2、異世界はオーダーメイドが一番!
「……という訳で、このような異世界でよろしいでしょうか? よろしければサインをお願いしますネ」
『夢の守護天使』ニアエルはそう言って、一枚の書類を手渡してきた。
「いやいや、おかしいですよ。ニアエル様。いかにも閑話休題って感じで話を進めようとしているけど、異世界創世について何一つ決めてないですよね?」
俺は彼女から書類を受け取るとびりびりに破き捨てた。
「えっ、『いあいあ』なんて照れるなあ。賛美なんてしなくてもいいですのに」
書類を破かれたのにも関わらず、なぜか頬を赤らめるニアエル様。
なんだか冒涜的な勘違いをしている様だ。
「しかし、現実問題として、本当に異世界を一から創造なんて出来ないですよ。そんなの私の上司でないと」
「えっ、じゃあどうやって望みの異世界を創造するのですか? ニアエル様」
「簡単です。テンプレートを利用した上でこうすればいいんですよ。『サイコメトリー』」
彼女は俺の額に手をかざし、詠唱を始める。
すると彼女の手が緑色の光に包まれる。
おおッ! 凄い。こうして俺の記憶から異世界を創造するのか!
「フムフム、片野さまが望まれる条件を把握しました。では、こんな異世界はいかがでしょうか?」
彼女は指を鳴らし、新たな書類を一枚想像した。
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☆異世界創造 実績例☆
・サービス終了したオンラインMMO
・無限の願望器を巡る戦争
・スマートフォン片手にお気楽チート
・異界につながる食堂のマスターに
・異世界だと思ったらヱ世界
・東京にダンジョン出現
etc……
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いやいや、色々とアウトだろ。どれも面白いけれど。
「いやぁ~、間違えました。これはワタクシが今まで転生させていただいたお客様が望んだ転生先リストですね」
「へー、他の人も異世界をオーダーして転生していたのですね。先駆者がいると少しだけ安心できるな」
「はい、業界最大手の実績を誇っておりますのでご安心下さい。ただし、その書類は個人情報も記載されていますので……」
ニアエル様は書類をひょいと回収するとスーツの懐から別の書類を取り出した。
「こちらが片野さまの願望を反映した異世界創造案でございます」
彼女から書類を受け取り、早速目を通す。
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・異世界創造案
☆片野さまが望む異世界要素☆
・女の子が一杯(特にエルフ)
・銃火器が使える
・近代的な社会
・冒険が出来る
・軍師
・魔法
・お金持ち
・アニメが見れる
上記八点を踏まえまして、
『大正ロマンがふんだんに感じられる和洋折衷的異世界』
をお勧めいたします。
株式会社 異世界転生サービス
担当者 ニアエル
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……俺はこの書類を見て、心を見透かされたことを実感した。
凄い。俺が望む条件をほとんど内包している!
「いかがでしょうか? 片野さま」
「凄いよ! ニアエル様。俺が異世界に望んだ事が全て入っている。ただ、大正って?」
「おや、ご存じありませんか? 日本の年号で明治の次、西暦1912年から1926年までの期間の事です」
「いや、そういう事じゃなくて、俺は『なぜ異世界なのに大正風なのか?』と思いまして……」
「単純にあなたの転生条件に一番近いところだったからですよ」
確かにニアエル様の言う通りだった。俺は中世ヨーロッパ風文化も好きだが、日本文化も好きであり、そこに優劣を付けれない。
そこで自由主義が盛んな大正時代をベースとする事で日本文化と欧州文化が混ざり合う異世界になるという事か。
流石、天使様は発想から違うぜ。
「ええ、もうここがいいです。俺、こんな異世界に転生したいです!」
「にゃははは、気に入って頂き嬉しいです。では、こんな感じでよろしいでしょうか?」
「はい、勿論ですとも」
「では、ここにサインを」
では、早速。 ―――いや、待てよ。
俺の脳裏に一つの疑問が浮かんだので早速彼女に質問をした。
「ニアエル様。名前って転生時に変更されるのですか?」
「いいえ、今回は和洋折衷ファンタジーなのでそのままでも問題ないでしょう」
「そうですね。ではサインしちゃいますね」
そうして俺は分厚い冊子となっている契約書に書かれたことを流し読みして片野 陸と署名した。
これは人類にとっては小さな出来事かも知れないが、俺にとっては大きな転機であった。
「では、仕上げにこちらの方で異世界での能力値とチート能力を決定しますネ」
ニアエル様はまた指を鳴らし賽子を三つ創造した。
「いい目がでるといいですね。そーれ、よいしょ」
コロコロという音が白い部屋に響き渡る。ああ、お願いだから今よりも強くなっていてくれぇ!
「にゃるるるるッ、これは、これは。面白いことになりましたよ。片野さま。今は一旦ステータスを隠させていただきますネ。使う時が来たら提示いたしますのでご安心を」
気になるなぁ。俺のステータス。強かったらいいのだけど…… それと、どうでもいいがニアエル様の高笑いって、不安に感じるんだよな。
「ちなみに、チート能力に関しましては、我が社の『異世界転生スターターパック』に付いている十個を含め、三十六個もありますね」
ニアエル様はそう言って俺の主要なチートの説明をしてくれた。
聞いたところによると『基本的教養チート』や『タイムカットチート』などがスターターパックのチートとして持って生まれるらしい。
また個人的なチートとしては『不屈の精神力』や『天使使役チート』などがあるそうだ。
ちなみに、『天使使役チート』の効果で、転生先でもニアエル様が全力でサポートしてくれるという。
「にゃるるる、アチラの世界でもよろしくお願いしますね。片野様」
彼女はそう言って、俺に対しペコリと頭を下げた。
実年齢は怖くて聞き出せないが肉体年齢は十代後半なのでとても可愛らしい。
「ちなみにDLCとして、私の異世界での職業や服装などを変更できますが、いかがでしょうか?」
前言撤回。可愛いのは表面だけで、その腹は、商売を円滑に進めたいだけだったようだ。
当然DLCは丁重にお断りした。
「では、これですべての工程が終了ですね。お疲れさまでした。片野さま」
「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます」
「こちらこそ転生準備に長い時間かけてしまって申し訳ございませんでした。では早速そちらの出口から転生してくださいませ」
ニアエル様が指し示したところに扉が生成された。
俺は彼女にお礼を告げるのも忘れ、そのまま扉に飛び込んだ。
ここから始まる異世界転生は、夢と希望で一杯であると信じて。
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――
その後、部屋に一人残されたニアエルは、黒電話のダイアルを回し『神殿』に電話をかけていた。
「あっ、もしもし。『お父さん』? ――いや、ごめん。全く聞こえないんだけど。『もう少しフルートの音下げて』って従者に言って」
「…………■◇■◇■◇■◇。○●●○●●●○」
『電話相手』は聞くもおぞましい名を口にし、ここに書き記すべきでない不浄な言葉を彼女に浴びせる。
「あっ、ちゃんと聞こえるようになった。でもひどいなぁ。『可愛い娘』がわざわざ電話してあげてるのに悪口なんて……」
「…………■◇■◇■◇■◇。●●○●●○○」
『電話相手』は、先ほどまで同じように不浄な言葉を吐くばかりだ。しかし、彼女にはその真意がきちんと伝わっているようだった。
「もちろん。ちゃんと『お父さん』の言う通りに動くわよ。あっ、でも私、異世界に行くから。『お兄ちゃん』と『姉さん』によろしく伝えておいてね。じゃあ、またね。『お父さん』」
そうして彼女は受話器を置き、黒電話ごと何処かに片づける。
「にゃははは、さて彼はどこまで『楽しめる』かな?」
不気味な笑い声をあげ、不吉な歌を口ずさむ。そのまま異世界への扉を開け放ち、白い部屋を立ち去った。
そうして誰もいなくなった白い部屋に残されたのは、おびただしい数の骸のみであった。
今回も大正ロマンはありません。ごめんなさい。
次話からはハイカラにやっていきますのでお楽しみに。
更新は明日の十二時頃を予定しています。