第0章 闇風風魔の物語2 「焦り」
「逃げたか」
白髪の老人、四龍 影正はそうつぶやくと、元の道へと戻っていった。と、ふと足元に散らばった狙撃銃に目が留まり、歩みを止める。そして、破片の一つを手に取ると訝しげな表情を浮かべた。
「………見たことの無いものだな、少なくとも、この辺りで作られた物ではないな」
先程襲ってきた暗殺者のことを思い出す。周りの景色と一体化したかのような、不思議な外套を身にまとっていたあの暗殺者。歳は16ぐらいだっただろうか、相手を見た目で判断するのはあまり良くはないが。
「…………………………………。」
今まで星の数ほど命を狙われてきたが、これほど若い、それも未熟な者に狙われるのは久しくなかっただろう。彼の目の前に立ったあの時、その顔にはわずかにだが困惑と焦り、それと恐れを感じとった。
しかし、影正には他に気になることがあった_________。
「………………あれは、いったい………………………。」
と、影正が物思いにふけていると………………。
「大丈夫でしたか、影正さん?」
ふと我に返ると、先程共に歩いていた僧侶、雲海がゆっくりとした足取りで坂を上がってきていた。
「………ええ。先程襲ってきた者は、煙玉と光玉を置いて逃げたようです」
「そうですか。しかし、いったい何者が送り込んできたのでしょうか?」
雲海は顎に手を当て、眉をひそめる。
「それは、わかりませんね。しかし警戒しておいた方が良いでしょうね。あれで諦めるとは思いませんし」
「たしかに、そうですね」
雲海は頷くと、影正と共に歩いていた道に戻り、先を急ぐようにその場を去っていった。
一方その頃、先程影正の暗殺に失敗した少年は、薄暗い森の中を掻き分けるように逃げていた。
そうしていると、目の前に大きな大樹が見えてきた。その木の根本に転げ込むように駆け込むと、幹に背をつけ、荒れた息を整えながら辺りを警戒する。
「はあはあ、はあはあはあーっ___」
そして、周囲に人の気配がないことを確認すると、大樹に背を預けゆっくりと腰を下ろした。
緊迫感から解放されると少年は、先程起きたことを思い出していた。一体何が起きたのか、どうにか整理しようとした。が、幾つも疑問が浮かび上がり、一向に整理が追い付かない。
「………いったい、どうなっているんだ………………?」
思わず、口からそんな言葉が漏れてしまった。あの時、たしかに白髪の老人を撃った。だが、何故か白髪の老人は死なず、それどころか目の前に現れていた。
気になるのはそれだけではない。狙撃銃で撃った直後、構えていた狙撃銃が一体なぜ砕け散ったのか。
「まさか、伏兵が………………。いや、それはないはずだ…。」
あの周囲には人はおろか、動物の気配も無かったはずだ。他にあるとすれば、銃の整備不良も考えられられなくもないが………………。
(いや、それもない。武器のメンテナンスには問題なかったはず。万が一そうだったとしても、あんな風に粉々にはならないはずだ)
そして何より、最も気がかりなのは………………。
なぜ、目の前に現れていたのにもかかわらず、白髪の老人は刀を抜かなかったのかだ。
様々な疑問が頭をかすめては、答えの出ないまま溜まっていく。だが、いくら考えても納得のいく答えが出ることはなかった。
ふと、腕に装着したガントレット型の機械を操作し始めた。機械の名は「メモリーガントレット」情報や記録、武器の簡易転送機能など様々な機能を備えている。
取り外し可能なタッチパネルを操作し、「ノルマ」と表示された項目を選んだ。そこには「老人の暗殺」・「ランクA」・「老人の特徴………………」などと、今回の任務内容が記されていた。
「…………………………」
その内容を改めて見ながら、彼は違和感を感じていた。作戦内容に記された「ランクA」はこの任務の難易度を表したものなのだが、あの時の不可解な現象といい、白髪の老人がただの老人だとは思えなかった。
だが…………。
「………それが、なんだ………っ」
依頼書に記載されている以上、あの老人は殺さなければならない。手元の端末を操作し、「ソナーモード」を起動する。先程離脱する際に、閃光手榴弾と煙幕とともに発信機も同時に投げておいた。
現在、あの白髪の老人はここから東に2キロの位置を移動しているようだ。すぐさま立ち上がり、白髪の老人を追跡に移る。森の中を駆けながら、次の暗殺計画を考察しながら………。
その時、外套のフードが風でざわめき、黒と赤の呪われた左眼が邪悪な光を放っていた。
そこは、途絶えることのない闇が広がる、牢獄のような場所だった………。
どこまで行っても、終わりのない空間をただただ歩いていた。
不意に、後ろに気配を感じた。
何もない、何者もいるはずのない空間に…………。
そして、後ろを振り返る_______
そこには、自分と同じ顔をした人間が埋め尽くしていた。