その容姿から判断するに十代前半の様だ。
そしておそらく彼女はこの国に来てまだ日が浅いのだろう。
ぶっちゃけた話、この異世界においては和服で無く、あえて洋服を着る女性は少ない。
着ているとしても、それは前世でいうギャルことモダンガールか、彼女の様に大陸から来た者。もしくはうちのメイドこと内田さんぐらいだ。
「……洋服を着ていなければナンパなんてされなかったのにな」
俺は誰に言う訳でもなくそう呟く。
そして、異能チートの一つ『基礎的教養チート』のありがたみを感じる。
この異世界は中世ヨーロッパ風異世界と比べ、社会制度や文化が発達している。その為、知っておきたい基礎教養も多い。
それを転生当初から把握できているのは便利だし、いちいち勉強しなくて良い為、異世界転生してすぐに楽しむことが出来る。
今回転生では『タイムカットチート』と『基礎的教養チート』のサービスを利用したので、転生時から二十歳だったし異世界の知識も豊富だったのだ。
「さて、これからどうしようか?」
そう呟いた矢先、悲鳴が聞こえてきた。
「ヤダ、触らないで! 大切なカメラなのだからぁ」
「ヘヘッ、いいじゃないか。ちょっと借りるだけだから」
チンピラはそう言って彼女の腕からカメラを引き離そうとする。
「やめてください! 私の姉の形見なんですよぉ」
彼女も必死に抵抗するが、その力では到底勝てるとは思わない。
「ヘヘッ、そうかい。だったら、カメラの代わりに、お嬢ちゃんが俺達の相手してくれるならそれでもいいけど」
「嫌ァァァッ!」
クソッ、こんなの見過ごしてなるものか。俺はこの世界の創造主。乙女の涙をぬぐう権利と義務がある。
俺は自身にそう言い聞かせ、颯爽と彼女の下に向かった。
「おい、貴様。何をしているのか」
「フン、お前みたいなガキには関係ない」
「彼女、随分と嫌がっているじゃないか」
俺はそう言い、彼女をこちらに引き寄せる。彼女は軽い悲鳴を上げたがこちらを恐れている様子は見られない。
「おい、黙っていりゃいい気になりやがって。ヒーローごっこのつもりかッ」
チンチラの一人は彼女の反応が気に障ったのか逆上し、懐からナイフを出してこちらに向ける。
「俺たちは『紳士』だからな。今、土下座して謝りその少女をこちらに引き渡せば、何も見なかったことにしてやろう。さあ、謝れよ。クソガキ」
「『紳士』とは寄ってたかって幼い子を恫喝する奴の事を指すのか。『東都男児』がこんなものとは聞いて呆れるぞ」
俺はそう吐き捨てる。彼らはよほどプライドが傷ついたのか、チンピラの一人が殴りかかってきた。
俺は彼女の肩を抱えながらも、彼の拳を見切り、最小限の動きで躱す。
「このヤロッ」
彼は顔面をめがけて再び殴りかかる。俺は素早く身体をかがめて拳をやり過ごし、渾身の力を込めてアッパーを食らわせた。
チンピラは、悲鳴を上げて、力なく膝をつき気絶した。
「俺の相棒になんてことしてくれるんだッ。クソガキがぁッ」
もう一方のチンピラは、絶叫しながら俺にナイフを突きつける。
しかし、俺は『不屈の精神力』のおかげで取り乱すことなく男を見据えることができ、脅しなど効かない。
脅しが効かないと分かったチンピラは、ナイフで俺の心臓を心臓を刺そうとする。
俺は冷静に男の右腕を蹴り上げて、ナイフを弾き飛ばし無力化する。そして、乙女の涙を代弁し、怒りの右ストレートをお見舞いした。
男は二、三メートルほど吹き飛んでレンガの壁に衝突。そのまま、意識を失った。
凄いな。この『身体強化チート』。まさかここまで強くなっているとは思いもよらなかった。まるでハリウッドスターの様に自在に体が動かせる上、武術もお手の物な様だ。
これほどのチートが『スターターパック』の付属品として入っているとは、驚きを隠せない。
どれほど力を持つ会社なのだろうか?
そんな事を思案していると、助けた少女が俺にお礼をしてくれた。
「助けてくれてありがとう! ヒーローのお兄さん。えっと、お名前は……」
「片野、片野 陸。俺はヒーローなんかじゃなくてただのしがない学生さ」
「片野お兄さん。ありがとね」
「そんなにお礼されると照れるなあ。けど、ココはまだ危ないところだから車で送ってあげるよ」
俺は彼女の小さな手を引いて、来た道を引き返す。
――握られた手の暖かさをしっかりと感じながら。
次回更新は明日の夜を予定しています。
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