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彼女達は嘘をつく  作者: 与那覇勇一
第一章
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第一章 3

「入っていいわよ、お母さん」

 桜が答えるとすぐに扉が開く。そこに立っていたのはお盆を手にした桜のお母さんだった。親子なのだから当たり前かもしれないがよく桜に似ている。目元の辺りなんか特にそっくりだ。ちなみに俺はおばさんと呼んでいる。

「ほんと久しぶりだわね。翔ちゃん」

 こちらに向かいながら声を掛けて来たおばさんに答える。

「お久しぶりです」

 思わず頭を下げた俺を見て、おばさんは口に手を当てて笑う。

「どうして正座なんかしてるの、翔ちゃん」

 適当な言い訳が見つからずに黙っていると桜が口を挟んだ。

「自分で自分に罰を与えているのよ」

 助けてくれるのかと思ったのに頓珍漢な事を言った桜を睨む。

「なにそれ、おもしろいわね」

 俺達の不穏な様子に気づかずに、おばさんはより一層大きな声で笑い出した。そしてお盆をテーブルの上に置いて告げる。

「じゃああとはお二人さんで仲良く」

 お盆に乗ったカルピスが入ったグラスを手にしながら桜が言った。

「そういえば翔ちゃん、これ大好きだったよね」

 桜に続いてグラスを手にして無言で頷く。わずか二年ぐらいしか間が空いていないのにこれを見ると無性に懐かしく感じる。たかだが一六年間しか生きていないからだろうか。

 甘い物を飲むと太るし、虫歯になるというのでうちでは麦茶しか出されなかったのだ。流石に今ではカルピスぐらい自由に飲めるが。ほんとうに小さい頃は桜の家に行く理由は半分ぐらいこれ目当てだった。その名残で桜が俺のうちに来ることはめったになく、俺が桜の家に行くことがほとんどだだった。

 カルピスを一口飲んだあとに桜が提案する。

「とりあえず、今日はこのぐらいにしない。私も情報を整理したほうが教えやすいし」

 結構適当だなあと思いつつ頼んでいる身なので強く出ることも出来ない。

「じゃあそうするか」

 部屋を出ようとした俺の肩を桜が掴む。

「なんだ、さっきのお返しか」

 呆れながら尋ねると桜はテレビの方を指差す。

「ゲームやろうよ。懐かしくなったから」

 なんだそんなことかと思ったが、忙しいわけでもない。受験なんてまだまだ先のことだし、俺は万年帰宅部だ。しょうがなく桜と一緒にテレビの前に並んで座る。やり始めてすぐに俺は桜の弱点を思い出した。

「そういえばお前ってさゲームめちゃくちゃ弱いよな」

 桜は無言でうなずいた。最初にやったのは格闘ゲームなのだが、一方的に俺が桜をなぶる展開になってしまった。大人数でやれば下手くそな人間にも漁夫の利を得る機会が出てくる。だが二人きりでやるとこうなってしまう。桜はいそいそと別のゲームを手にした。

「これ、やりましょう」

 桜の提案に相槌を打つ。

「まあそっちのほうがいいだろうな」

 唯一俺と桜の実力が拮抗していたのがこの早押しクイズバトルゲームなのだ。クイズに早く答えた数が多いほうが勝ち。という至ってシンプルなゲームながら問題登録数は数万を誇るという。もっとも馬鹿みたいにやりこんだのでどの問題も一度は見たことがあると思うが。桜の小難しい言葉の引用元もほとんどこのゲームだろう。

 一時間ほどだらだらとゲームをしたが、だいたい勝敗はほとんど五分五分だったと思う。夕飯を食べて行ったらどうかというおばさんからの誘いを断って俺は帰路につく。といっても隣家なのですぐに着くのだけれど。

 わずか数十秒の帰り道で俺は考え始める。今日は結局何の意味があるのだかわからないアドバイスを受けただけに終わった。だが収穫もある。それは昔のように桜となんのてらいなく話せたことだ。

 

 今から振り返ってみれば俺と桜が仲違いした最初のきっかけはそうたいしたものじゃない。

 俺達は田舎に住んでいる。幸いなことに山奥というわけではないが家の周りは田んぼだらけだ。なので俺たちの小学校の一学年の人数は四〇人ちょっとしかいなかった。ぎりぎりなんとか二クラスを作れる人数だ。

 それで六年間を過ごすんだから人間関係は当然濃くなる。だからなのかあんまり、男子と女子という意識がなかったと思う。体育の時間も男女一緒に着替えていたぐらいだ。今考えてみるととんでもなくルーズな学校だ。

 中学校に入ると他の小学校から来た連中が加わって一学年が百二十人ぐらいになった。それもあってか急速に男子と女子の間に壁が出来上がっていった。だけれど状況にすぐ対応できない間抜けが二人いた。俺と桜である。

 俺たちは小学校時代のように毎日連れ添って帰っていた。正確に言うと小学校時代の時は同じ方面の連中も一緒だったが、中学になるとやがて二人きりで帰るようになっていった。それに休日も二人で遊ぶことが多くなってきた。

 どこの学校にも馬鹿な男子生徒という奴はいるものである。いや馬鹿な男子生徒がいるから学校というのかもしれない。鶏が先か、卵が先かのようなものだ。それはさておき、馬鹿な男子生徒がこんな俺達をほうっておくわけがない。中学二年のある日俺をからかってきた。

「ほんと新田と名和ってラブラブだよな。家も隣なんだろ。このまま結婚する気なのかよ」

 調子に乗って他の連中まで囃し立てる。こんなことをされたら思春期の中学生はこうやって言い返すしかないだろう。

「そんなわけねーだろ! 誰があんなブスと付き合うか!」

 都合の悪いことに桜がその時教室に入ってきた。友達と楽しそうに話していたあいつは歩みを急に止めた。その時のあいつは本当に怖い目で俺を睨んでいた。

 周りの連中が桜が教室に入ったのを見て一層囃し立てる。

「名和、結婚相手がやってきたぞ」

桜は立ち止まってこちらを見ている。桜の友達が不機嫌そうな顔で俺を非難する。

「なにあれ、名和って最低」

 ああ、そのとおりだ。桜はというと無表情で静かに頷いていた。けれど俺は周りの連中を気にしてすぐに謝りに行けなかった。本当に馬鹿な男子生徒は俺だったのかもしれない。

 俺は最初事態を軽く考えていた。所詮軽口だ、俺とあいつの仲なのだからどうということはないと。それに桜は怖そうでいて、本当に怒ることはあまりないと知っていた。怒ったとしても数日立てばすっかり元通りになっているのがいつもの例だった。

 だからは俺は事件などなかったかのように振る舞った。あいつはなんとそんな俺を完全にシカトしたのだ。まるで俺はその場に存在していないようだった。それも大勢の前でだ。    

さすがの俺も事態の険悪さを悟った。おそるおそるだがしっかりと頭を下げた。それはは事件が起きてから一ヶ月も過ぎた頃だった。あいつはそんな俺を見ることもせずに突き放した。

「ブスと話してもおもしろくないでしょ」

 その顔は本当に不機嫌そうだった。元はといえば俺が悪いのだがこんなことを言われたらむかっとくる。俺はそれ以上謝ることをせずに自分の席へと戻った。

 それでも頭を冷やした俺はしばらくしてからもう一度謝りに行った。今度は桜の家でだ。桜には拒否されたが、おばさんに頼み込むという卑怯な手段を使って桜の部屋に上がり込んだ。

 桜は半ば呆れたようにして俺の謝罪を受け入れてくれた。だけど俺が帰ろうとした時に突然こんなことを言い出したのだ。

「翔ちゃんってさ好きな女の子いないの?」

 桜と俺が恋愛の話をしたのはその時が初めてだった。

「いきなり何言い出すんだよ」

 俺は誤魔化すように笑ったが桜は真剣そうな表情を崩さない。その顔につられて俺まで真面目な気分になってしまう。桜はその空気を崩さないまま畳み掛けてくる。

「それでいないの?」

 その真剣さに動揺しながら突き放すように答えた。

「いねーよ」

 結構な間が空いてからからあいつはこんなことを言いやがった。

「私のことはどう」

 じっと俺を見つめてきた桜に俺は何も言うことが出来ない。

「ひょっとしたら好きなのかもって思ってるんだけど。ちなみに私は当たり前だけど翔ちゃんのこと 嫌いじゃないよ」

 俺はまたしても冗談を飛ばすことで事態の打開を図る。

「こんな時に告白かよ」

 桜は俺の冗談を無視するように答える。

「そもそものきっかけはさ、私達の仲の良さをからかわれたことだったんでしょ」

 どこで知ったのだろうかと困惑しながら頷く。桜は淡々と説明を続ける。

「私も他の女子から翔ちゃんとの関係を聞かれることがあるの。からかわれるってわけじゃないけど。ひょっとしたら翔ちゃんを好きな子から頼まれたのかもしれない」

「それ本当かよ」

 今度は桜が頷く番だった。それから俺に諭すように告げる。

「しばらくの間、少し距離をおいたほうがいいんじゃないかなって思うの。こういう微妙な関係続けていってもいいことないのかなって」

 もう俺の言葉におちゃらけたところなど少しもなかった。微妙な関係ってなんなんだよ。そう思ったが口にだすことが出来なかった。代わりにどこまでも乾いた口調で尋ねる。

「しばらくっていつまでだよ」

 桜はかなりの間考えこんでからひねり出すように答えた。

「例えば翔ちゃんに好きな子ができた時とか」

 俺は悔しかったが力なく頷くしかなかった。

 それ以来接触といえば廊下や家の近くですれ違えば多少日常会話を交わすぐらいだった。そしてそのままの状態で中学を卒業した。

 幸か不幸か俺たちは同じ高校に進学した。そして今日に至るというわけだ。まあ仲が悪いよりは良いほうが俺も好きだ。恋愛相談という奇妙な形だがこれで関係が元通りになるんだったら言うことはない。


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