第0章 闇風風魔の物語5 「流丿方 奥義[ <旋風(つむじかぜ)>]」
次の瞬間、辺りに鮮血の風が舞い散った!!
「がぁっ!!? ……………………………………!!?!」
突然の事態に、思考がフリーズした。
目の前が真っ赤に染まり、全身が悲鳴をあげる。
体の自由が効かなくなり、頭にあった作戦も場の配置の構図さえも吹き飛んでしまった。
(い、いったい……、何、が?)
予想外の事態に、戸惑いを隠しきれなかったが、後方からザスッ!!っと、何かが地面にめり込む音がした時、ようやく事態を理解した。
そして___、それは決してやってはならないことをしてしまったことに気づいてしまう。
あの時、影正の拘束を振りほどき、後方に下がったものの、その位置は不運にもドローンの射線上だったのだ。
そして、そのことに気づいた時には、射出された大剣で背中を切り裂かれていた後だった。
「う、う…ぐっ…………!」
次第に、痛みが強まっている。背中の傷からは、赤い鮮血がじわりと溢れ出してきた。救いだったのは、襲撃前もしもの際に備えて痛覚を鈍らせる薬を使っておいたので行動不能になることは防げたが………。
だが、これ以上の継続は不可能だ。じきに動けなくなるのは火を見るより明らか、決断は早かった。即座に撤退へと移る。
だが、___この時彼の状態は本人が思っているよりも遥かに悪化していた。
背中の裂傷から溢れる血は元より、大剣が接触した衝撃により背骨にかなりのダメージを受けていた。
出血による意識と判断力の低下に、彼自身気づけなかったのは先程注射した痛み止め(鎮痛剤)の影響によるものだ。これを打つと、数時間から数日は痛みやそれに関連する神経を鈍らせる効果があるのだが………。
だが、鈍痛剤を打ってしまったのが失敗の始まりだった。
痛みを鈍らせると言うことは、反応速度や直感的に感覚をも鈍感にしてしまうことにつながってしまう。そのことに気がつけなかったのは、彼自身の薬の知識不足と配合量のミスによるものであるのだが。
___そして何より、そのことを気にする猶予は暗殺者にはなかった。
右後方から石ナイフが4本飛来する。それをなんとか体を捻り回避したが、今度は左前方から短剣が2つ迫り、右足を浅く切った。
「…………ぐっ!!」
痛みこそ鈍いものの、肉体への負担は既に限界だった。意思では動こうとしても、もう体はそれに反応しない。
___そこからは、一方的だった………………。
前方から剣が頬を掠め、後ろから斧が左肩を切り裂き、左右から数多のナイフが飛来し、服を次々と、血に染めてゆく。
抗うことも、逃れることも、それをする体力は残っていなかった………。
ここで、暗殺陣<デストラップ・トライアングル>の補足を説明しておこう。
この暗殺陣は、本来複数の暗殺者がターゲットの周囲に展開し中距離から攻撃するものだ。今回これをドローンによる制御で応用したのだが、実はこれには大きな欠点がある。
彼が使用したドローン、「ER-79型」は入手と整備が非常に安く済むものだが、これを使う者はあまりいない。なぜなら、この機種は欠陥品であるからだ。
個々の性能にムラがあり、AIもあまり有能ではない。決まった行動を取り続けることは出来るが、識別機能や追尾機能などは搭載されていない。
それを補うために、後付で搭載した光線式レーザーポインターを使用していた。
戦闘中に影正が暗闇に赤く光ったモノを見たがは、まさにその光こそドローンに搭載されたレーザーポインターであった。
このレーザーポインターに反射したターゲットをロックオンし、ドローンは攻撃をする仕組みになっているのだが………。
実はもう一つ、ドローンにはレーザーポインターが搭載されている。それこそが、彼の奥の手であった____
そう………全てが、上手く行っていればの話であれば___
「………っ。……・・・・____!」
もはや、うめき声さえ上げる力も残っていなかった。
次々と切り刻まれ、弾き飛ばされて、血に満ちた舞台で踊らされている様はまさに___。今の彼そのものを表しているかのようだった。
そして………………、最後に流され続けてた場所に待つのは_____
全てのドローンに搭載された、武装の一斉射出ポイントだった。
……………そして、そして____________
____間もなく全方向から、全ての刀剣が射出される。
(…………・・・死ぬ、のか……? 俺は_____)
後悔___は無い。失敗したのは、自身のミスなのだから……………。
迫りくる刀剣の雨を目の前に、そう思った。………そう思っていた。
しかし___考察と後悔が、まるで走馬灯のように次々と頭の中で駆け巡る。
不十分な装備でこの地に潜伏し、初撃で暗殺を失敗した。任務への焦りから、不完全な作戦を実行し、一向に好転しない状況に我慢出来ず、特攻した結果がこれだ………。
___動かない体は、今にも崩れ落ちるだろう。
こんなことになるなら、もっと準備を整えてから暗殺するべきだった…。
たとえ地に倒れ込んだとしても、全ての刀剣は自身の体を貫くだろう。そう、あらかじめ計算しておいたから。
こんなことになるなら、もっと情報を集め、計画を詰めておけばよかった……。
まず助かる事はない。それどころか、引き裂かれた体が原型を留めている可能性もないだろう。
こんなことになるなら、こんなことになるなら、こんなことになるなら…………………_____
「……………………………………ぃ、……ゃ………………だ______」
こんな死に方、いやだ…………。
いやだ、死にたくない。こんな、こんなところで死にたくない………!
俺には、まだやらなくてはいけないことが、あるんだ………!!
[_________]の仇を討つまでは…………ッッ!!!
動かない手と足に、無理矢理力を込める。
右の腕は、感覚もなくピクリとも動かない。だが、それでも動かそうとする。
左の足は、血を流しながらもなんとか動かそうと歯を食いしばる。
右の足は、深いキズが酷くうずき、震えが止まらない。それでも、膝に力を込め続ける。
左の腕は、血まみれの大地の土を掴み、なんとか立ち上がろうとした。
地に染まった大地に這いつくばるように、それでも立ち上がろうとする。
しかし、もう時間切れだ………。数多の刀剣が今にも迫ってくる。何をしようとも、すでに手遅れ___
(………、 迫って、来ている? どういうことだ?)
と、この状況下で暗殺者は、かすかな違和感を感じた。
初めは、失血で時間の感覚さえも喪失したのか、そう思考しかけたその時___、全く予想だにしない声が聞こえた。
「雲海僧侶、少し離れておいてくれ。「< 旋風 >(つむじかぜ)」を使う___」
その声の主は、暗殺対象である「四龍影正」だった。
・・・・・・・・・・時は、数分前に遡る__________
雲海は、刀剣の雨霰の中で狂い踊るように傷つく暗殺者を静かに見ていた。
先程まで、休む間もなく飛来してきた刀剣がどういうわけか暗殺者を狙うようになり、こちらにはもう一本たりとも襲い掛かって来ることはなかった。理由はわからないが………。
「もう、もちそうになさそうですね。しかし、こういう結末になるとは…………」
雲海は冷やかなほど冷静に語る。失敗したのは暗殺者の落ち度、助ける義理も情けもなかった。
ひとしきり切り刻まれた暗殺者は、今にも崩れ落ちる寸前だ。もはや意識すらないと思われた、その時___。その死に体の状態の彼の口から微かに聞こえた声が風にのって聞こえた………。「いやだ」………と。
___その時だった。
「雲海僧侶、少し離れておいてくれ。「< 旋風 >(つむじかぜ)」を使う___」
その言葉の意味を、雲海の思考は一瞬凍りついた。そして、即座に言葉を発した人物へと視線を向ける。
この旅の中で、一切見せなかった顔をする___四龍影正へと。
「な、何を言っているのかわかっておられるのですかっ!それをすればあなたの………!」
その言葉の続きを言う直後、暗殺者を中心にするかのように辺り一面からこれまでとは比べようもない数の刀剣が一斉に飛来した。
そして、その瞬間………影正はその力を開放した。
影正は、先程まで手にしていた小太刀を鞘に収めていた。代わりに握られているのは、もう一つの刀………。その名は「白龍刀」(はくりゅうとう)。鞘や鍔、柄やその刀身___その全てが「白」で作られたかのような不思議な刀であった。かつて影正の一族が代々受け継ぎ、守り続けていた伝説の[_______________________________]
(………………、な………ん……で?)
___理解出来なかった、霞む目に映るその光景を。
微かに見える程度の目に、影正の堂々たる後ろ姿が映る。霞む目が僅かに大きく見開き、かすれた声とも言えないうめき声がつぶやかれた。「な、ぜ………?」と………………
その言葉が聞こえたのか、聞こえなかったのか____、それは影正にしかわからない。
………体の震えが止まらない。傷ついた体が痙攣しているわけではない。それは………、恐怖によるものからだった。
本来であれば、そんなものを感じる感情は既に消去させられている。
………はずだった___
しかし、今影正から感じる、人ならざる存在のオーラ………。定命の、たかだか100年も生きられない人間がこれほどの大きさの存在になれるのだろうか?
(………そういえば、一体どうやってここに………?)
違和感を感じたのは、その時であった。
いや___、違和感なら影正が目の前に立っていたあの時からあった。1度目の暗殺の時、数十メートル離れた場所に突然立っていた「あの時」。
未だ納得のいく答えが出なかった疑問。その答えを、暗殺者はようやく知ることになる。
それに気づいたのは、これまでの疑問に気づいた時だった。
(………! どうして、こんなにも考える[時間]があるんだ?既に罠は起動して___)
突然現れた影正に気を取られ、気にも留めなかった。慌てて辺りを、正確には視線を周りの空間に移した____
その瞬間、信じられない光景が暗殺者の目に飛び込んできた。
そこに広がっていたのは、辺り一面に浮かぶ刀剣。視線のあらゆる所、いや全方位に浮かぶ刀剣は暗殺者の奥の手である<デス・トラップトライアングル>。その有象無象の刀剣が、まるで固定されているかのように宙に漂っていたのだ。
(………いや、違う。止まっているんじゃ、ない___?)
なぜ、そう感じたのか………、自身でもわからなかった。感覚そのものが麻痺し、狂ってしまったのかと疑う自身の片隅に、[何か]、違和感のような不思議で不可解なものが内に残る。
と、ここで暗殺者は、影正が自分を見ているのに気がつく。顔を僅かにこちらに向け、何を考えているのか・・・。結局、数秒も経たず顔を戻した影正は手を添えていた刀の柄を掴む。
そこで暗殺者は、それを見た___
(………、この力を使うのは、いつぶりだったか。)
最後に使ったのはあの時か。と、影正は[あの日]のことを思い返した。
………あの時の後悔は、決して忘れることは出来ない。全てを失った、あの時のことを___
全方向から刀剣の雨霰が迫る、本来なら私を狙うべきものだったであろう仕掛けが。
影正は、「白竜刀」を抜き放ち、辺りの空間を干渉する。そこに広がるのは、影正の絶対領域であり、すべての「流れ」を司る己の陣地。そして、極められた奥義を発動させる___
「流丿方 奥義[ <旋風> ] ____」
瞬間、取り囲む刀剣の雨が白銀の霧に姿を変えた______
その光景に、暗殺者は目を離すことが出来なくなった。
影正が手にしていた刀を一息で抜刀した瞬間、取り囲んでいた刀剣が霧のごとく消えてなくなった………。と、外から見たらそうみえたであろう。
しかし、内側から見た光景は全く別次元の光景が広がっていた。
影正が刀を抜刀したその時、周りの景色に変化が起きた。影正を中心に、半径5メートル付近からまるで円を描いたかのように風の流れのようなものが周囲に現れた。
内側にある草花には、一切の変化は見受けられない。まるで何事もないかのように、ときより緩やかな風になでられ、さらさらと静かな音色を奏でている。
しかし外側は___、それとは真逆のの光景が広がっていた。
内と外を分ける風の壁、いくつもの刀剣がその風の壁に触れた瞬間、まるで砂山が風に煽られ跡形もなく削られるかのように徐々に消えてなくなっていく。
その破片がいつの間にか顔を出した三日月の月光に反射し、一瞬の霧のように見えたのだ。
次々と飛来した刀剣は、白銀の霧へと姿を変え、その流れはやがて上へ渦を描くように登ってゆく。まるで白銀の竜巻か、天へと登る白銀のの龍のようだった。
暗殺者___、がその光景に見惚れると、ここで不意に全身の力が抜け始めた。膝立ちでいた体勢が次第に崩れ去る最中、残った僅かな意識も次第に失われていく。
そして、柔らかな草花にうずくまるように倒れ込んだ。失血の限界を迎えたのだろうか………?
と、最後に残った意識が、暗殺者を見る影正を移した。
___そして、その時。暗殺者はあることに気がついた。
先程まであれほど強大なオーラを放っていた影正の目が変わっていたことに。その視線はまるで………………。
___子を叱った後の親のであった。
そして___、暗殺者の意識は完全に闇の中へを消えた…………。
「………奴ノ意識ヲ完全ニ遮断シマシタ。回収イタシマスカ?」
___良イ、暫ク様子ヲ窺ウトシヨウ。良イ退屈シノギニナルヤモシレン____
「ワカリマシタ。仰セノママニ。[偉大ナル統治者]様」