エス――少年愛
苦痛に顔を歪める少年。ベッドに敷かれた白いシーツ。揺れるその背中は滑らかで傷もなく、若々しくて艶やかだ。
「スレート、僕と逆になってよ?」
スレートと言われた男は“動作” を止めた。腕に浮き出た太い血管が躍動感を感じさせる。額にかかった髪は汗に濡れ、そこから覗く端整な顔、碧い瞳が妙に艶かしい美男子だ。
「それは出来ません。私は両刀ではございませんので」
まだ十六歳の少年、アンバーはベッドから裸の上体を起こし
「命令でも?」
哀れみを請うような瞳をした。濁りのない純粋な茶色い瞳がスレートを見詰める。スレートは冷笑を浮かべ
「私は貴方の奴隷ではございません」
残酷にそう告げた。アンバーの表情がみるみるうちに激情の色に変化する。
「辛いのなら止めましょう」
「……嫌だ!」
服を着ようとしたスレートをアンバーは抱き締める。そして哀しい瞳で見詰め
「ずるい……」と口付けした。
「いいんですか? 私はこれ以上、貴方に満足感を与えられないのに」
スレートは優しい口調と、冷たい瞳でそう言った。それは憎らしいほどに美しい瞳――絞め殺したいほどの……狂おしさ、愛しさ……
「……」
アンバーは、むしゃぶるようにスレートと唇を重ねた。乱暴に、欲望のままに激しく唇を舌で愛撫する。精一杯に愛情を表現した。知りうる技術を、彼に教えてもらった技術を、呼吸を荒げながら激しく表現した。
「スレート、お前が僕の奴隷じゃないなら……恋人になれ!」
アンバーは顔を上気させ、激しいその言葉と裏腹に瞳には涙を滲ませていた。するとスレートは鉄仮面のごとく冷たい表情で、感情一つ表に出さずにこう告げる。
「それは“超えてはならない一線”です」
その台詞がアンバーを突き放した。味わうことのできない真の快楽が閉ざされたことが問題なのではなく、“苦痛”を取り除き、“官能”だけを味わいたかったアンバーの思いは無残に断絶されたからだった。彼の愛欲しさに捧げる身体の傷口は癒されもせず、限界まできている。だが愛は捨てられず、哀れにも慈悲を請う。
「何故だ!? もう、こんなことをしてるのに……」
スレートはその哀れな主人を一瞥した。残酷な悪魔のように冷たい瞳で僅かに微笑する。
「私は貴方に抱かれることは出来ません。貴方を抱いて“ご奉仕”するまでです」
「……」
アンバーは絶句した。この美しい悪魔は永遠に屈しないと思い知る。穏やかな台詞は強い支配力を持っていた。
「お嫌なら、それも終わりに致しましょう」
冷たい微笑
黙ってそれに従うアンバー。
“忠実なる主人”を演じるため……
スレートは僅かに目を細め、上品な笑みを見せる。
完全に弄んでいた。
疑うことを知らないアンバー(主人)はかわいい。それは屈折した愛情へと変貌し
――エスにした
主人をいたぶることに快感を覚えた下僕と、愛故に逃れられずそれに従う主人。
哀れな主人と残酷な下僕
愛故に 不滅
愛故に 残酷
今宵もシーツに模様を描き、その紅い花びらが愛を物語るだろう。