悪役(にされた)令嬢が婚約破棄される(かもしれない)話。
冤罪回避のパターンがいくつか思い付いたので変えてみました。
前作と登場人物や設定が同じですが違う話です。
「ルドヴィカ・スフィーア」
名前を呼ばれて顔をあげると、そこには愛しい愛しい婚約者とその側近たち、そしてピンクの髪を揺らすかわいらしい少女がいた。
「ルイズ・ローに対する数々の嫌がらせはすでに明白。お前のような性根の卑しいものとの婚約は続けられぬ。ここにナナイ王国第2王子、アンリ・ナインとルドヴィカ・スフィーアの婚約破棄を言い渡す!そして新たにルイズ・ローとの婚約を宣言する!!」
アンリは創立記念パーティの開式の挨拶の終了と同時に高らかに宣言した。
思い思いにきらびやかに着飾った生徒達は、ルドヴィカの周りに空白地帯を作り上げ、アンリ達のいる檀上まで海が割れるがごとく一直線に道を示した。
ルドヴィカはこの茶番劇に込み上げてくる笑いを必死にこらえてアンリの前まで進み出た。
開式の挨拶をする王子や生徒会でもある側近はともかく、一生徒でしかないピンクの少女、ルイズがなぜ檀上にいるのか。生徒も教師も咎めようとしない。この国の最高権力者に近い第2王子が許しているからだろうか。学園内では平等が原則なのに。
ルドヴィカはアンリの顔を真っ直ぐに見つめた。
「嫌がらせ?」
こてんと首をかしげてみせる。
「そうだ。ルイズの羽ペンを盗んだだろう」
「盗んだとは人聞きの悪い」
ルドヴィカは口元に手を当てて内緒話をするように小さな声で伝える。
「ここだけの話、あの羽は禁猟指定されているリルツェの羽ですの。持っているだけで魔法の威力が上がりますが同時に理性を失っていく恐ろしいもの。見つかれば捕まってしまいますわ」
「え?」
「過去に作られたものだとしても今持っているだけでも罪になりますのよ。ご存知ありませんでしたでしょ?今は断絶したルイーザ侯爵家の隠し金庫の隠蔽魔法の中から出てきたと報告して国立博物館へ寄贈しておきましたからご安心なさって」
「ちょっ」
「今頃羽の部分に『るいず』とでかでかと書かれた羽が展示品になっていると思いますわ。もちろん魔力を遮断するケースの中ですから安心して見に行かれてくださいませ」
頬に手を当てて良い事しましたわ、と自己満足に浸る。
「いやいやいやいやそれなら一言言ってくれれば」
「密猟の疑いがあると?或いは密輸? たかが子爵家が手にいれられるものではありませんの。裏社会との繋がりを疑われるだけですわ。そちらの方がよろしかったかしら?」
ルイズの言葉にルドヴィカはきっぱりと答えた。そもそも『るいず』とでかでかと書かれている時点で世に出せるものではない。いっそ燃やしてくれればと口にすればそうはいっても大変貴重な品なのだと返ってくる。
「その辺りの事なら俺が…」
「まさか!王家の所蔵にリルツェの羽はありません。出所の偽造も出来ないでしょう。騎士殿が?その手合いは苦手でしょう。宰相家様?清廉潔白を重んじる宰相家では難しいと思いますわ。我が義弟も平民上がりの魔法使いも出所を誤魔化すことは出来るはずもございませんね」
次々に切って捨てる。確かに学園の生徒である彼らには出所を誤魔化すことは難しい。その点、高い魔力で学生の身ながら魔法省に所属しているルドヴィカなら希少な魔法具をどこからか見つけてくることもあり得ない話ではない。没落した貴族の隠し財産を探すために駆り出されることも無きにしもあらずだ。
「周りに人もいることですし、この話題は避けた方がよろしいと思われますわ」
うっ、と言葉をつまらせる。音量を下げているとはいえ壇の上と下で行われている会話がどのような形で噂になるか分からない。
「で、ではルイズの授業を妨害した件だ。魔法実技の試験で使用するカードに不正を働き魔法の発現を阻害することで不当に評価をさげさせたな」
「評価を下げたとは人聞きの悪い」
ルドヴィカはまたしても口元に手を当てた。
「実のところカードの細工は以前からしていましたのよ」
爆弾発言に側近達は口々に責め立てる。しかしルドヴィカは動じない。なぜなら
「以前からルイズさんの、というかクラスの皆さんの魔法の威力が増大するようにカードに細工をしておりましたの」
「え?」
「魔法省の実証実験を行っていましたから。自分の魔力より少しだけ高い魔力を使える刻印を用いて魔力の底上げを図る実験でしたの。しかしながら今回は計測担当のアレク様の都合がつかず実験は中止しております」
「ちょっ」
「つまり、今回の試験に関していうなら純粋にルイズさんの実力ですわ」
そんなはずはないと呆然と立ち尽くす。ルイズは努力家で魔法を扱うのが上手になったねとクリス君にも誉められた。
「実験に関しては学園入学時に協力を御願いする書類にサインしていただいていますし、実験前には保護者のかたの承諾と皆さんへの説明もしましたよ」
なんの問題もありません。
ルドヴィカはそう主張した。
そう言えば新しいカードを使うとかなんとか聞いた気がしてきた。大分前だったがあれからずっと実験に協力していたのか。
「その実験で不正をしたんだろ」
「そんなことをしたら正しい計測結果が出ません。お金と時間の無駄遣いです」
きっぱりと言い切る。
「威力を増大させると言ったな。つまり暴走の危険があったということだな?ルイズを危険にさらしたな」
アンリが気がついた。が、遅い。遅すぎる。何て頭の回転の遅い。仮にも愛する人間が危険にさらされていたかもしれないと言うのにその安全確認が後回しになるなんて信じられない。
「もちろん安全面には細心の注意を払っておりましたわ。本人の魔力の1.5倍位の威力になるように調整し、カード使用時には必ずわたくしが立ち会い、暴走時には速やかに対応できるようにしておりました。学園で使用される防護魔法の創設者であるわたくしにとってその程度の暴走を誰にも怪我をさせることなく納めることなど容易いことですもの」
今、ルイズが魔法を使用して暴走したとしてもルドヴィカには小指1本で納められる。比喩でなく本当に。それほどまでにルドヴィカの魔力と魔法技術は突出している。
以前はちょっとした魔法訓練の度に怪我をして重傷者も珍しくなかったのだが、ルドヴィカが防護魔法を考え出してから高威力の魔法が直撃しても軽傷ですむようになった。より実践に近い形の魔法合戦が出来るようになり、学園の魔法使いの資質も向上しているときく。
その実績があるため、ルドヴィカの言葉に嘘が無いことは学園の誰もが認識できる。実際、ルイズは1度も暴走させることなく、怪我をすることなく学園生活を送っている。
「周りに人もいることですし、ルイズさんの魔力のなさや忘れっぽさが知れ渡ってしまいますわ。この話題は避けた方が良いかと思われますわ」
ぐっと言葉をつまらせる。先ほどより声が大きくなっているが、まだ周りに伝わっていない。と、思う。壇上と壇下で繰り広げられる攻防に、会場の皆がざわめいている。早くパーティを始めたいのに、挨拶終わりで断罪裁判を始めたために、これが終わらないとパーティが始まらないのだ。
「で、では次はルイズの机に魔法陣を仕掛けた件だな。ルイズの机に火の魔法陣を仕掛け、怪我を負わせようとしたな」
「怪我をさせようとしたとは人聞きの悪い」
ルドヴィカは毎度口元に手を当てる。
「机に魔法陣を描いたのはわたくしですわ」
口々に取り巻きがルドヴィカを攻め立てる。しかしルドヴィカは動じない。なぜなら
「皆さんの机に同様の魔法陣を描いていますわ」
「え?」
「実は最近盗難事件が多発しているそうですの。委員長から頼まれまして、全員の机に魔法陣を描きましたわ。もちろん威力は抑えてあるので前髪が少し焦げる程度でしょうか」
「ちょ」
「校内施錠後に触れると発動するように時間を指定した魔法陣はそれはもう会心の出来といえますわね。このような魔法陣を描けるのは世界中探してもわたくしだけなのではないでしょか」
にっこり笑って自慢するルドヴィカ。頬に手を当てあら?とわざとらしく疑問を呈す。
「魔法陣が発動したということは校内施錠後のはず。そんな時間に何をなさっていたのかしら?」
口ごもるルイズ。しかしはっとしたように顔を上げる。
「そんなの嘘よ。聞いてないわ」
「あら?そうでしたの?でも委員長さんに聞いていただければ分かると思いますわ。いえ、それより先生にお聞きになられたほうがよいでしょう。この件に関しては教師も了承済み。魔法陣を描くための許可書をいただいておりますもの」
むやみやたらに魔法を行使しないように、学園内では実習室以外での魔法行使が禁じられている。魔法陣もしかり。それにのっとりルドヴィカを糾弾しようとしていた面々は驚きを隠せない。
許可書の確認ぐらいすぐに出来る。
なんと爪の甘いと、逆にルドヴィカは驚きを隠せない。
「仮に聞いていなかったとしても、校内施錠後に机に触れなければ魔法陣は発動しないので問題はないのですけれども」
うふふ、とわざとらしく笑う。そして
「周りに人もいることですし、ルイズさんが校内に侵入したことが知れ渡ってしまいますわ。この話題は避けたほうがいいと思われますわ」
3回目の同じセリフを告げた。
「で、ではルイズを階段から突き落とした件はどうだ!私もその場にいたし、丁度階下にリチャードがいたから良かったもののそうでなければ怪我ではすまないところだったぞ」
「騎士様がいらしたからこそですわ」
今度こそ認めたと取り巻きが騒ぎ立てる。騎士のリチャードなどはルイズの肩に手を置いて慰めているようだった。もちろんルドヴィカに興味はない。
さすがに4回も同じことをするのは疲れてきていた。
「アンリ様をお助けするためには仕方のないことでしたもの」
「どういうことだ?」
アンリが眉根を寄せる。今までと違いルドヴィカは周りを見渡しふぅっと息を吐く。たったこれだけで僅かな風の魔法を用いて周りの人間に声が聞こえにくくした。魔法を使用してはいけないが今からする話をを周りに聞かせるわけにはいかない。また、この程度の魔法なら目こぼしをいただける可能性もある。もしものときは強権を発動させよう。
「ご存知ありませんでしたの?あの時アンリ様を窓の外から狙う賊がいたのですわ。あのままでしたらアンリ様は死んでいたでしょうね。呪いの魔法が発動しておりましたわ」
「え?」
「とっさにルイズさんを階下に突き落とすことになってしまいましたが騎士様がいることは知っていましたから何とかなると思いましたの。何とかならなくてもそのときは浮遊魔法か軟化魔法をかけて怪我をしないようにするつもりではありましたよ。そうでなければ巻き込まれて今頃死んでいたかもしれませんわね」
「ちょっ」
「呪いの内容としては魔力と生命力を奪うもののようですわね」
ほら、とルドヴィカは自身の左腕の裾をめくる。腕には黒いしみが脈打っている。その形は歪なトカゲのようだ。時折ふるふると震えて身動ぎする。
「わたくしが代わりに呪われてしまいましたの」
ひいっ、とルイズが悲鳴をあげる。
アンリ達も眉をひそめている。
「それならなぜルドヴィカは死なないんだ?」
ひどいことを言ってくれる。元婚約者。公爵令嬢。最強の魔法使い。代わりに呪いを受けたのだ。死を望まれるいわれはない。
「わたくしの魔力は甚大ですもの。この程度の呪いを飼っていても支障はありません。むしろ封じの魔法を使わないでいいので丁度いいくらいですわね。おそらく意図的に魔力を流し込めば呪いの方が耐え切れずに離れていき術者に帰るでしょう」
なんでもないことのように言っているが、呪いの類の魔法を返すにはその構造を理解し解体し再構築する必要がある。正規の手順でさえかけた魔法の倍以上の魔力を必要とするのだ。それを力技で返してしまえると言い切るルドヴィカの魔力量とはいかほどのものなのか。
「そんなことよりご自分を狙った賊のことは気になりませんの?」
「そ、そうだ。この国の王子たる私を狙ったのは誰なんだ?」
相変わらず重要な事柄に対する危機感がなってない。こんなんで大丈夫だろうかとルドヴィカは内心でため息をつく。
「本当にご存じなかったのですわねぇ。わたくしこの件に関しては陛下にも進言していますのよ。場合によっては国家の一大事ですもの。その上で注意も勧告もなかったなんて」
「もったいぶらずにアンリを狙った賊を教えなさいよ。そしてそいつをここに連れてきなさい」
困ったものですわ、と内心ため息をつくルドヴィカにルイズが叫ぶ。
騎士もそれに習う。主を狙う賊を見逃していたとは不徳の致すところ、とか思っているに違いない。そのとき彼は降ってきたルイズにデレっとしていたのをルドヴィカは見ている。
「賊はすでに捕らえて警備兵に連れて行かれています。どうやらルイズさんに恨みがある方のようで一緒にいたアンリ様が巻き込まれた形になるようですよ」
「私に?」
「この世にルイズを恨むような性根の腐ったやつがいるのか。けしからんな」
うん。けしからんのはあんたの頭の中だよ、と思ったり思わなかったり。
「その性根の腐ったやつというのはルイズさんのお兄様でいらっしゃるのですが」
「え?」
「ルイズさんがロー子爵家に引き取られた際に色々、本当に色々お世話をしたのに散財した挙句さっさと学園の寮に入って子爵家とはほぼ連絡を絶っていることに怒りを募らせたようですわよ」
「ちょっ」
「もともとロー子爵家は呪術魔法に精通していますからね。令息とともに子爵ご本人にも事情を聞いているところですわ」
巻き込んだとはいえ王族に呪いをかけようとしたのだ。子爵家取り潰しは決定的だろう。あとは斬首か追放か。
ルイズは実家の危機に青ざめている。深窓のご令嬢なら気を失って倒れてしまいそうだが、案外神経の図太いルイズはアンリの服の袖をぎゅっと握り締めてルドヴィカを睨んでいる。仕組んだ黒幕はルドヴィカだといわんばかりだ。
しかしルドヴィカは何もしていない。仮に仕組んだのが公爵家だったとしても断絶は免れまいような案件だ。自分の個人的な感情で家族の命運を放り出すような教育を受けていない。
「この件に関してはすでに王宮警備隊の手にゆだねられています。あまり騒ぎを大きくしないためにもこの話題は避けたほうがいいと思われますわ」
4回目でも終わり方はこうなるのだ。
「で、ではルイズの魔法を封じたのはなぜなんだ。階段から落とされたあたりからルイズの魔力が消えているのだ」
「ええ。そうでしょうね」
いろいろ否定されすぎてアンリの態度がようやく軟化してきた。周りの取り巻きの騒ぎたても小さくなっている。
「どうして私の魔力が封じられなきゃいけないのよ!」
ただ一人ルイズだけはきゃんきゃんと騒いでいる。
「あなたが勝手に封じられているだけですわ」
「え?」
「これに関してはわたくし、一言申し上げたかったのです。わたくしの魔力量が多いことは先ほどお話したとおりです。この呪いのおかげで今はそうでもありませんが、普通なら多すぎる魔力が身体から流れ出て勝手に魔法が発動したり他人の魔力系統に悪影響を及ぼすことから普段は魔力を封じるための魔法具を使用しております。普段使いできるようブレスレットに封印の刻印をいくつか刻みそれを常に身につけておりましたわ。それがこの呪いを受けた一件以来紛失しておりますの」
「ちょっ」
「そう、それは丁度ルイズさん、あなたが今しているようなものですわ」
先ほどまでの笑顔とはうって変わり、真剣な眼差しでルイズの左手首を見つめる。
間違いなくルドヴィカのブレスレット。
仮にも公爵家令嬢が身につけていてもおかしくないように綺麗な宝石がふんだんにあしらわれ、その宝石さえも封印の刻印の一種だという一品ものだ。
というかルドヴィカの手作りだ。
ルドヴィカほどの魔力を抑えるためにはルドヴィカ以上の力の持ち主の刻印が必要になるが、そんな人いるはずもない。規格外のルドヴィカは自分自身で自らの魔力を封じている。それには限界がある。
呪いのトカゲ君には大変助かっている。少しでも気を抜くと放出される魔力を気にすることなく生活できることがこれほど楽だと生まれて初めて知ることが出来た。
とはいえ国の防衛とか研究とかには魔力を解放しなければならないので、いつまでも呪いをその身に受けているわけにはいかない。つけ外しのできるブレスレットと違い、呪いは一度きり。返してしまえばその後の制御が大変になる。だから早々に封印のブレスレットを見つける必要があるのだ。
「こ、これは友達からもらったのよ」
自らの左手首のブレスレットを握りこんだ。
「ルイズ…」
アンリが呟く。
「何よ。アンリまで私を疑うの?これはもらったの」
「どなたから頂いたのかしら?」
「そんなの関係ないでしょ。これは私のもので、あんたのじゃないわ。よく似た違うものよ」
「では少し見せていただけませんでしょうか」
「嫌よ。そのまま盗まれかねないわ」
あくまでもらったものだと主張し、見せようとしないルイズ。
「ではアンリ様が見ていただいてもよろしいですか?」
「アンリにならいいわ」
味方であるアンリに見せることにためらいはないようだ。ルドヴィカは視線でアンリを促す。
意味がわからないアンリは促されるようにルイズのブレスレットを見る。きらめく小さな宝石がいくつも並べられ金の地金にも細かな装飾がびっしりと刻まれている。そこに描かれた刻印を見て、アンリは悲しそうに告げた。
「ルイズ…これはルドヴィカのものだ」
「え?何を言っているの?」
言葉の意味に驚き、裏切られた悲しみを浮かべる。
「ルイズ、君は知らないかもしれないけれど、ルドヴィカには彼女のみに使用が許されている紋章があるんだ。正確にはスフィーア公爵家直系に受け継がれている紋章だ。それがこのブレスレットには刻まれている。この紋章を身につけることが許されるのは本人のみ。配偶者でも使用は許されない。ましてや贈り物として他人に譲ることも禁止されているものなんだよ」
ぽかんと口を開けてアンリの説明を聞くルイズ。
おそらく王家と公爵家しか知らない事実。昔々の王家において、権謀術数の中人質にとられたりしたときに身を証明するために使用されていたらしい。あるいはこの紋章を持つものが正統な後継者であると。
今ではその王家の中でも対立があるものだから、紋章に関しては廃れた伝統となっている。かび臭い伝統を今なお続けているのはスフィーア公爵家くらいのものだろう。だからこそ、この紋章が刻まれている意味は大きい。他の誰も知らないのだから。
ルドヴィカがわざわざ紋章を刻んだのは無くさないように、悪用されないようにという配慮だ。
「じゃああなたから盗んだ誰かが私に押し付けたのよ」
苦し紛れにルイズが叫ぶ。だがしかし
「友達から頂いたのではなかったのですか?」
うっと言葉に詰まる。さて誰からもらったというべきか。ルイズは頭をめぐらすがいい考えは浮かばない。そのまま悔しげに俯くのみ。
ぐっと奥歯をかみ締めてブレスレットを引きちぎるように外すと床に投げつけた。毛足の長い絨毯に隠れて見えなくなる。
「そんなものいらないわ」
ブレスレットを外すとルイズに魔力が感じられるようになった。
ルドヴィカのことばが証明された。
アンリも取り巻きも痛々しげにルイズを見るが、どう声をかけていいのか分からず視線を合わせようとしない。
ルドヴィカはため息をついた。
潮時か。
左腕の袖をめくり呪いのトカゲ君を見せ付ける。ぎゅっと拳を握りこむと同時に魔力を注ぎ込むとトカゲ君はふるふると身体を震わせたかと思うと一瞬にして弾け飛んだ。黒い霧と化した呪いの粒が霧散しようとするのをルドヴィカは魔法で集めて黒い石に変えた。このまま消えてしまえば呪いをかけた人物に返って死んでしまう。取調べを受けているはずの犯人を殺してしまうわけにはいかない。一時的に黒石に留め置くだけなのでいずれ壊れてしまうだろうが、その時には取調べは終わっているから問題ないだろう。
ルドヴィカが呪いを解いた瞬間、場の空気が一変する。ルドヴィカから溢れ出る魔力が空気を動かし人々の髪や服を揺らめかせ、料理の皿がカタカタなる。魔法によってつけられている明かりが明滅し、あたりにたとえようもない重圧感が漂う。
一歩。
ふいにルドヴィカが足を前に出せばルイズの膝が笑い立っていられなくなって座り込む。アンリはかろうじて立っているが、同じように膝が震えている。カチカチと顎を鳴らし言葉を発することが出来ない。
また一歩。
空気が粘度を増して身体にまとわりついている。騎士が剣を抜こうとしても身体は言うことを効かず鞘から抜くことすら出来ない。魔法を発動しようとしても荒れ狂う魔力にろくな魔法の発動は出来ず暴走し霧散する。
そして一歩。
壇上と壇下で見つめあう。とうとうアンリは座り込んでしまい、ルドヴィカと視線が同じ高さになる。何か言おうと口を開けるが声にならない。
ルドヴィカはもう一度ため息をつくとルイズの投げたブレスレットを拾い上げ自身の腕に装着する。
一瞬にしてその場の魔力がおさまり空気が軽くなり呼吸が出来るようになった。
抱き合うようにして壇上で座り込んだままのアンリとルイズ。
「さて、アンリ様。他に言いたいことは有りますか?
…ないのですか?
では、わたくしとの婚約を破棄するということでよろしいのですね?
もちろんわたくしが嫌がらせをしていたなどとふざけた言いがかりをつけないでくださいませね」
ルドヴィカはにっこりと笑った。
やっぱりホラーらしい。