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彼女達は嘘をつく  作者: 与那覇勇一
第一章
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第一章 4

 翌日、登校した俺は正直言ってかなり驚いた。というのも楠木さんの席の周りに数人の人だかりができていたからだ。がやがやと実に騒がしく話をしている。さすが人気者というやつか。

 理由はもう一つある。楠木さんを囲んでいるグループの中に桜の姿があったからだ。桜はさっそく俺との約束を果たそうとしているのだ。

「おはよう名和」

 俺の姿に気づいた楠木さんが律儀に話しかけてくれた。しかもとびきりの笑顔付きでだ。慌てて挨拶を返すと楠木さんはすぐにお喋りに戻った。

 桜の奮闘ぶりは正直言って予想以上だった。その後も隙あらば楠木さんに話しかけている印象だ。最も楠木さんと話す女子は多いのであまり目立っているというわけではない。

 それともう一つ気づいたことがある。楠木さんの席の周りの人だかりには千種も寄与しているということだ。千種の席の周りにも人だかりができているのだ。千種は楠木さんの後ろだから二つの人だかりは重なり合っている。

「千種には絶対裏があるね」

 そう力強く断言したのは去年も同じクラスだった赤松だ。お調子者かつトラブルメーカーなのだがどこかに憎めないやつだ。あと年齢=彼女いない歴という点では俺と仲間である。

 しかしわざわざ教室の窓際に連れ出して何を言い出すのか。大方千種に聞かれたくないのだろうが。赤松の自信溢れる姿に俺は戸惑いながら尋ねる。

「なんか根拠があるのかよ」

 赤松は自信を少しも崩さずに答える。

「いや具体的な根拠はないけどよ、おかしいじゃんあれ。あいつの周りにいるの信者って言われるぐらい熱心な取り巻きらしいぜ」

 そういうのをモテない男の僻みっていうんじゃないだろうか。内心強くそう思ったが友達の情けで黙っておいた。

 だが千種悪人説は俺にとって結構都合がいい。爽やか風イケメンに見せかけた腹黒イケメン(どっちにしろイケメンなのが少しムカつく)だった千種が楠木さんを泣かせる。そこで俺が颯爽と現れて楠木さんを救うというわけだ。

 あいつは俺が納得したと思ったのか、同意を求めてくる。

「なあ、名和もそう思うだろ」

「あんまり人の悪口聞くのって好きじゃないなあ」

 振り返るとそこに立っていたのは楠木さんだった。

「く、楠木さん」

 突然、会話に割り込んできたので赤松が心底驚いた表情をした。楠木さんは千種の方に振り向きながら赤松を説教する。

「それに陰でこそこそ言うなんて男らしくないよ。文句があったら直接行ってきたら」

 美人に弱い赤松がおどおどしながら弁明する。

「いや悪口っていうわけじゃないよ。千種には気をつけたほうがいいのかもって思ってさ」

 楠木さんは柔和な表情ながら赤松への追及の手を緩めない。

「それ、本心で言ってるの?」

 赤松は嘘に嘘を重ねる。

「そもそも言い出したのは新田だからさ」

 思わぬ発言に赤松を見ると多少だが申し訳無さそうな顔をしていた。。あいつは俺に責任を転嫁するとどこともしれず逃げてていく。その様子を見て楠木さんが笑いながら俺に尋ねる。

「本当なの。さっきの言葉」

 楠木さんに誤解されてはたまらない、きっぱりと否定する。

「あんなの赤松の大嘘だよ。あいつが勝手に言ってただけさ」

 俺の言葉がぶっきらぼうすぎたのか、楠木さんは慌てて訂正するように言った。

「冗談だよ。名和君くんってそういうの好きそうじゃないもんね」

 言い終えたあとに俺を安心させるように楠木さんは微笑んだ。

「楠木さんって結構僕を信用してくれるよね」

 そう俺がそう言うと楠木さんが身に覚えがないようなさそうに答える。

「あれ名和君と話したことってあったっけ」

「やっぱり覚えてないのか」

 自分でも情けないことにちょっと悔しくなりながら言った。楠木さんはちょっとだけ不安そうな顔で尋ねてくる。

「えっと、いつのときかな」

「美人コンテストのときだよ」

 そう答えても楠木さんはすぐにピンとこないようだった。ぽかんとした顔で俺を見つめ始める。なんとか思い出そうとしているようだ。やがて楠木さんの表情が変わった。

「あー、あのときかあ。ごめん。ごめん。すっかり忘れてたよ」

 

 美人コンテストとはなにか。名前からすると文化祭のイベントみたいだが、全くそんなものではない。

 入学してまもないころに赤松が気まぐれで提案したのだ。各クラスから美人を一人ずつ選ぶ。全七クラスあるから、合計七人の候補者がいる。

 この七人の中から自分が美人だと思う上位三人を選んで投票する。一位は三ポイント、二位は二ポイント。三位は一ポイント。投票を総計して順位をつけるのだという。もちろん候補者への許可などとっていない。しかも順位予想で賭けをやるのだというだから呆れを通り越して恐れ入る。

「楽しめて、しかも金も入るってわけだ。まさしく一石二鳥」

 赤松が少しも誇るようなことではないのに胸を張って俺に自慢する。

「だけどお前胴元なんてやったら損するかもしれないんじゃないか」

 疑問をぶつけると赤松は呆れたように答えた。

「おいおい名和。控除率って言うのを知らないのかよ。胴元はどうやっても儲かるように出来るんだ。競馬なんかはこの仕組を使ってるんだぜ」

 学校の勉強はできないのにこういうところで赤松は頭が回る。なんとこれが男子たちには大受けだった。恐ろしい勢いで参加者が増えていった。恐らく男子の半分近く、五〇人ぐらいは参加していたと思う。

 儲かってしかたないだろう赤松が俺のところにも勧誘にやってきた。その顔は邪悪な笑みに溢れている。

「名和もやろうぜ。楽しいよ。一口百円から買えるから手持ちがあんまりなくても大丈夫」

 詐欺師みたいな口ぶりだ。いや実際詐欺師なのかもしれない。

「胴元が必ず儲かるように出来てるんだろ、そんなギャンブルするかよ」

 俺が答えると赤松は悪びれずに言葉を続ける。

「そういやお前にはカラクリを教えてたんだった。じゃあ、投票するだけでもいいから」

 またしても首を横に振った俺に赤松は思わぬ言葉を吐いた。

「お前四組の新田と幼馴染なんだろ」

 赤松が唐突に言ったので思わず声が真剣なものになる。

「何で知ってるんだよ」

「そんなに怖い声出すなよ。お前と同じ中学校のやつから聞いたんだよ」

 お喋りな奴もいたもんだと思いながら尋ねる。

「で、どうして今その話を持ちだしたんだ」

「新田も候補者の一人なんだよ。まあ候補者と言っても仲間内で適当に選んだんだけどな」

 俺が驚いていると赤松が耳元で囁く。

「賭けないからお前だけに特別に教えてやるよ。新田、今二位だぞ。まあ一番人気の楠木さんには遠くおよばないけどな。楠木さんは特別だからしょうがない」

 それから赤松はニタニタとしながら言った。

「もしかして新田に投票することを俺に知られたくないのから渋ってるのか」

 今思えば安い挑発だったのだが俺は乗ってしまった。今思えば若かったのだ。たかだか一年前の話だけど。とりあえず一番人気は無難に楠木さん。二番人気と三番人気は桜以外の候補者から適当に選んだ。

 いよいよ投票を締めきろうとしていた時に教師にコンテストがバレた。あまりに大人数が参加したのが原因だろう。そして教師たちはこっぴどく叱る対象をコンテストの首謀者たちに絞った。さすがに五〇人を叱るには気力が足りなかったのだろう。

 衝撃だったのは俺が疑われたことだ。赤松を始めとする容疑者たちが会議室に集められた。もちろん俺もだ。自分はやっていないと答えたのに教師はなおも俺を疑っていた。流石に赤松も悪いと感じていたのか

「新田はただ投票しただけです。運営に関わっていたわけではないし、賭けてもいません」

 といつになく真面目な表情で弁解してくれる。教師は納得していない様子でネチネチと俺を追求してくる。とはいえ証拠もないし否認し続けたので、結局俺は放免されることになった。

 だが教師からの謝罪の言葉は何一つなかった。釈然としない気持ちで会議室をあとにする。

「叱られて大変だったでしょ」

 声を掛けてきたのは、廊下の壁にもたれかかっていた楠木さんだった。どうして突然話しかけてきたのか見当がつかなかったので聞く。

「今まで話したことないよね」

 楠木さんが不思議そうな顔で逆に尋ねる。

「今まで話したことがなかったら話しかけちゃいけないの」

 おかしなことを言う人だなと思いながら疑問をぶつける。

「そういうわけじゃないけどさ。ところで楠木さんはなんでこんなところにいるの。ひょっとして盗み聞き」

「候補者の女子は女子で集められるの。なんでも事情を説明されて、赤松君たちから謝罪されるんだって」

 まあ勝手に候補者にされたのだからそういうケアがあって当たり前か。それから楠木さんはなんでもないことのように俺にとんでもないことを尋ねる。

「君も犯人のうちの一人なの?」

 教師からの追求を受けて俺は気が立っていた。思わずひねくれた感じで答えてしまう。

「違うよ、疑われたけど俺はやってない。まあ投票はしたけど。信じてもらえないだろうけど」

「ふーん、そうなんだ。大変だね」

 楠木さんは予想に反して、あっさりと俺の説明を受けれいれた。その態度に思わず疑問を発する。

「なんで」

 楠木さんが首を傾げながら答える。

「なんでって何が。無実の罪で疑われてたら大変だと思うでしょ」

「いやそうじゃなくて。なんで俺の言ってることを信じたのかなって」

 俺の質問に楠木さんはきょとんとした顔で答えた。

「だってそう言ってるんだから信じてあげなきゃ可哀想じゃん」

「ところでさ、私の順位って何位だったの」

 どう答えようとかと少し迷ったが結局正直に答えることにする。

「首謀者の赤松曰く、ぶっちぎりで一位らしいよ」

 楠木さんが俺をじっと見つめながら確認する。

「本当に?」

 俺が頷くと楠木さんは実に嬉しそうな顔をした。小さくだがガッツポーズまでしていたほどだ。俺はその反応を意外に感じて尋ねてみる。

「嫌じゃないの」

 楠木さんさんは笑いながら答える。

「まあ勝手にコンテスト開いてたのはちょっとびっくりしたけど。馬鹿な男子が如何にもやりそうなことだし、怒ってもしょうがないかなって。それに一位なのはやっぱり嬉しいよ」

 それから別の候補者がやってきて、僕は自然と教室に戻った。楠木さんはバイバイと言って手を振ってくれた。事情を知らない別の候補者が心底不審そうな顔をしていた。これが一年の時楠木さんと話した唯一の機会だ。


 当時のことを思い出してくれた楠木さんが懐かしそうな顔で呟く。

「今となっては笑い話だね、美人コンテストなんて」

 思わずため息を尽きそうになったのを抑えながら答える。

「全然笑い話じゃないよ。赤松の巻き添えで俺まで女子の敵みたいに扱われちゃったし。多分今でも勘違いしている人いるよ」

「じゃあ女の子にモテないから大変だ」

 楠木さんにからかわれた俺はちょっと高く調子が外れた声で答えた。

「そういう問題じゃないでしょ」

 そこで楠木さんは急に俺に一歩近づいた。今までも結構近い位置で話していたというのにだ。

「でも、まあ悪いことばっかりじゃないでしょ。例えば」

 そこで楠木さんは言葉を溜める。突然の接近に内心驚きながら言葉の続きをずっと待つ。それから楠木さんは首を傾けながら上目遣いで俺に語りかけてくる。

「あの事件があったから私達初めて話せたわけだしね」

 もう俺はしどろもどろで返事をするどころではなかった。ただただじっと彼女の顔を見つめ、言葉を聞くことしか出来なかった。

「それに名和はあの時のことをいままで覚えてくれたし。律儀なんだね」

 ようやく動揺を抑えながら事する。

「律儀っていうかたまたま覚えてただけだよ」

 本当は楠木さんが素敵すぎて印象に残っていたのだが、こんなこと本人に対して言えるわけがない。そんな俺の気持ちに楠木さんはちっとも気づいていないようだ。

「記憶力が良いんだね。ちょっとわけてほしいぐらい」

 それから彼女は前髪についている青色のパッチンどめをちょっといじる。そしてあの時のようにバイバイと声を出して手を振って自分の席へと戻っていった。楠木さんの言うとおり悪いことばかりじゃないようだ。


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