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彼女達は嘘をつく  作者: 与那覇勇一
第二章
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第二章 1

 やはり好きな人と同じクラスにいることはいいことだ。なんといっても直接見る機会が格段に多い。昼食を食べる楠木さん。授業中に居眠りしそうになる楠木さん。放課後に残ってお喋りする楠木さん。

 どれも初めて見る姿だ。恥ずかしいことに授業中など楠木さんのことが気になって身が入らないぐらいだ。

 さらに隣の席なので他愛のない会話を交わすことも多い。楠木さんがどんなテレビ番組を見ているのか、どんな歌手が好きなのかも知った。俺はなんだかんだでその環境を満喫していた。

 それは新学期が始まってから二週間ほど経った時だ。それまで俺と桜は会話を交わすことは多かったが楠木さんのことについては話し合っていなかった。

「暇なら今日、家に来て」

 桜から来た突然のメールで俺はあいつの家に行くことになった。そこで桜から早速罵声を浴びせかけられる。

「で、翔ちゃんは今のままでいいの」

 ちなみにまたしても俺は正座させられ、桜はベッドの上にふんぞり返っている。

「なんだよ、急に」

 俺が答えると桜は大きくため息をつく。そして皮肉めいたご丁寧な口調で尋ねてくる。

「では今の楠木さんの翔ちゃんに対する評価を一緒に考えてみましょう」

 俺は結構考えこんでからまじめに答える。

「そんなに親しくはないけどちょっといい人とか」

 それを聞いて桜が笑ったので、俺も笑い返す。それから桜は急に真剣な表情になって

「ブー。不正解」

 と言い放つ。ご丁寧に腕を交差させてバツ印まで作った。その迫真ぶりに思わず手に持っていたカルピスをこぼしそうになったぐらいだ。

「ただの隣の席の名和くん。いいとこちょっとした知り合い。下手したら名前すら覚えてくれてない」

 あまりの言いように反論する。

「それはちょっと評価が厳しすぎないか。これまでほとんど毎日楠木さんと会話してるんだぞ。お前は知らないだろうけど」

桜は俺に見せつけるように大きなため息をつく。

「言いたいことがあるんだったらはっきり言えよ」

 俺が返答を促すと桜は憐れむように言った。

「楠木さんは毎日いろんな人と話してるんだよ。翔ちゃんと違ってね。たとえ、覚えていたとしてもただの知り合いの一人。それ以上でもそれ以下でもないでしょう」

 たしかにそれは否定出来ないことだ。楠木さんに話しかける人は多いし、楠木さんが自分から話しかけることも多い。反論ができない俺を見て桜は嬉しそうに言葉を続ける。

「翔ちゃんもやっと現実を認識できたようね」

 今度は俺がため息を付いて桜に教えを乞う。

「で、どうしたらいいんだよ」

 桜は長髪を手で透きながら俺の質問に答える。

「特別なイベントを起こせばとりあえず記憶に残ることは出来る。最初はそこからよ」

「そんな簡単に特別なイベントなんて起こせるか」

 桜は鼻で俺の投げやりな言葉を笑った。それから急に立ち上がると俺を見下ろすように罵倒し始める。

「受け身、受け身。そんなんで楠木さんと付き合えるわけ無いでしょ。無理を何とかするしかないじゃない」

 桜が言葉を発する度にひだひだのプリーツスカートが目の前で揺れる。俺は威圧されるような気分になって何も言えずに頷くしかない。桜は黙っている俺に淡々と言葉を投げかけ始めた。

「人間は緊張した時に異性といると、緊張を恋愛感情と勘違いすることがある。ずばり吊り橋効果作戦よ。とりあえず今回はこれを使うわ」

 そういえば、どこかでそんな話聞いたことがある。だが納得出来ないことがある。

「って言ってもそんな状況どうやって作り出すんだよ。学校にいる時に緊張した状態なんてそうそうないだろ」

 そこで桜はそれまで揺らしていた足を急に止めた。

「うちの学校にはまさしく吊橋があるじゃない」

 真顔でとんでもないことを言い出したので突っ込む。

「どこにあるんだよ」

 いつになく意外そうな顔で桜は答える。

「あれ知らないの、哲学の森よ」

 哲学の森とは何か。その名は西田幾多郎が歩いたことで有名な哲学の道を模したという。大仰な名前が付いているが何の事はない、学校に隣接するほとんどただの森である。

 あえて言えば散歩コースが整備されていて何箇所か休憩所があるぐらい。もっとも休憩所と言っても東屋とベンチが置かれている程度のものだ。

 そんな場所で生徒たちが何をするというのか。答えは呆れたものだ。カップルが不純異性交遊に励んでいるというのだ。

 あまりに敷地が広大すぎて教師達もしっかりと管理する気がないらしい。いい加減なものだ。もっとも行ってみたことがないのでただの噂かもしれないのだが。俺の反応を伺っている桜に同意を告げる。

「なるほどあそこなら吊橋があっても不思議そうじゃないな」

「そうでしょ。まあ私も実際に見たことはないんだけどね」

 相槌を打った桜にさらなる疑問をぶつける。

「それでどうやって楠木さんとあんなところに行くんだ」

「どうせ翔ちゃんに誘う勇気なんてないでしょう」

 完全に馬鹿にした口調だがそのとおりなので口答えできない。そして桜は言葉を続ける。

「それに急に翔ちゃんから誘ってみても望みが薄いし。あんなところに男女二人きりで行こうなんて告白に等しいからね。代わりに私が誘ってみる」

 淡々としている桜に俺は率直な感想を告げる。

「ありがたいけど誘っても来ないんじゃないか」

 たとえ二人きりでないしろあんな所に誰が好き好んで行くというのか。桜もそのことを全く考えていないとうわけではないようだった。

「まあそうね。だけど楠木さんって結構ノリが良いところがあるから、誘ったら案外簡単に来るかも。もちろん二人きりは無理。下手したら十人ぐらいでガヤガヤと行くハメになるかもしれない」

「結構いろいろ考えてくれてるんだな」

 桜は意外と本気で俺のことを応援してくれているようだ。それが分かり俺は素直に感謝の意を告げた。桜は満足気に笑って頷く。

「そうでしょ。あと一つ翔ちゃんにテクニックを教えてあげましょう。相手の好感度を上げるテクニックその一。その名もミラーリングよ」

「ミラーリングってどういうことだ」

「簡単に言うと相手の動作を真似するの。例えばこんなふうにね」

 言い終えると桜は自分の頬を擦り始めた。いつのまにか俺は無意識で頬を触っていたようだ。真似されると恥ずかしいので、慌ててやめる。

「自分と同じ動作をされると人は喜ぶものなのよ。これで少しだけ恋愛レベルがあがったでしょう」

 そう言われても実際やられてみて馬鹿にされてるようにしか感じなかった。だからミラーリングなんて効果あるのかと思う。だが反論すると叱られるのは目に見えているので何も言わなかった。

  

 翌日、登校するとすぐに楠木さんが声を掛けてきた。

「名和、今日暇?」

 もしかしたらもう桜が楠木さんを誘うことに成功したのか。緊張を抑えながら席に座りつつ答える。

「暇だけどどうしたの」

 楠木さんは微笑しながら期待していた言葉を放った。

「なんか桜が哲学の森に遊びに行きたいとか変なこと言ってね。暇だったら一緒に行こうよ」

 楠木さんと桜はあっという間に距離感を詰め、二人は下の名前で呼び合う仲になっていた。それは置いといて心のなかでガッツポーズしながら何でもない風に答える。

「そういうことだったらいいよ」

 俺の答えを聞いて、ありがたいことに楠木さんはますます微笑んで喜んでくれる。深い意味はないのだろうけど俺にとっては最高の笑顔だ。そんな俺達のやり取りを遮るように千種が言った。

「あ、僕も一緒に行くよ。よろしく」

 千種を見るといかにも人畜無害で温和そうな顔をしていた。こんな顔のくせに意外と抜目のないやつだと警戒する。

 そんな俺の思惑など気付かずに楠木さんは周りの人達を誘い始めた。だが部活などを理由に皆一様に断る。楠木さんには悪いが俺にとってはありがたいことだ。遂には歩きまわってまで人を誘おうとする楠木さんを桜が止める。

「あんまり人数が多いと大変じゃない。人数が増えれば増えるほど歩くのに時間がかかるでしょ」

 楠木さんはちょっとの間考えこんだ後に納得したように言った。

「まあ確かにそうかも。じゃあ四人で放課後に行こうね」

 桜はどうだと言わんばかりの自慢気な表情で俺の方を見つめてきた。確かに桜の功績は認めなくてはならない。だが俺はその顔がおかしくて思わず少し笑ってしまった。俺の笑いに気づいて桜は不思議そうにぽかんとしていた。

 それにしても楠木さんは意外なほど素直に誘いに乗っってくれた。純真なところは楠木さんの魅力の一つだ。だけどたまに悪い連中に騙されるのではと心配になる。

 それから俺は隙を見て昨日教わったばかりのミラーリングを試そうとした。楠木さんがいつもの青いパッチン留めを弄っているので、俺も髪の毛をいじった。楠木さんが机に突っ伏したので俺も机に突っ伏してみた。楠木さんがあくびをすると俺もあくびをした。

 すると楠木さんが珍しく怪訝な顔になり、しかも俺を見つめてきた。思わず突っ伏していた体を起こし尋ねる。

「どうしたの。不審そうな顔してるけど」

 楠木さんは頬杖をつきながら単刀直入に聞いてきた。

「名和、なんか私の真似をしてない?」

 図星だが肯定する訳にはいかない。俺は少し息を吸った後に落ち着いて答える。

「いや、気のせいだと思うよ。もしかしたら無意識で真似しちゃったのかもしれないけど」

「うーん、気のせいかあ」

 楠木さんは俺の説明を信じこんで、手鏡を開いて髪を整え始める。その時笑い声が起こった。誰だ、俺の努力を笑った奴は。楠木さんならともかく他のやつは許さんぞ、と息巻いて見るとなんと笑ったのは桜だった。

 それから楠木さんは機嫌を直したように俺に話しかけてくれた。

「名和は山登りとかよくするの?」

 俺は首を横に振る。

「いや、全然だよ。アウトドア派じゃないし。家にいる時のほうが多いかな」

「家でなにしてるの」

 そう言われると困る。何故ならばダラダラしているだけだからだ。

「まあネットしたり、本読んだり、ゲームしたり、テレビ見たりしてるよ」

 楠木さんは俺のことを心配したように言った。

「なんだか引きこもりみたいだね。もう少し外で遊んだほうがいいんじゃない」

 彼女としては軽い気持ちだったのかもしれないが俺としては心に刺さるような言葉だ。だが黙っているわけにもいかない。気持ちを奮い立たせて答える。

「確かに運動不足は体に良くないしな」

「でしょ」

 楠木さんが同意する明るい声が俺には重くのしかかる。

「よかったら今日だけじゃなくてまた遊ばない。どこか遠くへ」

 伏し目がちになっていた目線を上げる。楠木さんは綺麗に別れた二重のまぶたで真っ直ぐ俺を見据えていた。その姿から勇気を得て

「うん」

 と頷く。すると楠木さんは満足気に頷き返す。そして何事もなかったかのように他の人達とのお喋りを始めた。


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