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 人と魔物の領域の境にある都市、ドラゴニア。

 そこは生存権を賭けた戦いの最前線である。

 人と魔物は違いを滅ぼしあうことことが運命づけられている。

 魔物は人を憎み、人を妬み、人を殺す。

 その瞳には憎悪の炎が燃えている。

 魔物が人の存在を許すことはなく、それ故に人は魔物を狩り殺す。

 理由などわからない。だがその関係性は遥か昔から変わることなく続けられていた。


 魔物を殺す文化が根付くのは至極当然のことであり、魔物を殺すことこそを生業とし魔物を狩ることで生活をする者が生まれるのはある種必然であった。

 国に管理されることを厭い、野蛮なならず者達を起源とする冒険者。

 危険を冒す者の名に違わず彼らは命を賭けて金を稼ぐ。

 今現在では兵士にもなれず、かといって普通の仕事と出来ず、職にあぶれた者と犯罪者予備軍などが冒険者となる。

 結局のところ、野蛮なならず者の集団であることは長い年月をかけても変わらなかった。

 むしろ、品のある者や、腰の低い者は舐められる傾向が強い。

 そんな冒険者を管理するための施設、それが冒険者管理局、通称ギルド。

 ならず者達が悪さをすれば取り締まり、狩りをすれば報酬を与え、仕事の斡旋やら獲物の選定、冒険者をまさしく管理するための施設だ。管理されることを嫌った者達が始まりであったというのに、管理局の庇護下に収まるようになったのは皮肉に思える。

 当然、そこには冒険者が集まる。喧嘩など日常的な光景であるし、示威行為はないほうが異常とまで言える。それでも彼らの存在が許されるのは魔物を殺すことに力が必要であるからだ。その力が、魔物や冒険者以外に向かなければ彼らの暴力は肯定される。

 そんな場所に、場違いな存在があった。



 少女、そうとしか言いようがない。

 筋骨隆々なわけでもなく、偉丈夫なわけでもない。

 華奢な肉付きで、ここにいる冒険者達が触ったら折れてしまうのではないかと思うほどには貧相な身体だ。

 そして、目を引くのは金の髪。

 忌み色(・・・)とされる金の髪をもつ少女は、縁起を担ぐ冒険者にとってはあまりにも不吉であり歓迎できる存在ではない。

 人形のような白い肌はまるで貴族の子女を連想させるし、まるで冒険者と噛み合わない異質な存在がギルドにいるのだ。

 しかも少女の肩には黒い猫が乗っており、ここまでくるともはやふざけているのではないかと思うくらいだ。

 ギルドの職員でさえ、呆れてものも言えないといった様子を見せている。

 そんな奇異の視線を向けられている少女はその全てを無視してギルドのカウンターまで進み、ざわつくギルドの中でもよく通る澄んだ声を発した。



「冒険者になりにきたんだけど」



 冗談を言っているのかと、誰もが思った。

 一瞬の空白、すなわち無音の時間が生まれる。

 そしてその次には笑い声が爆発する。

 最後に、怒りの感情が湧きあがる。

 冒険者はならず者だ。

 はみ出し者達が集まり、お互いの傷をなめ合っている。

 彼等は馴染めなかったが故に命の危険が常に隣合わせの仕事をしている。

 そこは彼等の領域だ。

 お互いに境界線を引いたはずの場所を踏み越えて、我が物顔で振舞う愚かな存在に怒りが湧きあがる。

 ここは単純な力が支配するならず者の領域。貴族の権力や財力などは身を守る力にならない。


「聞えなかったの? 私は冒険者になりに来たんだけど」


 しかし、少女はそんなギルド中から向けられる悪感情には気付いているのかいないのか、眉間にしわを作りながら再び言葉を発した。

 とり敢えず周りの人間は少女が底抜けの馬鹿か、とびきりの間抜けのどちらかだと判断した。

 そして、その馬鹿か間抜けか分からない存在に、ギルドの人間は優しくはない。

 顔に傷のある筋骨隆々が少女の背後に立つ。

 気配を感じた少女は面倒くさそうに振り返り男の顔を見上げる。こうしてみると少女の頭は男の胸ほどの位置にある。並んでみれば大人と子供くらいの身長差だ。

 眼光の鋭い強面の男が見下していると言うのに、少女は怯える様子も無かった。

 まるで自分が害されることはないとでも言うかのような顔がギルドの者達を更に苛立たせた。


「おい、メスガキ。ここが何処だかわかってんのか?」

「知ってるわよ、ヤマザル。分かってなかったら冒険者になりたいだなんて言わないでしょうが」


 売り言葉に買い言葉。

 安い挑発だが、ここは冒険者の巣窟。

 安いプライドに火がつくのは安い挑発で十分なのだ。



「ひん剥いて犯してやろうか?」

「見なくても分かるあんたの粗末な一物で満足させられると思ってるの?」

「なんなら試してみてもいいんだぜ?」

「出来るものならどうぞ、フニャチン野郎」

「抜かしたなァ……この忌み色がっ!!」

「……あんた、死ぬわよ」



 お互いが敵意を視線に乗せてぶつけ合う。強面の男はヤニで黄ばんだ歯を剥きながら獰猛に笑ってを思考を戦う為の物に切り替える。



「この身に流るるは紅の華炎の残滓!! 紅蓮の魔王イフリューテの加護よ!! 我が身に力を!!」



 強面の男が叫ぶ。それは特別な力を持つ者達にだけ許される魂に刻まれた力を起動するための鍵だ。

 異能持ちと呼ばれる者達がいる。特殊な力を神々から与えられた者達のことだ。

 そんな異能持ちの中でも更に数少ない強力な力を与えられた者を加護持ちという。

 どうやら強面の男は加護持ちであり、冒険者のなかではなかなかの実力者のようだ。

 男も、そして周りも勝利を確信している者特有の顔、余裕の表情というやつを浮かべている。

 少女が勝つことなど視野に入れていない。想像することすらしない。その後の少女を陵辱することを想像して下卑た笑いを浮かべている者が大半だ。

 だからこそ、少女は笑う。その笑みは華開くような可憐さの中に、毒を滲ませた笑顔。




「今更謝っても遅えからな!! ちいせえアナがぶっ壊れるまでここにいる全員で相手してやるからなァ!」



 下卑た笑みを浮かべて拳をふりかざす男の身体は陽炎が浮かぶ。紅蓮の魔王イフリューテの加護によって生み出された熱が大気を歪ませているのだ。

 ただの少女には過剰な一撃。何処かしらが損壊しても彼らにとっては十分楽しめるからだろう。

 最悪、顔と穴さえ無事ならどうでもいいとさえ考えているのだろう。

 愚かだと少女は笑う。



「踏み潰せ」



 それは誰に命じたものかはわからない。言葉と共にゆっくりと振り下ろされた手の動きとたった一言が何もかもを踏み潰す。

 男の身体も、プライドも、場の空気も、余裕も、何もかもを全て。

 踏みにじった。


 ドンッ。


 その音を言葉にしてしまえば陳腐な響き。

 だがそれは実際には身体の芯にまで響く衝撃を破砕音と共にもたらした。

 何か巨大で重い物によって踏み潰された男が白目をむいてギルドの硬い床に転がっていた。

 再び沈黙の帳が降りる。今度笑い声など上がらない。ゴクリと唾を飲む音と恐怖でヒュッという喉が引き攣れた呼吸音が上がるだけ。

 冒険者たちは遅れて理解する。

 目の前にいる少女がただ者ではないことを、ようやく。

 少女はつまらないとでも言うかのように、フンっと鼻を鳴らして受付で固まったままの職員に氷のように冷たい声を向けた。



「それで、私は冒険者になりにきたんだけど?」



 三度発せられた内容を疑うものは誰も居ない。

 そんな光景を少女の肩に乗っている猫はつまらなさそうに欠伸をしながら見ていた。

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