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結末から言えば、何もなかった。
クロトの怒りは無事は霧散した。フォーカスが即座に叩きのめしたからである。
普段糸目の人間が目を見開くと凄い。なにせ、あのクロトですら怒りを霧散させるくらいだ。
「……仏の顔が鬼の形相に変わるとこんな風に恐怖を覚えるのかな?」
「ホトケがなんなのかは分からないけど、普段との印象の差がより恐怖感を増すわね」
胡散臭い印象のフォーカスが目を見開いてるだけで、何というか恐ろしいのは眼力だろうか。
クロトとコソコソ話している内に事態は収束した。
「もう冒険者としての仕事は始まっている。君たちの査定は私が行う。君たちの行動の一つ一つがギルドの信用に、そしてギルドが君たちへ寄せる信頼に繋がる。社会不適合者の烙印を押された君たちが冒険者以外で生計を立てることは不可能だろう。できるのならここにいない。だから信用を積み上げろ。マイナスから始まるならまずはマイナスから埋めていけ。それができないなら野垂れ死ね」
フォーカスが叩きのめしたのは見せしめ、の理由もあるのだろう。
面子やプライド。舐められたら終わりの冒険者は示威行為に走ることは珍しくない。
だが、今回は『信用』を重点に置いている内容だ。
誰彼かまわず噛みつく狂犬が噛みつかないと信じて手を出す馬鹿はいない。
「今回は多めに見てもいいんじゃない?」
「まあ、僕がやったらバラバラにしちゃうからね。ボロボロになったゴミクズの姿を見て留飲を下げるとするよ」
モードレッドもクロトのその言葉に人心地つく。
『忌み色』と言うワードが出るたびにこれでは先が思いやられる。
「さて、さっきも言った通り仕事はもう始まっている。君達は街に入り込んだ偵察獣を討伐する。それは簡単な仕事だと思っているだろう? それが間違いだ。君達の敵は魔物だけじゃない。君達の敵は人間もだよ」
フォーカスの言葉に驚いた顔をする新米の冒険者たち。
だがモードレットは良くわかっている。自分達の敵の中には人間も含まれていると言うことに。
「君達は彼女を忌み色と嫌悪を抱いた。それと同じ感情を一般人は冒険者に抱いている。私たちは暴力を生業にしている危険人物と変わりない」
「んなこたねーだろっ!」
「そうかな? 君は危険じゃないと思ってもらえるほど赤の他人に信用されているのかい? 同じ冒険者仲間の人間に侮蔑の言葉を吐くような君が街の人間に手を上げないと、私にそれを信用しろと?」
フォーカスの言葉に一人反論していた冒険者は黙りこむ。
それが納得したのか、言いくるめられたのかはモードレットには分からない。
だが、フォーカスの言葉に反発する者がいなくなったのは確かだ。
「さて」と言いながらフォーカスは手を打ち鳴らす。
見開いていた眼は再び閉じられ、先ほどの様な胡散臭い狐顔に戻っている。
「始めようか、冒険者を。どこにも馴染めず、どこにも属せず、傷を舐め合うならず者の生業を! 私たちが出来ることは積み重ねることだけさ。出会いを、別れを、経験を、信用を」
まるで役者のように振る舞うフォーカスに新人冒険者達は息を飲む。
それはモードレッドも同じだ。受け入れられた。やっと一歩を踏み出したのだと。その思いを噛みしめている。
「さあ、始めの一歩はお互いを知ることさ。自己紹介を始めよう。名前を知らない相手を信用なんてできないからね?」
ニコリと笑いフォーカスは締めくくった。