3
「と、登録する……しますので名前をこちらに」
加護持ちの男が叩き伏せられたのを目の当たりにした職員は、目の前の少女に畏怖していた。
ギルド職員は冒険者を相手にする以上、一定の能力を求められる。その能力とは強さだ。強くなければ舐められるギルドでは、事務処理の能力の他に強さを求められる。
そんな職員が自分よりも小さな少女に怯えるのは滑稽に映るだろう。
だが、それを笑う者はこの場にいない。
重い沈黙のなか、職員と少女のやり取りを固唾を飲んで見守っていた。
「モードレッド、家名もなくただのモードレッド」
「モードレッドで登録をする……します」
「わざわざ言い直さなくていい、いつも通りにしなさい」
「は、はい……いや、わかった……」
面倒そうに少女、モードレッドが言いすてると、職員は恐る恐るといった様子で言葉を普段のものに変える。
特に気分を害した様子がなかったので安堵の息を漏らす。
「この認識票に番号と名前が刻まれてる。もしあんたが……その」
「死んだ時でしょ? 別に濁さなくていい」
「あ、ああ……まあ死んだ時に原型を留めてなくてもそれがみつかりゃ誰だかわかるようになってる。あとはギルド側で何を受けたか、何を成したか、それを管理する為のもんだから無くさないでくれ」
「わかったわ」
モードレッドは職員の言葉に頷く。
「じゃあ早速なんだけど仕事を紹介してほしいわ。実入りの大きい仕事がいいのだけれど」
モードレッドがそう言った途端、少女の実力を知っている者達が職員に同情するような視線を向けた。
「……すまねえ、それは無理なんだ」
「何故?」
モードレッドのドスの効いた声に職員が慌てる。心なしか、空気の粘度が上がったような気さえする。
「ち、違う! お前さんが思ってるような理由じゃない!!」
職員は少女の怒りは髪の色で紹介できないと思ったのではないかと考えた。
事実、モードレッドはそう考えた。
金色の髪、忌み色と呼ばれる髪を持つから大きな仕事を紹介できないのではないかと。
縁起が悪いと思っているのは事実だが、冒険者たちはそこまで考えていない。
彼らは教養がなく、学がないからこそ知らない。
彼らの出身の村や集落、街で金色の髪が居たら忌み色として蔑まれており、何をしても構わないという認識しかない。
彼らは金色の髪が何故忌み色と呼ばれているのかなど知らないのだ。
「……じゃあ何故?」
「か、簡単な理由だ」
光彩の無くなった瞳でジッと見られている職員は自分の命がここで失われるかもしれないという恐怖があった。
「簡単な理由って?」
ザラついた声が耳を撫でた。その声は、華奢な少女が出す声ではない。憑依者のような、圧倒的な暴力に身を染めた者が相手を圧倒する際に放つ物だ。
圧力に絞まる喉。
このまま黙って居ても命を奪われるのを職員は本能で確信していた。この粘ついた空気は殺気だ。
返答を誤ればモードレッドと言う少女はまず間違いなく自分を殺すだろう。
ならば、少なくとも生き残る可能性に賭けて、職員は言う。
「お、お前に信用がないからだ」
「なんで?」
まだ終わらない。信用がない、という答えは忌み色にも通じる。モードレッドの追求はまだ続く。
「お、俺はお前の実力を、強さを目の当たりにした。だが、他の奴らは違う。それに信用ってのはいきなりつくものじゃあねえ!実績を上げねえとダメなんだ!! ここにいるやつらは全員それで信用を積み上げた! 冒険者なんて奴らは野蛮な奴らだ。世間一般は冒険者なんざ信用しねえ。だから実績を積み上げねえとダメなんだ」
職員は一息で言い切る。しばらくは粘ついた空気が漂っていたがそれは徐々に収まっていった。
そしてザラついた声ではなく、見た目相応の高い声で「そう、なら仕方ないわね」と納得の言葉を漏らした。
思いの外すんなりと納得されたことに職員は胸を撫で下ろした。
見ていた冒険者達もホッと一息を吐いた。
「冒険者は力が全てだ。だが、力だけ凄くても意味はねえ。冒険者の仕事は魔物をぶっ殺すことだ。魔物をぶっ殺し続けられなきゃどんだけ強くても意味がねえ。力に驕る奴はすぐ死ぬってのは珍しいもんじゃねえからだ。だからギルドは信用を積み重ねないと難易度の高い依頼は斡旋しねえ。勝手にやってもいいが報酬は渡さねえし評価は上がらねえ。むしろ下がる。ギルドは冒険者の管理をするところだ。その管理下に入らねえならギルドはどれだけ強くても見向きもしねえ。だから悪いが今は信用を積み上げてくれ」
モードレッドが納得してくれたので職員は釘をさすようにもう一度念押しをした。
「わかったわ」
「助かる。いまのあんたの信用度は1、すぐに上がると思うが今は我慢してくれ」
「くどいわ」
「わ、悪い」
職員のしつこさにモードレッドの視線が鋭くなり、慌てて謝罪する。
面倒くさそうに鼻をならすと、モードレッドはいま現状受けられる仕事を確認する。
「信用度1の仕事は顔売りみたいなもんだ。ドラゴニアの中に入り込んだ|偵察獣≪スカウトビースト≫を討伐する簡単な仕事だけだ。受諾後に担当地区が割り振られるから時間になったら担当地区に集合してもらう。それを数日間だ」
「なら、それで」
「わかった、いま受領書を渡すからそいつを持って明日、真陽の鐘がなるまでにいってくれ。場所は東門のギルド支部だ」
「わかった」
受領書を受け取ったモードレッドは髪を翻して扉に向かって歩き出す。
それを見て嵐が過ぎ去ったことに安堵した職員と冒険者、そして未だに床に転がされたままの男。
モードレッドがギルドから出て行く瞬間、肩の猫が後ろを振り返る。
職員には猫がニタリと嗤ったように見えた。
その猫の瞳の奥にドス黒い何かを感じ取った職員は表現しがたい恐怖と、その何かの逆鱗に触れかけていたのだと、その瞳の奥にあったドス黒い何かから伝わってきた。
生きている奇跡に感謝して額の汗を拭った。