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結局、モードレッドとクロトが宿に戻ったのは夜の帳が完全に下りてからとなった。
忌み色の髪を見た衛兵がモードレッドに対して疑いを持って接した為に時間が掛かった。
誰も怪我をしていなかったこと、被害者がこれ以上関わりたくないと言ったことで罪には問われず厳重注意に留まったが、クロトは大分不満そうだ。
「目には目を、歯には歯を、という言葉はこういう時のためにあるんじゃないのかな。悪意には悪意を持って返すのが礼儀ってものだと、僕は思うのだけれどね」
「クロトの目も歯も過剰な返礼になるからやめて」
モードレッドは眉間を揉んでつかれた頭を労わる。クロトは基本的に人間に対して辛辣だ。悪意には悪意を持って返すし、好意には無視か結局、悪意を持って返す。
モードレッドにはクロトが人間に対して好意的な反応をする場面が想像出来ない。
致命的なことをやらないのか、もしくは出来ないのかは今の所わからない。
二月程の付き合いの中で、彼が人間を殺した所は見たことがない。彼のいう通り自制の賜物なのか……、モードレッドは判断に迷う。
「英雄になれ、という割にはクロトは非協力的ね」
「そんなことはないさ。僕は君に力を与えた。全てを押し通すことが出来るほどの力さ」
「その力が受け入れられてないから、化け物なんて言われるのよ」
「なるほどなあ、確かに君のいう通りかもしれない。でも、僕が人間の為にこれ以上労力を割くのは馬鹿らしいことさ。これから世界を救ってあげるだけでも僕の善意好意を総動員しているんだ」
「ああもう、ああいえばこういう」
「まあ、それをどうにかするのも君の役割さ。何せ僕は猫だからね。気ままに振る舞うのが人間のイメージなんだろう?」
クロトがそう言ったが、モードレッドの脳裏には猫のイメージではなく悪魔の方がしっくりきた。勿論、それを口にはしなかったが。
「それにしてもボロい宿だ。未来の英雄が止まるような宿じゃあないね」
そう言ってクロトは人間味溢れる仕草でため息を吐いた。
クロトの言い分は未来の英雄云々は無視するとしても、モードレッドも概ね肯定している。
ボロい。床板は割れているところもあるし、壁は漆喰かボロボロと剥がれている。天井は雨漏りの染みが斑ら模様を作っているし、肝心のベッドは足が折れてて傾いている。
全体的に埃っぽいし、ベッドシーツはカビが生えている。
それでも、モードレッドにとっては十分だ。
クロトと出会う前はもっと不潔で、もっと過酷な環境だった。
髪の毛の色が金色なだけで、迫害されてきたのだ。
この宿は訳ありの人間でも泊めてくれる。料金は高いしボロボロだが、他と同じように扱われるのは嬉しいことだった。
「住めば都って言うじゃない」
「ここが都なら他は王宮にでもなるのかな。それ以上は楽園にでもなりそうだ」
クロトは不満たらたらで比較的マシなベッドシーツの上で丸くなる。
完全に寝るスタイルだ。
「明日は君の冒険者としての初仕事だからね、早く寝るといい。というかこんな時間だとやることもないしね」
「誰のせいでこんな時間になったと思ってるのよ……」
「さあ、少なくとも僕のせいではないと思うよ」
全く悪びれる様子のないクロトにモードレッドは怒りの感情を飲み込む。
クロトは何を言っても改めるつもりはない。
はあ、と息を吐き出してモードレッドもベッドに横になる。
明日は冒険者として初の仕事だと思うと少し緊張する。
上手くやれるだろうか。
こんな力を手にしたところで、モードレッドは小娘の域を出ない。
圧倒的に経験が足りない。それでもやっていけるだろうか。
不安が鎌首をもたげる。
それでもと、その不安を抑えつけなくてはならない。
モードレッドは英雄になると、クロトと契約した。それは他ならぬモードレッドの意思で結んだものだ。
忌み色の自分が、偉業を成すこと。それこそが自分の世界への復讐だと信じているから。
緊張で激しくなった鼓動が徐々に収まっていく。
明日はどうなるのだろうか。
不安と少しの期待を胸に、モードレッドは目を閉じた。
眠りは意外と早く訪れた。