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ギルドを出たモードレッドは金色の髪を風に靡かせながら歩く。
堂々としたモードレッドとは反比例するように、周囲の視線は棘のあるものであった。
コソコソと近くの者と話すのなら可愛い方で、あからさまな舌打ちや敵意のこもった視線を投げかけてくる者もいる。
さらに言えばわざと聞こえるようにして侮蔑の言葉をぶつけてくる者もいる。
「ああ、人間は愚かだなあ。愚かすぎて殺したくなるよ」
「私の肩の上で物騒なことを言うのはやめてくれない? 冗談に聞こえないんだから」
モードレッドの肩の上の存在、黒猫が人間の言葉を話す。
本来、猫が人の言葉を発することはない。そうなればこの猫のように見える存在は猫のような何かを、と言う事になる。
だが、本人(猫)曰く、もともとはただの猫だそうだ。つまり今はただの猫ではないということになる。
「冗談? 冗談な訳がないじゃないか。僕は本心から愚かな人間を滅ぼしたいとずうっっっと昔から思っているからね。それを我慢しているのはモードの為だからだ」
「そのまま我慢して心の中で思っててほしいのだけれど」
「それは無理な相談さ。僕はモードの綺麗な金色の髪が好きだ。それを忌み嫌う今の人間は唾棄すべき存在だよ。愚かなことに、大切なことは失伝してもそういう誰かを傷つけるためのことだけは理由を忘れ去ってもこうして残っているんだから人間はダメだ」
「私はこの金色の髪のせいでいい思い出はないんだけどね」
モードは忌々しそうに自らの髪を見やる。キラキラと太陽の光を反射する金糸はモードレッドの心の傷を抉るナイフのようだ。
「モードの髪を侮蔑するのは例え君でも許さない」
「……わかってるわよ、クロト」
モードレッドは肩の上の黒猫、クロトからぶつけられる質量を伴った憤怒の感情に冷や汗をかく。
二月前、奴隷として死ぬ運命にあったモードレッドを救ったのはクロトだ。
クロトに持ちかけられた契約によってモードレッドは加護持ちですら圧倒できるほどの力を得た。
最初こそ扱い慣れぬ仮初めの力だったが、大分馴染んだお陰で今では自分の意思である程度は思うように扱える。
それでも、この黒猫の底を見ることはできない。この力を得たからこそわかる。
クロトの深淵の果てが見えないことを。
決して開けてはならない、触れてはならない禁忌に近い何かだということを。
「わかってるならいいよ。こうして目的通り冒険者になれたのはいいことだ。今の君の実力なら並大抵の魔物は相手にならない。ギルドの信用とやらを高めて難しい依頼を受けられるようにしないとね」
「そうね、まだ始まったばかりだもの」
モードレッドは英雄にならなくてはならない。それはクロトとの契約だ。
では英雄の条件とは何か。魔物の発生源の根絶だ。その為には実力だけではなく権威もなくてはならない。
認められないのであれば、信じてもらえなければ、それは妄言と変わらないから。
「そう、まだ始まったばかりさ。君の英雄への道のりの大事な大事な一歩を踏み出そう。君の人生は華やかな英雄として彩られ、人間は魔物の恐怖から解放される。本当なら僕一人でもいいんだけどね。それはモードの望むことじゃないからね。僕としては人間なんてどうでもいいんだけれども……」
クロトは人間嫌いだ。その理由を聞いても人間は愚かだからという回答しか得られない。
わかるのは人間に対しての憎悪を持ち合わせながらそれを自制しているということ。
いつ爆発するかわからない化け物を肩に乗せて歩くのは心が疲弊する。
今もヒソヒソと聞こえてくる忌み色という言葉に内心ヒヤヒヤだ。
「殺すのは自制するけど、嫌がらせくらいはいいよね?」
肩から不吉な言葉が聞こえた。
ドンッ!と臓腑まで響く音と衝撃で街が揺れる。
恐る恐る視線を向ければ、そこには粉々になった商店の棚と、腰を抜かした客と店主。
「ひ、ひぃぃぃ! 化け物!!」
「化け物なんて酷いなぁ、今度は地面の染みにしちゃおうか」
「やめて、ほんとやめて」
一気に騒がしくなった街の中を、モードレッドは痛む頭をおさえながら駆け出した。
「はあ、早く宿で眠りたい……」
これからのことに頭を悩ませながら呟いた言葉はきっと叶わない。
視線の先から駆けつけた衛兵の姿をみてモードレッドはため息を吐いた。